龍騎士の思惑
ロンフォールは睨みつけた眼光を伏せ、小さくため息を溢す。
「俺はまだいい。大きな組織に所属して、しっかりとした後ろ盾があるから。だが、他の、当たり前の生活を慎ましやかに生きている奴らはどうなる? そのあたりを考えられないのであれば、導師などと名乗る資格はない、と思っていた」
確かに、そのあたりのことが起こりうることは予想できていた。だからこそ、最大限、多種族と__特に人間族に誤解を与えないように行動してきたのだ。
それでもやはり、軋轢はできてしまった。
「そして、初めて目の当たりにして、なるほど、断罪が許可されるだけのことはあるな、と思った。こちらに気づいていないにも関わらず、こちらを圧倒する覇気を発しているのだ。正直、逃げたくなった」
「だが、導師にあれほどの深手を。我々では信じられない」
「それが俺にも謎だ。俺はただ、セフィラーが祭壇を見上げているとき、その畏怖にも似た感覚に耐えられなくなって、気づいたら飛び掛っていただけだ。__あのときの俺は、俺の身を守りたかったんだと思う」
山野で出くわした獣が、人馴れしてないが故、逃げずに立ち向かってくることがある。明らかにこちらが優勢だというのにそうしてくるのは、恐怖で判断ができなくなっているからかもしれない。
「結局は逃したが……。介抱されて目が覚めたとき、疑問を抱いた。__何故、俺如き……それもクライオンを使わなかった俺如きの一閃が届いたのか。何故、弾き飛ばされて意識を失った俺に、止めを刺さなかったのか、と」
目的を違えるな、と止められたとスレイシュから聞いている。無益な殺生と判断したのだろうが、真相は導師が目覚めない限り分からない。
「そうやって悶々と考えていると、やがて疑問が別の方向へむいた。___何故、彼らは神子を狙うのだろう。そもそも何故、我々帝国の者は、彼らを危険視するのだろう、と」
「……その疑問、我々も同じだ」
どうして、それほど危険視するのか__。
やはりケルビムだから、人間の考えは分かりえないのかもしれない。
考える度、考え抜いても答えがでてこない。だからいつも、わかりえない者という安易な着地点に到達してしまう。
__考えることを放棄しているのかもしれないが……。
リュングは内心、ため息を零した。
「だからこそ、俺は、団長に請願した。__彼らを見極めさせて欲しい、と」
リュングは子響と顔を見合わせた。
「団長も同じ疑問を抱いていたから、理解は示してくれたが、不可能だ、と……そう宣告された」
「ケルビムがケルビムのことを見極めるなど、人間族からすれば、同族愛が色眼鏡となってしまうだけだから、公正性に欠けて納得などされないから?」
リュングの呟きにも似た疑問に、ロンフォールはひとつ頷いた。
「その後、内密に団長から相談されたわ。私が、実妹と知っていたからでしょうね。どうにか手立てはないのか、と。__だから、一計を私が案じて提案した」
「それが……」
ちらり、と白い大きな犬を見た。
犬は主であるロンフォールの膝の上に時折首を乗せて、甘えている様子である。以前までに見せたことがない、その犬の態度。軍用犬のはずだが、今は任務中ではないからだろう、ただの犬としてのそれ__以前までのロンフォールが放っていた人懐こさに、あまりにも似すぎていた。
「ロンフォールとシーザーを入れ替えて、潜入させる妙案よ。記憶なんて、私がいじれるわ。魂と体を入れ替えるのだって、ちょっと面倒で条件がいろいろあるけれど、均衡を崩せばいいのだもの。均衡は私の神の領分だし、そこまで造作もない。戻すのだって」
もちろん、とフィガロは不適に笑んだ。
「__危険がないとは、言い切れなかったのだけれど。でも、それ以上に、ロンフォールは同胞を理解し、そのために働くことには代えがたいと受託した」
「大事をとって、シーザーの記憶を封じた。俺の記憶はそのままにすることで、戦えないシーザーに危険があれば、つぶさに対応できる。クライオンは使えないが、牙もあるし鼻もきく。なってみてわかったが、とても勘が冴えたから、どうにかやれるな、と。それに最悪、バンシーを切り札にしていた」
ロロ、と呼ぶと、ロンフォールの足元から、羽毛に覆われたバンシーが現れる。
「ロロブリジーナだ。俺が戻って呼ぶまでは決して姿を現すな、と厳命していた。俺の龍にも、絶対に俺を探すな、とも言ってある」
騎龍は、戦神やヌアザの命の次に、主の命を従順に守るという習性があるらしいことは、リュングも知っている。
「あの森の外れまで、龍に送らせた。均衡の神子とシーザーといっしょにな。入れ替わる儀式を終えて、あいつは自由を謳歌しているだろう」
皮肉に笑んだ男の顔に、リュングは腕を組んで口を一文字に結んだ。
男は傍らに控えるシーザーへと視線を移し、絹のような毛並の頭を撫でる。
「俺と入れ替わったシーザーは、目覚めるまでにいささか時間がかかってな。目が覚めるのを見届けてから、神子たちは俺の龍で去った。俺は入れ替わってすぐ、里へと向かっていたが」
「神子がお教えになったのでしたね」
「いや、あれは嘘だ。ヴァイナミョイネンに聞いた」
ほう、とリュングは目を細めた。
「どうやら、お前たちと暗黙の取り決めをしているようだったからな。あのヴァイナミョイネンがこのあたりの森の主だろう。そこに里がある__知らないはずがない」
ヴァイナミョイネンは気高い魔性の獣。狡猾で知られているが、それなりに話が分かる珍しい魔物であるため、よほどヒトに害がなければ、むしろ守り神として畏敬の念を持たれている。
実は、と犬の頭からテーブルに手を戻して組みなおした男は、またも不敵に笑む。
「__あのヴァイナミョイネンは、俺の知り合いの、そのまた知り合いなんだ」
リュングは首を傾げ、子響へと顔を向ける。
彼もまた心当たりがないらしく、首を横に小さく振った。
「全て、というわけではなくて、ある程度は融通をきいてくれるってだけだ。その証拠に、あいつはすぐに俺とこいつがどういう状態かを理解して、かなりの悪ふざけをしただろう。あいつは、俺に含むところがあるはずだから、寝首をかけるならかきたいはずだからな」
あの殺気は、悪ふざけの域を超えていた。駆けつけたとき、惜しげもなく晒していた殺気に、毅然としていたリュングでさえ若干怯まされていたほど。
「お陰で、貴殿らには保護する意識を植え付けてくれたわけだが」
そしてこの男もこの男で、悪ふざけ程度に受け止め、ヴァイナミョイネンをあいつ呼ばわりする。
__ただの馬鹿なのか、それとも肝が据わっているのか……。
わからない、とリュングは腕を組んだまま背もたれに身を預け、視線を落とした。
「最初、名代殿が記憶を探ったとき、本当に胆を冷やした。はじまったばかりで終わる、と」
残念ながら、自分にはすべてを見通すほどの実力はなかった。狗尾は主を守るために吠えているのだと思っていた。
見抜けず、彼らを里へ招き、みすみす導師を危険にさらしていた__そのことが、ただただ腹立たしい。
組んだ腕に思わず力が入る。
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