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内偵と評価と

「貴殿らノヴァ・ケルビム派を、軽んじるつもりはなかった__それだけは理解してほしい。……今更だが」


 自嘲めいた声を聞き、腹立たしくいたリュングは顔を上げた。


 目の前の男の、その真摯な眼差し。


「すべて、先入観のないまっさらな状態で、内側からノヴァ・ケルビムを観察したかったが故の行動だった。でなければ、意味がない」


 援護もなく、むしろ出奔者として追われる立場。ノヴァ・ケルビム派に、迎え入れられる保証もない。もしかしたら、報復を受けるだけだったかもしれない。だのにこの龍騎士はそれを行った。どれほどの覚悟だったか__。


「……記憶を弄った形跡を残したのは、わざとですね、フィガロ様」


「ええ。そのうち耳に入るだろうロンフォールの出奔話に、陰謀に巻き込まれた感じが加わるでしょうから」


 確かにその通りだった。


 情報が集まれば集まるほど、守らなければ、と思ったほどだ。秘宝に裏打ちされてしまえば、なおさら疑いようもない。なるほど、これだけ直接神子がかかわっているのであれば、秘宝の一部に穴があくはずだ。


 やれやれ、と頭を振り席を立って、食堂にある暖炉へと足を向ける。


「__正気の沙汰とは思えん」


「龍帝従騎士団なればこそ」


 背中で受けた、男のその言葉。足を止めて振り返る。


 この男の言葉の端々に感じられるものは何だろう。自信にあふれているようでもあるが、自惚れてはいない。いうなれば、覇気がある__。


 __次の大隊長に推挙されているのは、当然なのかもしれない。


 味方でないのが惜しまれる__不覚にもリュングはそう思ってしまっていた。


「ケルビムの秘宝__それも目的よ」


 腹に据えかねるものを少しでも吐き出せるように、薪を暖炉へ焚べたところでかかるフィガロの言葉にリュングは振り返る。


「正確に言えば、黄昏の神子の救済方法だ」


 付け加えるように、ロンフォールが肩をすくめながら言った。


「救済……? 神子守長が?」


 黄昏の神子守の任の第一は、守護するのと同時に、離宮から出さないこと。それは、最高の礼を以て最高のもてなしを行うため。


 __その実、監視と隔離。


 男は鋭い視線ではあるが、食堂の壁の向こう__どこか遠くを見つめていた。


「あれでは……生贄だ。1人を犠牲にして、平和を享受している。当人の意思など関係なく、全てを背負わされてしまっている。黄昏の神子守になって__彼女を目の当たりにして……初めて、その平和に疑問を抱いた」


 そこまで言って、冷め始めた湯呑みに口を付ける。一口飲んで、その小さな水面に視線を落とした。


「……疑問さえ抱かず生きてきた自分が、恥ずかしい」


 ぎりっ、と奥歯を噛みしる男。


「帝国民の多くが、微塵の疑問を抱いていない現状。これまでに、別の策を模索した形跡もない。臭いものには蓋を__この数百年ずっとだ」


 黄昏の神子が現れるようになったのは、それほど昔ではない。継承戦争の頃と片翼族の間では伝わっている。混乱の極みになった当時、“道”が拓いたとされている。


「内偵の結果次第で、手引きしてもいいと考えていた」


 龍騎士はそこで、視線をリュングに向ける。


「__神に等しい双翼がまともであるなら、と」


 ほう、とリュングは挑戦的な物言いに、腕を組んで鋭く龍騎士を射抜いた。


「それで、結果はどうだったのだ? __その内偵とやらの」


 龍騎士は、手にしていた湯呑みをまた一口飲み、質素な湯呑みを手の中で吟味するようにくゆらせる。


「その前に、いくつか尋ねたい、名代殿」


「何か」


 とろり、とした釉薬が覆う湯呑みを、ひとしきり観察した彼は、それを静かに置いた。置いた湯呑みに手を添えたまま、視線をリュングへと向ける。


「これまでに、セフィラーが陛下へ謁見したことは? 秘密裏にでもいい」


「そんなこと、できるわけがない。龍帝陛下へ、どうやって我々__導師に連絡を取れというのですか」


「セフィラーは双翼なのだろう? ならば造作ないと思ったのだが」


 馬鹿な、と首を振ったリュングは、一応、子響にも確認を取るように視線を向けるが、彼もまた首を振った。


「では何故わざわざ新たな派閥をつくった? それも、族長自ら」


「この派は、他種族と一定の距離を保ちつつ、共存共栄を模索する派閥だ、と以前お話しました」


「家族を失い、片破かたわれも失い、さらにはバンシーさえも失った我らは、自らを守る術__生きる術もないに等しい。双翼となられた導師は、そんな我らが自暴自棄にならないように……そして、人間族から我々を守るために作られた」


 子響に続き、リュングが言う。


「弱い立場の者を守り、道を踏み誤らないように__ということで、いいのだな?」


「そうだ」


「なら、やはり、少なくとも敵ではない」


「少なくとも?」


 龍騎士はそこで腕を組むと、まっすぐ眉を顰めるリュングを見た。


「そちらがこちらの利を侵さなければ、敵ではない」


「それは、どの種族にも言えよう」


「セフィラーは昏倒している。どういった人物かは、貴殿らの言葉からしかわからない。__一番肝要な部分が確認できていないのだ」


 確かに、とリュングは内心唸った。


 為人であればいくらでも言えようが、実際の人物を見たほうが公平性が高いのは事実だ。


「セフィラーが黄昏の神子を、まことどうしたいのかが分からない。そんな輩が、目覚めて再び狙ったりされては、こちらが困る。__気持ちとしては、寝首を掻いておきたいところだ」


 挑発というわけではないのだろうが、導師に対してこの龍騎士は含むところがあるらしいことは理解できる。


 立場がそうさせているのかもしれない。あるいは、生い立ちか__。


 どちらにせよ、導師が目覚めて邂逅してくれさえすれば、と思ってやまないリュングは、歯痒さを覚えていた。


「そんな貴殿らが、誓えるか? __今後もう神子を狙わない。帝国が委ねる決定をするまで、時を待つ。たとえ神子を委ねない決定となっても、不服を申し立てない、と今ここで誓えるか?」


「それは……」


「まあ、今誓ってもらっても、セフィラーの言葉ではないのだから、覆されるやもしれん。無意味だな」


「だから、味方とは断定できない、ということですね」


 子響の言葉に、ゆっくり静かに頷く龍騎士。


「わかりました。__しかし、レーヴェンベルガー卿は、あのままでよい、とは思われていないのでしょう?」


「貴殿らに委ねて、現状がよくなるとは限らんし、今は到底思えん。味方ではない輩に委ねるほど、帝国も__俺も馬鹿ではないのでな」


 言って再び湯呑みに手を伸ばす龍騎士。飲もうとするが、中身が尽きていたらしい。


 そっと脇に置かれる湯呑みに、子響が急須から茶を注ぐ。次いで、フィガロの湯呑みにも注いだ。


 龍騎士は子響に軽く頭を下げて礼を述べ、真新しい湯気の昇る湯呑みを手に取った。


「そちらの神官騎士殿は、神子のことをどう思われる?」


 ここまで蚊帳の外。ひたすら気配を殺して控えていた人物に子響が茶を注ぎながら問いかけた。


「……私ですか?」


「元龍騎士ならば、どのように思われるのか?」


「……」


 神官騎士は同僚のイェノンツィアをちらり、と見るが、肩を竦められるばかり。


「ブラウシュトルツ。許すわ」


 神子の言葉に一瞬息を詰め、やや目を伏せる。そして一つ大きく息を吸い込んでゆっくり吐き出すと、彼は口を開いた。


「……外つ国出身の私が言ったところで、何も変わらないだろう、と。変えられない、他に手立てがないのは事実だったので。個人的に模索はしましたが、限度はありますので」


「外つ国出身では、国家転覆罪と判断されかねないので、何も出来なかったのよ。私の先代が止めたの」


 国家転覆罪は即死罪。この帝国において最も重い罪のひとつである。


「ブラウシュトルツ卿が叙される直前に、龍騎士団では神子に関わる不祥事がありましたからね。周囲は敏感だったのでなおさら」


 イェノンツィアの言葉を聞くにつけ、元龍騎士の表情が曇る。


「私の意見は以上です。これ以上はお許しを。どうぞ話を進めてください」


 そう言って、元龍騎士は一方的に口をつぐみ、視線を落としてしまった。


「……そうした危険な行為だ。帝国が今でも危険だと思っている神子。隔離が一番確実だとしてきた神子。これまでまるで、接点がなかった貴殿ら__それも、敵と認識している貴殿らのもとで、神子が健やかに生活できるかは、甚だ疑問だ。俺には、いたずらに寿命を縮める行為だと思える」


 龍騎士はそこで一度、湯呑みを口元へ運んだ。


 そして一口飲み終えた湯呑みを、静かにテーブルへと置く。その置く音が、妙に部屋に響いているように、リュングには聞こえた。


「たとえ、味方と断定できたとして、じゃあ神子を委ねるべき、と俺が言ってもそうはならん」


「……と、申しますと?」


「もし、神子を渡せというのであれば、国民が大いに納得し、支持せんことには動かんよ、この国は。神子を貴殿らに委ねたほうがよい、ということを、こちらに納得させてもらわない限り、これは実現せん」


 全国民が理解して、諸手を挙げて賛同する__理想はそれだ。だが、ほとんど無理に等しいだろう。


 対話を求めても、応じてさえもらえなかったのだから。


「貴殿ら、ノヴァ・ケルビム派がどういった生活を営み、何を望んでいるのか……この目でしかと見届けはした。だが、導師は昏倒している。危険はないと断言できないが、それでも、我々が抱いていたほどの危惧はいささか過ぎたことは認め、一定の監視はしつつ動向を見守る__これが、今回の内偵の評価だ」


 龍騎士は、まるで突き放すように、抑揚なく言い放った。

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