手負いの龍騎士
寝台に上体を起こせるようになった翌日のこと__導師に返り討ちにされてから、すでに5日が経っていた。
その間、帝都に借りている部屋にも戻れず、中隊長に叙されたことで宛がわれた双翼院の部屋。その一室である仮眠室での生活を余儀なくされた。
大理石の床に落ちる前、背中と後頭部を強かに打っていたため、気を失い、1日は昏倒したままだったらしい。目覚めてからも、しばらくは横にならざるを得ないほどの打撲で、やっと昨日上体を起こせるまでには快復したのだった。
呼吸すると時折咳が出てしまい、それがまた痛みを誘うが、それでもよくなった方だ。
導師に遭遇し、固い大理石の床にかなりの高さから落ちたにも関わらず、大きな怪我はとくになく済んだのは、運がよかったというより、奇跡に近い。
寝台に寄り添う形で伏せるシーザーと、その上で猫のように丸くなっている龍__オーリオルは、主人が咳き込んだり身じろぎする度、起きて心配そうに鼻を鳴らしていた。
寝台から見える露台へと繋がる硝子戸__初夏の日差しを求めて、柔らかい新緑が風に揺られて輝いているのが見える。
「後で、誰か__アリオーシュあたりに、外へ連れてってもらうようにするからな」
伏せていたシーザーは、自分のことを言われているとわかったらしく、首を持ち上げてロンフォールを見ると、尾花のような尾を一振りした。
その頭を撫で、再び窓の外へと意識を向けるロンフォール。
__きっと、外はいい風が吹いているに違いない。
「お茶をお持ちしました」
窓の外へ思いを馳せていたところに、入室の許可を求めるノックとともに女の声がした。
「ありがとう」
入室許可を兼ねた感謝を言うと扉が開き、声の主が入室した。
その姿を認めたロンフォールは、怪訝に眉を顰める。
彼女__侍女の女は耳の長い妖精族の娘で、氏名を黎明の森のミュスキリエルという。妖精族は有翼族と同様、出身地を氏とする。勿論、例外も存在するが。
ミュスキリエルは確かに茶器が乗った盆を手にしている。ロンフォールが怪訝にしたのは、その彼女の背後の3人の人物。
白髪の壮年の男。そして、長身の神官騎士を背後に従えた、ケルビム族の少女。
__団長に、フィガロとイェノンツィア……。
その中でも少女の表情を見て、ロンフォールは、嫌な予感しかしない、と思った。
「すまない。養生しているところ、連絡もなしに」
いえ、とガブリエラに答えながら、ロンフォールは居住まいを正す。
それ以上畏まらないでいい、という意味で、ガブリエラはロンフォールに手をかざし、フィガロとイェノンツィアを中へと通した。
「内々の用事があってな」
ミュスキリエルが部屋の椅子を、寝台の傍に並べている様子をガブリエラは見守りながらそう言った。
「内々の……ですか?」
「そうだ」
彼女は次に茶の準備に取り掛かるのだが、盆の上には生憎とロンフォールの分しかなかった。そのため、部屋の戸棚にあるカップを、ロンフォールの目配せで許諾を得、彼女は人数分を揃えていく。
団長がロンフォールに最も近い椅子に、フィガロはその隣に腰を下ろし、イェノンツィアは彼女の椅子の背後に控えるように佇んだ。
そうして、彼らが落ち着いたところで、ミュスキリエルは茶を配る。
「他に御用は?」
ロンフォールの目の前に茶をのせた脚付きの盆を置いてから、ミュスキリエルは尋ねた。
ロンフォールは茶の礼を言ってから、時計に一瞥をくれる。
「私はない。他の者に用事がなければ、今日は下がってくれ」
侍女は4人__1班に1人つく。
最少単位である1騎が、4人で班になる。その4人のうち、1人が班長になる。3人の班長に対して、1人の小隊長が上につき、3人の小隊長の上に、1人の中隊長。3人の中隊長に対して、1人の大隊長。3人の大隊長の上に、最高位である団長が叙されている。
ミュスキリエルの場合であれば、中隊長のロンフォール以外に、3人の小隊長の世話をする。
班長以下には侍女はつかない決まりで、班長以下は侍女と同じ地位とみなす風潮がある。故に、小隊長は部下の班長を小間使いにする場合があった。所謂、使い走りだ。
「夕餉がまだ__」
彼女は、怪我を負ってこの方、ロンフォールにつきっきりで、他の作業に支障がでていた。拘束時間が長くなったのが、その表れ。
「私の小間使いに手配させよう。休めるときに、休みなさい」
その状況を察している団長が、安心させるように柔らかく言う。
困惑した表情で支持を仰ぐように、彼女はロンフォールを見た。
「団長のご厚意に甘えさせていただく。だから、大丈夫だ。__1日、助かった。ありがとう」
ロンフォールもまた安心させるように、柔らかく言って頷く。
「畏まりました」
ミュスキリエルは恭しく礼をし、部屋を静かに去って行った。
扉から彼女の気配が遠のいた頃、団長は、飲んでいた茶を静かに膝の上に戻した。
「最悪、バンシーもいるわけだからな」
「はい」
ロンフォールは、普段からあまりバンシーには頼りたくなかった。煙たがっているわけではないが、母性の塊のようなバンシーに頼ることは、自分を甘えさせているように思えるからだ。
普段はしないはずだが、息を潜めている感覚がとても強く、近くで感じられる。
今回ばかりはまわりに負担をかけているから、彼女には大いに働いてもらっている。彼女はとても心配しているが、それ以上に嬉しいらしい。
「快方へ向かっているようだな」
「お陰様で。__それで、内々の話とは?」
うむ、と頷いた団長は、しかし言葉が続かず。手持ち無沙汰に膝に置いた茶器の口を、指先で撫でていた。
「もうじき、元帥閣下がお見えになられる。話はそれからにしよう」
団長だけならまだしも、神子が現在いる。そして、そこに元帥が加わる。嫌な予感が的中しそうで、ロンフォールは内心、ため息を零した。
そこへ、入室を求めるノックが木霊した。部屋の主であるロンフォールが入室を促すと、入ってきたのはその元帥であった。
部下であるガブリエルは、さっ、と席を立って丁寧に一礼をした。神子は座ったままで軽く会釈を、イェノンツィアは姿勢を正して深く礼をとる。
「すまない。待たせた」
いえ、と答えガブリエラは、持っていたいた茶器をテーブルへ置き、元帥を先ほどまで自分が座っていた席へと誘う。
「卿は、そのままでかまわん。具合はいかがかね?」
寝台の上でも、いくらか居住まいを正そうとするロンフォールへ、ダアトは言って、着席する。
「お陰様で快復に向かっております」
そうか、と相変わらず龍の頭蓋を思わせる兜をかぶったままの彼は、僅かに兜の隙間から、柔和に笑んでみせた。
「__なら、提案してもいいだろう」
「提案……?」
「うむ。まあ、そもそもの言いだしっぺは卿だから、提案とは言えないが」
ロンフォールはすう、と目を細めて、ダアトをみた。
ありがとう、とガブリエラが手ずからいれた茶を受け取り、礼を述べたダアトは一口啜る。その後、一息つくように深く息を吐いて、背もたれに身体を預けた。
ガブリエラは、ダアトの背後に控えるように立って、踵を合わせ顎を引き、まっすぐ前を見る。所謂、気を付け、の姿勢である。
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