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魔性の知り合い

 リュングを先頭に、イェノンツィアに負ぶわれる神子、ロンフォール、そして耳長族らの3名と続き、最後を子響が歩く。シーザーは狗尾としてロンフォールの横にいるが、時折、子響を振り返っていた。


 注意散漫になっているとき、啄木鳥が木の幹を突くような小さく鋭い舌打ちを数回すれば、しゃきっ、となるよう訓練しているが、今はこのままでもいいだろう。


 __よく懐いていたみたいだしな……。


 酷い仕打ちをしていたことは、重々承知している。


 __ヒトの都合で勝手に巻き込まれ、色々されて……。


 イェノンツィアが言うには、彼がシーザーには状況は伝えている。戻してすぐのこと__ロンフォールが気づかぬ内にだ。


 犬はあまり不平不満を言わない気性な上、シーザーがもともと賢いこともあって、すんなりと納得したらしい。


 __すまなかったな……本当に。


 内心思っていると、シーザーが顔を見上げてきた。


 その頭を軽く撫でて、改めてロンフォールは周囲を見わたす。


 最初に通ったときより、若い緑が増えたように思える。足元の肥沃な枯葉の地面に、いろいろな花が競うように咲いているのも、季節が進んだことの表れ。茂った葉が遮る日光の、そのわずかな木漏れ日が、花々を際立たせるように輝かせている。


 __最後の初夏。


 内心呟いたところで、思わず自嘲した。


「どうかなさったので?」


 背後にいるはずなのに、子響が変化を察して訪ねてきた。


「いや、最近、最後最後、と……なんでもそう考えているな、と思ってな」


 死までの日数を指折り数えているから無理もないのだが、改めて滑稽に思えてしまう。


「後ろ向きね」


「現実的なんだよ。直視してるんだ、俺は」


 はいはい、とフィガロは肩をすくめた。


 閉じていく感じがするのだ。自分の全てが。


 ロンフォールはその負ぶわれている少女の向こう、先頭を行くリュングを見つめた。


 彼もまた、あと5年ない。


 __5年前は、こんな感覚、微塵もなかったな……。


 有限だとは承知していた。だが、スレイシュと同様、時折思い出したように、あと何回__と考えたことがあった程度。


 ぼんやり、と見つめていたリュングのその歩みが止まって、ロンフォールは我に返った。同時にイェノンツィアと子響の足も止まる__が、唯一背後で動く気配がした。見ればそれはブラウシュトルツで、彼は神子の側近くに寄って槍を手にとった。


 彼らがそうなった原因は、ロンフォールにもすぐわかった。忽然と、気配が近くに現れたのだ。


 皆、その気配の場所を探ろうと、緊張しつつも周囲を探る。


「とても嫌なものが、また__」


 そんな中、目を伏せたままのイェノンツィアが長い指で、ある一点を指差した。


 その方角の、そう遠くない場所で、ぱきん、と乾いた枝が折れる音がする。枝葉の震える音。枯葉が踏まれる音__徐々にこちらに近づいていた。


 近づくに従って、自分はここにいる、と主張しているようだ。


 __これは……。


「ンジョモか」


 思い当たるロンフォールが、その気配に尋ねた。


 ぬらり、と呼び声に応えるように、現れた翁の顔。


 ついさきほどまでは、そこに何もなかった。巨大な獅子の体なのだから見逃しようもないのに、姿が見えなかったのだ。


「見破ったか、貴様」


 ヴァイナミョイネンは、身を周囲に溶け込ませる術を使うことができる。姿を消している者が誰かを看破できれば、その術を破ることが可能。


 これはバンシーと似ているようで、原理が違う。バンシーは龍脈と呼ばれるアニマの流れを見つけ、潜り込むことができる。これによって姿を日ごろ隠しているのに対して、ヴァイナミョイネンは周囲に溶け込んでいるにすぎない。


「他にいないだろう」


 姿を消してはいたが、気配を消そうともしないのだ。当ててみろ、と言わんばかりのその態度は、このあたりでは彼しかいない。


「片翼族は、こやつらのこと、看破できなかったようだが」


 くつくつ、と喉の奥で笑うンジョモは、ノヴァ・ケルビム派の2人を見た。その視線もまた、嘲りを含んでいる。


「まんまとしてやられましたが、理由もわかりましたので、腹立たしさはない」


 はっきりとした口調で言い放ったのはリュング。


「我々の里をお教えしたそうで」


 言って、ぎろり、と睨んだリュングに、ンジョモは翁の顔を、ぬらり、と近づけた。


「儂には儂の都合があった。__安心しろ、もうあの里へは近づけんよう、まじないをしておく」


 よろしく頼みます、とリュングは言い、ンジョモは頷いて、顔を戻した。


「それだけを伝えに来た。__見送らんぞ、貴様なんぞ」


 吐き捨てるようにロンフォールへ言って、ンジョモは踵を返した。その姿は、2歩目を踏み出したあたりから、周囲へと溶け込むように消え始め、3歩、4歩と歩むころには、すっかり消えていた。__今度は気配もともに。


 消えたそこを暫し眺めてから、リュングは改めてロンフォールへと向き直った。


「森からどうやって帰るのだ? まさか徒歩というわけではあるまい」


 彼らとしては、転移装置を使わせたくはないだろう。帝都の懐深くに転移装置があることを知られてしまったのだ。他にもあるだろうが、これ以上、特定されたくないはず。だからといって、徒歩でいくにも、帝都までは遠い。


「龍で。俺のアルビオンが来る」


 リュングは興味深い、と言いたげに目を細めた。


「均衡の神子が神殿を出た後の、新月の翌日の午に、団長とともに迎えに来ることになっている」


 団長と言う言葉に、なに、とリュングは気色ばんだ。


「しかたないのよ。形は必要なのだから」


「レーヴェンベルガー卿は、出奔者ですので。我々が__神子が見つけ、団長が自ら捕縛するという形です」


 フィガロの言葉に続いて、イェノンツィアが静かに言う。


 騎士団内外に、波風を立たせないで済む方法。


「準備がよろしいようで」


 リュングの揶揄した言い方に、ロンフォールは傍らのシーザーの頭を撫でる。


「失敗はできないからな」


「それはそうだな」


 まぁ、とロンフォールは、肩を竦め片方の口角を上げた。


「__この後の処理も誤れないのだが」


 彼らのこれからに関わってくる。それによっては、明確な敵対関係になりかねない。


 難しい顔になったリュングは、何か言おうと口を開きかけたが、静かに飲み込んでしまった。逡巡すること暫し。遠い視線で足元を見つめていた彼は、首を横に振って、無言で歩みを再開した。

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