騙し騙され
リュングは胸騒ぎに、里の巨木の前を行ったりきたりしていた。
時折、入り口をみては人影を求める。求めた姿がないとため息を零して腕を組み、歩みを再開する。
「リュング殿、一応、神子もついていっているのです。それに神官騎士も」
「わかっている」
焦燥感から、子響の言葉に対して、やや強く言い放ってしまった。
思いのほかに語気が強かったことで、はっ、と我に返り、子響をみれば、彼は苦笑をうかべ、気にしていない、と頷いた。
「__失礼した」
一際大きくため息をこぼし、片手で己の顔を覆う。
自分の決断だ。
導師の名代をおおせつかって、初めてとも言えるほど、とてつもない責任のある決断をした。その采配に自信がないわけではないが、これほどの焦燥感は__胸騒ぎはなんなのだろう。
巨木を見上げる。
この焦燥感のきっかけは、巨木にあたって幹に導かれる形で吹き降ろす風だった。導師一行が神子奪取に失敗した夜も、似たような風が吹いたのだ。冷たいが妙に湿り気があって、吸い込むと胸が、かっ、と熱くなる様な、不快感をあおる風。
前回失敗しているのだ。しかも導師が先導していたにもかかわらずの失敗。
失敗して以降、導師が赴いたことが龍帝従騎士団に知られているはずだし、そのことによって警備がより強固なものになっているはず。予想通り、これは均衡の神子からの情報でも確かとなった。
万が一失敗したとして、神子と神官騎士は、手伝うことを強要されたといえば、寧ろ保護をしてもらえるだろう。しかし、お尋ね者の龍帝従騎士ではどうなるのだろうか。
__……レイシスに聞いてこようか……。
ケルビムが関わる事柄についてなら、つぶさにレイシスが収集しているはずだ。だから、レイシスに尋ねるのが最も手っ取り早いのは言うまでもない。しかし、それをすぐに頼らないのは、とても大事なものであるのと同時に、ケルビムにとって畏れ多い行為であるからだ。
よし、と自身を鼓舞するように内心頷いて、巨木の根元へ向かおうとした時だった。
「戻られた」
子響の言葉に弾かれるように振り返ると、里の入り口に送り出した3人と1匹がいた。
しかし、目的の神子は見あたらない。
内心落胆しつつも、どうにか彼らが無事に戻ったことに、安堵せずにはいられない。
待ち人の姿を認めたシーザーは、一目散にこちらへかけてくる。近づくに連れ、シーザーが頭を低くし耳を垂れ甘える仕草をみせる。そのシーザーに屈んで頭を撫でる子響。
「怪我はないようだな。帝都は懐かしかったか?」
声を掛けながら頭を撫でる子響と、それを甘受しているシーザーを見守っていると、フィガロが言葉を放った。
「無駄足だったわ」
「そのようだ。しかし、ご無事でなにより」
その言葉に応じて視線を彼らに移す。
近づく3人。__そのうち最後尾のひとりの違和感に、リュングは眉をひそめた。
背筋を伸ばし、堂々と前を見据えて歩く司祭姿の男がいる。黒髪を後ろにすべてかきあげて顔を晒しているにもかかわらず、表情がまったくないその男は、間違いなくロンフォールのはずだ。
__まるで別人ではないか……。
感情の一切を悟らせないその隙のなさ。
腕をあまり振らず、やや重心を低く意識して足を裁くその歩行は、腰に刷いた太刀に腕や袖が当たらないようにする為でもあり、同時につぶさに太刀を抜いて構えられる為でもあると、似たような歩行をする子響から聞いたことがある。
__何があった。
覇気が違う。
まるで腹をすかせている獣のようだ。こちらが隙を見せたら、その覇気に飲まれてしまうような__。
その違いに戸惑っていれば、彼の背後にさらに人影が続いて現れる。耳長族、人間族、そして小人族。
彼らの姿を見、子響が動いた。
シーザーから離れ、背中に負っていた長槍を手にし、リュングを庇うように一歩前へ出て視界に踏み入る。その鋭い気配。
「あの耳長の男……街で刃を交えた者です」
そう小声で子響が教え、槍を握り直す。
「待って。彼らは私の神官騎士とその見習いと、司祭よ」
警戒の色を見せた子響の様子に、神子は手をかざした。
「神子殿の?」
「ええ。街で魔物騒ぎがあったでしょう? そこで龍騎士に槍を振るっていた子響を見て、彼が異形を放ったと思ったらしいの。この耳長はとくに有能で、この森にわずかばかり歪みがあるのを感じてきていて、たまたま遭遇してここにいるのよ。大丈夫。なにもさせないし、外には言わせない」
神子の言葉を最後まで聞き、耳長は胸元に手を当てて頭を下げる。
「ここで、貴殿と刃を交える理がない。神子の安全が優先する。ものの理を歪めているのならいざしらず」
「……左様か」
「あのときは、誤解とは申せ、失礼した」
「神官騎士殿は……元龍騎士殿だとお見受けしましたが」
「ええ、そう。元龍騎士には違いないわ。腕を見込んで、退役後に雇っているの」
なるほど、と子響は槍を持つ手からわずかに力を抜いた。それでも、牽制する視線を耳長に向けている。一度手合わせしているから、耳長の神官騎士の実力を知ってのことだろう。
神官騎士ならば制服がある。彼はその制服ではないなりで、どちらかといえば傭兵という印象の動きを阻害しない程度の甲冑を身に着けている。
__神子の気に入り、ということか。
ふむ、と唸ってから改めて、リュングはロンフォールへと視線を向ける。
気の所為などではなく、その気配に隙が感じられない様に、はっ、とした。
__まさか……。
「……記憶が、戻られたか」
リュングの言葉に応じるように、目の前の騎士は歩みを止めた。
「いや、違う。……が、間違いでもない」
ロンフォールの声だ。別人と言うわけではない__が、威厳がある。こうした声をロンフォールが発したことがないので、戸惑うばかり。
どういうことだ、と首を傾げると、男は自身の太ももを叩く。
「シーザー」
犬は呼ばれると主の下へ駆け寄って、彼の脚付近を一周し、左側に腰を下ろして、次の指示を待つように見上げた。
「俺がこいつで、こいつが俺だった」
子響と顔を合わせずにはいられない。お互い解せない表情でいれば、神子が進み出た。
「あたしの命にかけて、ロンフォールも手を出さないわ。だから、そちらも武器をおさめて。ちゃんと説明をするから。__いえ、させて頂戴」
そうよね、とフィガロが見上げると、男は、是、と頷いてみせる。
子響は伺いを立てるような視線をリュングに向けた。
「__均衡の神子も、謀っていたということですか?」
「ええ。謀っていたこと、まずは謝るわ。悪気があるわけでなかったの。ただ、こうするべきが一番だと思ってしたことよ」
リュングはすっ、と目を細めた。
龍帝従騎士団の者と共謀して、何故そう言い張れるのか。帝国で自分たちがどういった扱いをうけているか、この神子はしらないはずがないというのに。
それに、自分がついさきほどまでどれだけ心配していたか__取り越し苦労に終わった上に、神子は謀っていたのだ。
あまり腹を立てない性分の自負があるが、腹が立ってしまう。それも、表情にでるぐらいに。
「……では、食堂へ。まずはそこで伺いましょう。__子響、同席してくれるな?」
是、と短く答えを受け、リュングは踵を返して食堂を目指した。
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