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器と忘却

 ロンフォールは次いでガブリエラを見ると、彼もまた初耳のようで驚きを隠せないでいた。


「穏便に、と言うのにはわけがある。一介の龍騎士如きでは、導師打倒は叶わぬからだ。団長か、私ならいざ知らず……。それから」


 そこまで言った彼は、鋭い視線でロンフォールを射抜いた。


「__卿ならば」


 __クライオン……。


 やっかいなクライオン。守護天使とも呼ばれるが、自分と呼応したそれは、生前、龍帝と反りがあわない人物だった。だが、アニマの格が高いのは確かで、上の方針で、自分はそれをクライオンとしたままである。


 龍騎士はクライオンから選ばれる。再び国へと奉仕するために、自分の力を存分に発揮できる媒体として相応しい者を選ぶのだ。


 あの事件当夜、すぐに昏倒してしまっていたから、クライオンを使わずに終わった。確かに、いくらかは対抗できる実力はそのクライオンにはある。


 __だが……。


「導師には秘宝がある。それが何なのかは、我々は知りえない。下手に動いて導師と衝突し、災禍を招き、民を危険にさらす必要などなかろう」


 戦が起きて、一番迷惑を被るのは民だ。国によって、否応なく巻き込まれる立場にある人々。かつてこの国は混迷を極めた。あえてその時代を再来させる必要などない。


「卿らがどう思っているかは知らないが、私は陛下の言葉をそのまま伝えているだけだ。あえて試すようなことを言うのも、陛下がそのように、と仰せになればこそ。そうやって、陛下は御座視あそばされている」


 そこでため息を零して、ダアトは茶を飲んだ。


「特異な共同体を作っているとは言え、帝国内に暮らす者たちだ。陛下としては、帝国民の不安を払拭し、共存をはかりたい大御心であらっしゃる。ノヴァ・ケルビム派とて、帝国民になるわけだからな」


 ダアトは、ゆっくりと振り返る。


「話を戻そう。__龍帝従騎士団は、陛下の大御心の具現であるのだろう? ならば、卿のその考えもまた、陛下の御心の現れやもしれない」


「内偵が……ですか……?」


「以後の処理は私に一任されている」


「左様で」


「神子を動かしてこの方、魔穴がな……。そちらに掛かりきりになるから、と……そう、一任されている。だから、陛下は存じあげない作戦になるが」


「しかし、どのように__」


「だから、あたしが来たのじゃない」


 そこで初めて一際明るい声で会話に入った神子に、ロンフォールは振り返った。


 トレイに乗っていた菓子はほとんど消え、最後のひとつに彼女は手を伸ばしているところだった。


「均衡の神子にご助力を願う作戦だ。神の御業を行使していただく」


 ロンフォールはガブリエラに解説を求めるが、彼は首を振った。


「とりあえずは、聞くといい」


「イェノンツィア」


 ガブリエラの言葉が終わった直後、フィガロが控えていた神官騎士の名を呼ぶ。


 応じるように、彼は一歩進み出た。


「今回はこちらの狗尾を使います」


 言って示したのは、床に伏せた狗尾。


 そして、彼は優雅な身のこなしで食器が並ぶ戸棚へ向かった。


「こちらの食器、お借りしても?」


「ああ」


 彼は戸棚から新しい茶器を取り出してテーブルへ向かうと、そこに茶を注ぎ、自分の持っていた茶器にも茶を注いだ。


「この花の茶器がロンフォール殿、こちらの楓模様の茶器が狗尾と思ってください。まず、それぞれには入れ替わっていただきます」


 イェノンツィアはカップだけを持って、花の描かれたソーサーに楓のカップを、楓が描かれたソーサーには花のカップを入れ替えておいた。


「このように」


「自分が、こいつになるのか? それで、こいつが私に?」


 シーザーを見下ろすと、視線を感じた彼はロンフォールへ振り返って首を傾げる。


「ソーサーが身体だと思ってください。人格__中身だけを入れ替えるのです」


「シーザーにも自分にも不便があるだろう。言葉とか……」


「狗尾になったレーヴェンベルガー卿は喋られませんが、ヒトになったシーザーは言葉は喋られますよ。この私が言うのですから、間違いございません。単語の意味するところが、分からないことはあるでしょうが」


 彼の本性は魔物だ。ヒトが持ちえない知識を有しているから、確証があるのだろう。


「シーザーに、入れ替わってる認識ができるのか? 何のためにこうなったのか、とか」


 4本足だったものが2本足になる。それだけでも大変だろうに、目的まで彼が理解できるかどうか__。


 イェノンツィアは、ソーサーを入れ替えた楓のカップの中身を飲み干して、空にした。


「狗尾の記憶を、少し弄らせてもらいます。自分が狗尾であることも、誰であるかもあえて封じます。レーヴェンベルガー卿のは弄りませんので、ご安心を」


「すべてまっさら。文字通り、忘却の罪を負っている状態にするのよ、傍から見たら」


 ロンフォールは思わず、どきり、とした。片翼にとって、それは大罪も大罪。


 __しかし、忘却という意味には、個々人の記憶というよりも、どちらかといえば、種が培ってきた先人たちの太古の記憶__叡智を指すように思う。


 どちらにせよ、忘却という言葉はケルビム族にとって等しく重い事に違いない__がそこまで考え、ロンフォールは内心自嘲する。


 __何を今更……。


「忘却の罪を負った者を放ってはおけない。__そこを利用するの」


「……そして、その状態では、クライオンは使えない」


「お察しの通り」


 ふむ、とロンフォールは顎に手を添えた。


「俺の記憶は残しておくことで、自衛__護衛としての機能は残る。そして、狗尾でありながら、邪魔されず探れるというわけだ」


 是、とイェノンツィアは答える。


「あっちも入れ替わってること、気づくことはできないと思うわ。あたしがするのだもの」


 ガブリエラが唸った。


「だが……どちらかが死んだ場合、一生元に戻れないのだそうだ」


「左様で……」


「レーヴェンベルガー卿が、出奔した噂を流します。実際に龍騎士方は、捜索をする。その出奔した騎士にノヴァ・ケルビム派は遭遇するのですが、彼は記憶を失っている状態で、頼れるのは狗尾だけという状態。大罪を負っている身を案じて保護をする__これが大まかな筋書きです」


「わざとロンフォールに入ってるシーザーには、記憶が弄られている痕跡を残すわ。謀略にはまっている可能性を醸し出す為にね」


 ふむ、と考えて、ロンフォールは盆から茶器を持ち、一口飲んだ。そして、シーザーを見る。


 自分はいいが、巻き込んでしまうことへの罪悪感を覚えてしまう。


「記憶を封じた自分ひとりだけで、というのは__」


「駄目だ。誰が君を守る? 一応君は、立場というものがあるだろう。記憶がある君が守る側なら、機転を利かせられて、生存率はあがる」


 団長が言う先を切って捨てた。


「ですが、バンシーがおります」


「バンシーには、ギリギリまで出てこないように厳命しておきなさい。忘却の罪もあってバンシーも失っている方が、彼らの同情をさらに煽るから」


 フィガロの言葉に、ロンフォールはこみ上げてきた不快感を取り除くように、再び茶を口へ運ぶ。


「そして、もうふたつ任務があるわ。これはあたしからの任務」


 彼女は、すっ、と目を細めた。


「秘宝がいかなるものか、見極めること。できればでいいわ、これは。それから、黄昏の神子を解放する方法」


「神子の__」


 それは、自分も考えていたことだ。


 現状をどうにか変えたい。

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