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龍帝陛下の大御心

 規律を重んじる団長のその様に、くつくつ、笑う元帥。


「団長、ここは公式の場じゃない。さっき飲んでいた茶も飲みつつ、楽にしてくれたまえ。せっかく淹れてくれたのだから」


 はっ、と短く答え、いくからくつろいだ姿勢にガブリエラがなったのを見て、ダアトは満足気に口元を弧にし、イェノンツィアを見た。


「どうぞ、イェノンツィア殿も、楽に」


「すでにその様にさせて頂いております」


 目を伏したまま、彼は柔和に笑んで、手にした茶器を示し答えた。


 ならよかった、と満足げに頷いて、ダアトは改めてロンフォールへと視線を向ける。


「話を戻すが……卿からの提案があっただろう? 団長へ」


 __ノヴァ・ケルビム派の内偵のことか?


 部外者である神子一行がいる手前、うまく言葉を見つけられず、神子の様子を横目で見てしまう。


 その神子は、イェノンツィアに焼き菓子の乗ったトレイを持ってこさせ、ひとつ手に取ってからロンフォールを見た。


「内偵のことでしょ? 忘れたのかしら」


「……いえ」


 所作のひとつひとつ、立ち居振る舞いはまさに育ちの良い令嬢であるが、その少女の含んだような笑顔に、苦いものがこみ上げてくる。


 片翼族である少女にしてみれば、一族の長を、一介の片翼が探るなど面白くないはずだ。


 だが、この笑顔は、何か面白いものを見聞きした時に見せる笑顔である。加えて、何か企んでいるときによく見せるもの。


「団長から私に話がきてね。神子には私から耳に入れた。__何故、彼らが卿を生かしたのか、確かに私もそれは知りたい。できれば、共存したいとも思っているし」


 そこでひとつ、ダアトはお茶を啜った。


「卿は、内偵をどのようにするつもりだったのだ? 何か策があったのかね?」


「……色々と……策を練っている最中でした」


 歯切れの悪い返答だが、まだ言う先があるように思え、ダアトは静かに続けるよう顎をしゃくって促した。


「……目覚めてすぐでしたし……妙案は浮かばず……それでも、急いでお話をしたくて、団長へ」


 導師が神域を侵し、龍騎士が負傷した。__ある意味、この国へ弓を引く行為に等しい。


 ノヴァ・ケルビム派への風当たりは強くなる。龍騎士の中でもそうした雰囲気が強まっているのだから、他所ではもっと顕著にでているはずだ。ノヴァ・ケルビム派の導師とは面識がないが、一族の代表者。その行いが、片翼族への評価となる__なってしまう。


「同族愛か」


「おそらく、それもあります。ですが、それ以上に許せない気持ちが勝っていました。それは今もです」


「許せない?」


「このままでは、他種族とうまく渡り合って生活を築いてきた同胞にまで、風当たりが強くなるだろう、と」


「ノヴァ・ケルビム派ではない同胞か」


 はい、とロンフォールは視線を落とした。


 __それだけは、駄目だ……。

 

 何か手を打たなければ、と思った。


 しかし、どうにかするにも、全容がわからないままでは困る。ノヴァ・ケルビム派というものを、まずは掴むことが先決だと思った。


 団長もケルビムとして、どう思っているのか。それを確かめたかったから、真っ先に団長へ話した。


「卿への風当たりも強くなる……か?」


「それはあまり考えていません。正直申しますと、ノヴァ・ケルビム派など、どうでもいいのです」


 ほう、とダアトは声を漏らす。


「自分は片翼族としての帰属意識が薄いので……。片翼族だということは忘れたことはございませんが、自分は自分、彼らは彼らで、迷惑の掛からない範囲で勝手にやっていればいい、というのが考えです」


「他の種族が、それでも一括りにするだろう」


 言いながらダアトは席を立ち、テーブルへ向かうと茶器へ新たに茶を注ぐ。


「はい。私に限らず、皆に対してそうでしょう。だから、ノヴァ・ケルビム派を内偵し、帝国として彼らを正式に評価する必要があると思ったのです」


 ノヴァ・ケルビム派と他種族の中に溶け込んで生活を営んでいる同胞を、明確に線引きできる機会だ。明確になれば、後者にとって防衛線となるはず。


「わからないことだらけです。目的も曖昧で。__民は不安がるばかりです」


「正面からぶつかったことのないノヴァ・ケルビム派……」


 ダアトは自分に注ぎ終えると、ガブリエラへ陶器の急須を示して注ぐかを尋ねる。


 ありがとう存じます、と茶器をわずかに出すガブリエラへ近づいて、彼の茶器へと注ぎながら、ダアトは独り言のように言葉を漏らす。


「__曖昧では駄目か」


「曖昧でも、負傷した者がおります。他所からみれば、これはもはや危険視せざるをえない」


 茶を注がれながら、聞くに徹する様子だったガブリエラが、それを拾って意見を述べる。


 まさかそのぼやきに、それも目の前で反論されるとは思ってなかったダアトは、一瞬面食らった様子であった。だがすぐに、薄く笑む。


 そして、彼は一瞥をロンフォールが持つ茶器へくれて茶の残りを確認し、注ぐ必要なしと判断して、急須をイェノンツィアへ託す。


「負傷した理由があろう。なるべく穏便に、と申し伝えておいたはず」


「神域を侵した場合、殺傷やむなし__その命を下したのは、評議会。閣下は加えて、なるべく穏便に、と現場が混乱する命令を出された。曖昧になさった結果ではありませんか」


 身内にのみ出されたその命令。評議会の決定に反する命令なのは、誰の目にも明白だった。


 __団長は苦慮なさっていたはず……。


 ダアトは茶器を手に、露台へと続く硝子扉の前に立って、静かに一口啜る。


「圧倒的な力の差があります。そんな存在に出くわして、穏便になど……向こうが応じましょうか。死ねと言っているのと、かわりません」


 この際だから言わせてもらう、とばかりにガブリエラはやや強く意見した。その言葉を聞きながら、口から離した茶器を遠い視線でダアトは見つめた。


「あれは……自分の忍耐が足りなかったせいです」


 ロンフォールは奥歯を噛みしめた。


 今も思い返すと、全身に悪寒が走る。それほどの覇気を、あの導師は放っていた。その覇気に耐えられなかったのだと思う。


 不甲斐なくて、膝の上の脚付きの盆に置いた茶へ視線を落とす。もう冷め始めてしまってるそれは、さきほどまでの芳香があまりしない。


「余計なことを……。猛省しております」


 神子の護衛に部下は全てまわし、それにバンシーも密かにつけていたから、巻き込まずに済んでよかった。


 もし一緒に居たら、大規模な戦闘に発展していた可能性がある。想像するだに恐ろしい。


「穏便に、と命じたのは、陛下だ」


 ダアトがぽつりと言った言葉に、ロンフォールは驚いて顔を上げた。


 視線の先のダアトは、視線を外へ移していた。

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