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事の次第

 食堂に入る前、ロンフォールからは太刀、耳長の青年からは槍と腰に佩いた鉈を、小人の少女からは二振りのナイフをそれぞれ預かった。


「__他にも、お持ちのはず」


 刃を交えた際、飛び道具か何かを使われたのだろう。


 耳長の神官騎士に子響が問えば、しばし考えた後、神子へと視線を移した。視線を受け、神子は頷く。それを促しと捉え、神官騎士は自身が纏う武具の隙間へ、徐に指を差し入れた。


 それは一箇所にとどまらず、腕からはじまり、胴を覆う鎧の下部、背面の尾骨あたりを覆う鎧まで至って、そうして子響へ何かを差し出す。


 得物を受け持ち、傍へともどってきた子響がリュングへとさり気なく示した。目立った得物とは別に、彼の手にあるのは、小指の長さほどの両刃の小刀だった。それも10。


 __暗器をこれほどとは。


 子響が耳打ちする。


「元龍騎士にしても、物騒ですね」


「そのようだ」


「もっと検めますか?」


「さすがに、神子の御前で流血はすまい」


 リュングが耳長の神官騎士を一瞥し、ロンフォールへと注意を移そうとしたときだった。


 __なんだ。


 耳長のそばに違和感を覚えて、今一度視線を戻す。よくよく吟味してみれば、ぼんやり、と滲むような拳大ほどの光が耳長の傍にあるではないか。子響は気づいていない様子だが、リュングにはそれが不可知だとすぐさま分かった。


「……貴殿は、《もの憑き》か」


「如何にも」


 ヒトの中には稀に、不可知に魅入られてしまう者がいる。それはとくに、妖精族に多い。彼らは妖精族というだけあり、不可知との感応能力が高いことに起因する。


 龍騎士が行使する《もの》__クライオン。それとよく似た類であるが、決定的な違いはヒトそのものに憑くか、得物に憑くかという点であるという。


 《もの憑き》はその力を持て余すと聞く。あまりにも手に負えない場合、里を出てさらに強大な不可知の助力を賜わらんと神職につくことが多い。


 彼も、きっとそれなのだろう。


「その鉈が、彼の《もの》を抑え込んでいるのよ」


 神子の言葉に、耳長の神官騎士がちらり、と視線を向ける。


「それは……お返ししたほうがよろしいのか?」


 子響の問いに、耳長は首を振った。


「問題ない。__貴殿らが、私に危害を与えようとしなければ、これは動かない。そういう質だ」


「しかし、街で私は貴殿と交戦した。その時は、まるで《もの》が動いた気配はなかったが」


 子響は、《もの》が視える能力はない。武人として気配を察する能力の高さがあるので、気配だけは察することができるだけだ。それでも、察する事ができるか否かは、雲泥の差がある。


「そのときは、私もさほど劣勢でもなく、怪我を負わなかったということもあるが、加えてその鉈が私の手元にあったから、勝手な反撃をしなかったのだ。なければ貴殿だけでなく、周辺にもそれなりの被害があったことだろう」


 なるほど。よほどこの耳長は魅入られているらしい。


 __只者では、なさそうだ。


 武具の装備からしても、そして《もの憑き》ということからも。


 __大方、その《もの》のことがあるから、龍騎士を退役してからは均衡の神子に下っているのかもしれない。


「問題はないと判断した。__では、中へ」


 リュングの案内に、食堂の中へと踏み入り部屋を見渡した神子は、手近なところへ着席する。


 イェノンンツィアは神子の背後に、そこから少しばかり距離をとって、耳長の神官騎士とその見習いの小人、そして人間族の司祭が佇んでいた。


「私は、均衡の神子の処遇をどうにかしたかったの。あれでは……生ける屍よ」


 腰を下ろした神子は、サミジーナが淹れたお茶を手に包み込むようにして、そこに視線を落としながら語りだした。


 その様子を、リュングは目を細めて見つめた。


「__ノヴァ・ケルビム派に委ねてもいいと思っていたそこへ、あなたたちが面会を希望してきたの」


 この神子が導師の実妹であることは、片翼族といえど一部しか知りえないことだった。


 導師は小さい頃、実弟を事故で失い、ほぼ時を同じくして神子も片破の妹__導師にとっても実妹__を病で失った。不幸は重なるもので、実妹の病と同じ流行り病で父母も亡くなった。


 この病は片翼族の中だけでなく、他の種族でも流行して、多くの命を奪った。当時、魔穴が頻発して現れ、その魔穴からもたらされたとされている。


 そしてあるとき、一斉に多数の魔穴が出現した。魔穴からあふれ出た異形と、戦神率いる龍族が前面衝突した出来事のそれは、後に『龍魔戦役』と呼ばれる。


 リュングはまだ生まれたばかりで記憶にないが、空は軋み、砕け、血に染まったと、親から伝え聞いている。


 その後、実妹に“おしるし”が現れ、まるで示し合わせたかのように、数日の後、前均衡の神子が2人の元を訪れた。そして、彼女に実妹を渡してしまったらしい。


 選択の余地はなかった、と導師は言っていた。


 神子は拒否できるものではないのと同時に、なりたくてなるものでもない。


 預ければ、実妹は衣食住は保障される。それもかなり水準の良いものが。そして、もうおそらく、会えなくなる。だが、飢えて死なせてしまうよりはいい__苦渋の決断だった。


 導師はその前任の神子の計らいで、隠居生活をしていた老師を紹介され、幼少期を過ごし、そこで魔道を会得したのだそうだ。


「私も、兄に会いたかったし……ちょっとそうした、不純な動機があったけれど」


 導師自身、きっといつかは再び実妹に会って話をしたい、と思っていたことだろう。口には出さなかったが、均衡の神子の協力を得られるかもしれないとわかると、すごく優しい表情になったのをとても印象深く覚えている。


「だが、龍帝従騎士団がそれを許すわけがない。リョンロート卿が察して、当夜、神子らを移動させてしまった、と……」


 ええ、と神子が頷き、対して龍騎士は無言で頷く。


「ひとつ疑問がある。均衡の神の神殿には、龍騎士がひとりもいなかったことについては? 対して、黄昏の神子の神殿には、レーヴェンベルガー卿がいたが」


「あの夜は、命令を無視して部下に神子を託し、俺だけ残っていた。__セフィラーが現れるのであれば、ここで仕留めてしまってもいいのでは、と」


 その言葉に、リュングは僅かに気色ばんだ。


「初めて目の当たりにして、直感で、こいつは生かしてはおけない、と思った。色々な魔物と闘ってきたからこそ分かるが、仕留められる機会があれば、逃してはならない類のものだと感じた」


 おそらく、双翼と片翼の格の違いを無意識で悟ったからだろう。絶対的な力の差があるのは、傍にいるリュングが良く分かっている。だから、彼が感じ取ったものが何なのかも理解できる。


「命も出ていたの。導師セフィラーが神子を求めて神殿に侵入した場合、これを断罪することを許す、と」


「それもあるが、もともと、俺はセフィラーにいい感情は抱いていなかったしな」


「興味深い話だ」


 片翼族では、会ったことがないとしても、セフィラーという名を知らない者はいないはず。


 全ての片翼族の長であるのだ。ノヴァ・ケルビム派であろうとなかろうと、必ず畏敬の念を込めて導師と呼ぶもの。


 それをあえてこの片翼は、畏れ多くも御名で呼んだ。


「どれだけ精進しても、ケルビム全体が悪者扱いというのが、腹正しく、我慢ならなかった」


 言って龍騎士は、ぎろり、と名代を睨み付けた。


「お前たち、ノヴァ・ケルビム派だけの評価で、全体が左右されるというのがな」

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