龍騎士と神子
事件当夜からの疑問を胸に見つめるのは、呼吸しているのかも怪しいほど、静かに眠る導師。
あの夜、片翼である自分を、殺そうと思えば殺せたはずだ。
__どうして、あの一撃を……。
片翼ごときの直線的な攻撃__それも、居たたまれなくなって、飛び出しただけの攻撃である__を、避けるなり、あるいは返り討ちにするなりできたはずだ。
目を閉じて、当夜のことを思い出す。浮かぶのは、間近に迫る自分に気付いた瞬間の驚愕の表情。
あれほどの威圧感を周囲に放っておいて、飛び出した自分に気付きこそすれ、対応できずに固まっていた。
ロンフォール自身、導師が一切動かないでいた事実に気付いたのは、懐に飛び込んで太刀が胸を刺し貫いた段階であった。
内心、動揺していたが、ままよ、とばかりに更に太刀に力を込め、肉を裂く決断をしたのを覚えている。仕留められる、と思った瞬間、腹のあたりに何かが触れた。そして、間をおかず背中から後頭部にかけて衝撃が襲い、意識を手放したのだった。
「そろそろ、戻る時間だ」
身を預けていた壁から離れながら、フィガロとイェノンツィアへと告げる。
シーザー、イェノンツィアとともに扉へと足を向けるが、フィガロは椅子に腰を下ろしたまま動く気配がない。
ロンフォールはイェノンツィアと顔を見合わせ、肩をすくめる。フィガロの元へ歩み寄ろうとわずかに重心を動かした刹那、彼女はすっくと立ち上がり、フルルカスへ体を向けた。
「お願いね」
フルルカスはフィガロを真摯な眼差しで見つめ、やがて目を伏せると、ゆっくりと深く頷いて応えた。
そして、フィガロは扉へと向かう。
イェノンツィアは動作に合わせて扉を開けて待機するが、扉の前で彼女は一度とまった。しかしその間、見守るように待っていた2人と1匹には目も向けず、ややうつむき加減のまま彼女は外へと出て行った。
部屋は紫煙が満ちて乾いた空気だったが、扉を隔てた外は、清涼な、ほどよい湿気を孕んだ空気で、ロンフォールは静かに肺いっぱいに空気を吸う。
眼下では、ノヴァ・ケルビム派の面々が待ち構えていた。この里の住人の塊の彼方、離れたところに明らかに異質な存在を見つける。耳長と人間と小人の3人だ。
食堂では、彼らは声をかけられた時以外、一切無言でやり取りを聞いていた。
派遣したビルネンブルク卿に後々報告するためだろうが、そのビルネンブルク卿も今回の一件では神子を通じて噛んでいるようだから、どちらかといえば、派遣された彼ら自身の状況を把握していたのだろう。
ロンフォールは、ビルネンブルクとは知古。獣人の養父を通じて、由緒正しい獣人の一族とは小さい頃からの付き合いがあり、それ故、なにかと気にかけてもらっている。今回も同様だった。
__色々、面倒事を快く引き受けてくださっている。
ビルネンブルクが派遣した3人の中でも、特に見知った耳長族の青年へ、視線をやや伏せて会釈とすれば、視線があった耳長は軽く頷いて返した。
自分が片翼院に入院し、担当教官として教えを賜ったのが彼ブラウシュトルツ卿だった。
二人がそうしている傍ら、前にいるフィガロは階の上に立ち止まり、一同をゆっくり見渡して張りのある声を発する。
「皆の耳には、名代から入っているとは思いますが……容態は確かに、レイシスの言うとおり。下手に手を出さないほうがよいかと。__惜しいですが、これから私は戻ります」
神子の口調に、ロンフォールは内心やれやれ、とため息をついていた。
物腰も表情も柔らかく、令嬢然としたそれ。この神子は場面によってそれを使い分けることができる。
__相変わらずの小賢しさだ。
げんなりとしていたそこへ、小さな手によって不意に服を引っ張っられた。不意を突かれたのと、そこそこ強い力だったので、たたらを踏みそうになりながら、皆の前へ顔を出させられる。
一斉に里の者の視線が注がれた。
狗尾として、入れ替わっていたロンフォールへと向けられていた視線を見てきたが、そのときとは違って、若干敵意にも似たものが含まれている。
__無理もない。
居住まいを正し、後ろ手を組んで休めの姿勢をとりつつ、どこを見るともなく遠く視線を投げた。
「これが本当にお世話になったわ。あと、この子も」
これ、と言うのは、龍騎士の自分のこと。次いでフィガロは大きな犬を示して、愛しげにその頭を撫でた。そして、改めて一同を見渡す。
「大丈夫。皆のこと、悪いようにはさせないから。__導師のご快復、心より祈念申し上げております」
言って礼をとった神子が階を降りていくと、皆一様に頭を垂れながら、里の外へ続く道を作るように数歩下がる。入れ替わるように進み出てきたリュングと子響は一礼した。
「お送りします」
「では、ロンフォールと出会った森の境界までお願い」
2人は、神子へ再び恭しく礼を取って、先導をはじめ、それに続きながら、神子は見守っていた耳長族らをみやった。
「あなた達、戻るわよ」
無言で頭を下げ、彼らを従える形で先導者に続いた。
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