神子という令嬢
確かに潜入すれば、神子を狙ってきている彼らなのだから、いくらかそれに関する情報を得られるかもしれない。
以前の元帥ビルネンブルクは、黄昏の神子のあり方について、さほど方針を変えはしなかった。安定しているのだからあえて変える必要はないだろうということで、神官__教皇の意向をそのまま反映していたように思う。
対して、ダアトが現在の元帥に叙されてからは、均衡の神子の処遇は緩くなった。現場にいる神子守の意見を大いに汲むことはもちろんのこと、易などのかかわりもあるが、神子が望めば聖域と外界の境界である玉垣の内側でなら、ある程度自由に過ごすことが許されるようになった。しかしながら、難色を示す神官の意見を黙殺する形であるが__。
ロンフォールが神子守に着任したばかりの頃、本当に感情の起伏はもちろん、表情さえなかった。それが、ここ最近は昔に比べて、表情に変化が見られるようになってきていた。
淡い期待__外への興味を抱かせることは酷かもしれないが、新しい手立てを講じることができればいいのだ。片翼族が外へ連れ出しても大丈夫とした術があるのだとしたら、それを利用すべきだと思う。
__せめて自分が生きているうちに……。
自身の死期が近いことは知っている。どこかしら、この事が最後の務めだ思っている節がある。
死を目前にしているからこそ、生を諦めている様を見るのは辛いし、それに気づかない振りをして過ごせというのは無理というものだ。
「……しかし、おいそれとあちらが秘宝やら神子に関する救済方法を確認できるとは思えませんが」
「明かしておくけど、あたし、導師の実妹よ」
え、とロンフォールは目を剥く。脈絡のない告白に、上官2人を交互に見た。
「これは、ここにいる面子と、五宮家を除き、龍帝御一家しか存じ上げていない」
ダアトはやや潜めた声で言った。
「何回かこれまで兄から連絡があったの。ここ2、3年の話だけれど。ノヴァ・ケルビム派に来ないかとも誘われたわ。断ったけどね」
「何故?」
「私は神子よ。どこかの団体にばかり、肩入れするわけにはいかないの。それに、均衡の神も反対なさっていたから」
神子は、その力の源である神の意思に従う。どのような形で啓示を受けるかは知らないが、そのようになっているのだという。
「お陰で、ノヴァ・ケルビム派の存在の確証を得ることができた。噂にしか当時は過ぎなかったからな。それから、いつ導師が、神子の奪取を目的に現れるかということも」
「兄といえども、黄昏の神子をおいそれと渡すことは駄目だと思ったから、あなたたちに教えたのよ」
なるほど、とロンフォールは内心思った。
導師が現れる情報を正確に掴めたのは、こういう背景があったからできたのだ。そして、情報を流した神子へ報復しないとも限らないから、均衡の神子にも退避願った。
「あたしも、秘宝のことはよくわからないの。ノヴァ・ケルビム派に合流するのを拒んだから、教えてもらえないのよ」
「だから、秘宝を知りたい、と」
「あたしの依頼も受けてもらえなければ、あたしは協力しないわ」
くつくつ笑う彼女は、まるで挑戦的だ。
帝国としても、秘宝の情報は知りたい。だからこそ、上はこの条件を受け入れ、自分へ打診しているのだろう。
「期間は1か月程度を予定している」
「それ以上は、それぞれのアニマが身体に馴染んで、戻しにくくなるので」
ダアトの言葉に付け足すように、イェノンツィアが言った。
「危険も伴うし、任務が多すぎるのもある。__これは、強制じゃない」
ガブリエラは難しい表情でそう添えた。
「だが、卿以外に適任者がいない」
ダアトは、ガブリエラが言い終わるや否や続けざまに、強く言い放った。彼の不敵に笑む口元に、ロンフォールは口を一文字に引き結んだ。
「現場には、導師以外にもう一人いたようだ。血に塗れた足跡があった。ならば、致命傷を負わせた張本人である卿の顔をみているはず」
ロンフォールは寝台の脇に立てかけている得物を見る。__導師の胸を刺し貫いたそれ。
「牙は狗だけで、クライオンも得物もろくに使えない。使えなくてもクライオンを持ったままの出奔は大罪で、同僚から追われる身。孤立無援で、報復するには格好の標的だ。だがその者は忘却の罪を背負っている。導師に深手を負わせた張本人を、果たしてどのように処すのか__卿以外に適任者はいない」
そこまで捲し立てた龍の頭蓋の男は、不敵に笑んだ。
「強制ではない__が、卿は快くやってくれるだろう?」
ロンフォールはすっかり冷めた茶を盆に戻し、盆を寝台の隅においやって、代わりに得物を持って膝の上に置いた。
「自分は、帝国への__この世への脅威となるのであれば、これを断罪することを厭いません」
「するのだな?」
適任者は他にいない。他にいたとしても、自分が行いたい。
__ノヴァ・ケルビム派を……導師を見極めたい。
シーザーには申し訳ないが、それでも自分がやるべきだ。
「やらせてください」
よし、とダアトは頷いた。
「__では、まずは傷を癒せ。彼らの里の場所は、こちらも探ってみるとしよう。神子も知らぬ場所らしいからな」
「畏まりまして」
「それから、これを」
イェノンツィアが衣嚢から小瓶を取り出し、それをロンフォールへと手渡す。
手渡されたそれは、透明だがうっすらとした桜色の液体に、いくつか胡椒ぐらいの青紫の粒が沈んでいるもの。
「怪我の治りをはやめます。今夜、寝る前に飲んでみてください」
「それ、高いのよ。__しっかり働いて返してもらうから、そのつもりで」
恩着せがましく言う少女は、すでにダアトとともに扉へと向かっていた。
__本当に、あの餓鬼は……可愛くない。
気が強く、いつも周りを振り回す。
だが常識を備えているので、神子として祭事を行っているときはまるで別人__まさに、神子の鑑のようである。下手な令嬢よりも令嬢らしい。その証拠に、彼女は人気があって、彼女の代で、均衡の神を崇拝する信者や神殿を訪れる者も増えたと聞く。
ヒトの想いは、ある種の不可知である。故に、アニマへ影響を与えやすい。信者が増えると、その神の力が増す。
__だから、黄昏の神子を信仰の対象にはしない。
扉を押し開けるダアトに促され、彼らは部屋を出た。
「この作戦を無事終えたら、卿の昇進、明るいぞ」
去り際に彼が言ったその言葉に、ロンフォールは答えられなかった。
扉が閉まったあと、視線を得物に落としていると、ガブリエラが茶器を片付け始めた。
「どうぞそのままで」
「よい」
いくらか無言で片付けを進めていたガブリエラは、やがて静かに言葉を発する。
「__作戦中はなるべく手回しはする。特権を存分に振るってな」
同僚は敵に回る可能性が高いから、上司が味方であるのは心強い。
「ありがとう存じます」
ガブリエラは手を止めて、ロンフォールを見た。その表情は、とても苦しそうである。
「成し遂げろとは言わん。__無事に戻ってこい。死に急ぐことなどないのだからな」
ガブリエラが言いたいことは分かる。痛いほどに。
あと、1年とない余命__。ロンフォールは微かに口角を上げた。
「私はただ、悔いのないように死にたいのです」
それを聞いたガブリエラは口を開きかけたが、言葉を飲み込んで一文字に引き結び、片づけを再開した。
やがて食器をまとめてのせた盆を手に、彼は部屋の扉へと足を向ける。そのまま出ていくとおもいきや、扉に手をかけたまま彼は動きを止めた。
怪訝にロンフォールが首を傾げていると、ゆるり、と彼は振り返る。
「夕食は一緒にとるかね?」
彼が尋ねる言葉は、ロンフォールにとって予想外の言葉だった。
「同族として。卿がよければ、だが。気が休まらないのなら、遠慮せず断っていい」
彼なりの気遣いに触れ、ロンフォールはありがたさもだが、それ以上に申し訳なさがこみ上げてく
る。
「差支えがなければ、是非、ご相伴にあずからせてください」
そうか、と頷いた彼は、あまり見せない柔らかな笑顔で、安堵するような表情をみせた。
「シーザー、来い。散歩につれていこう」
呼ばれたシーザーは、一度ロンフォールを見た。
「行け」
号令に応じて、シーザーは嬉しそうに尾を振ってガブリエラの元へ駆けていき、先回りして扉の外へ出て座って待機する。
「夕食の際はオーリオルで伝える」
「はい」
ではな、と言葉を残し、ガブリエラも部屋を去って行った。
途端にこぼれるため息は、病み上がりの体に疲労をもたらす。少しばかり体を休めようと足元の方へずらし、脱力する。
それだけでも若干の痛みが出て、手渡された薬の瓶をサイドテーブルへと置く。その置く音は、沈黙が満ちはじめた部屋によく響いた。
窓の外を見る__辛うじて木々の間から見える黄の離宮を。
__秘宝か……。
「どうにかできればいいのだが……」
好機がめぐってきたように思えるが、自分が生きているうちに、変えられるのだろうか__。
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