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元龍騎士の憂鬱

 去っていく男の姿を警戒しつつ見送っていれば、さて、と神子が動いた。


「今から、ノヴァ・ケルビムの里へ行くのだけれど、一緒に行くでしょう?」


「……正気ですか?」


「何故?」


「貴女様は、ノヴァ・ケルビム派の導師の奪取の目標であった、と聞いておりますが」


「ええ、そうね。でも問題ないのよ、それも」


 耳長の青年は、怪訝に眉をひそめる。


 __どこまでの謀りだったのか……。


 そこで浮かぶ、雇い主の顔。


「……まさか、ビルネンベルク卿も」


「協力者だわね」


 迷いのない返答に、渋い顔になる。


 レーヴェンベルガーへの憂慮も、ここ数日の野宿も、すべて__そう、すべてのことが徒労だったということ。


 頭痛を覚え、耳長の青年は片手で額を押さえるように頭を抱えた。


「まあまあ、ロンロン。ロンロンは頑張ったよ」


 ぽん、と肩に置かれたツヴィッシュの手。それがどれほど、神経を逆なでするか、この男はわかってわざとやっている。馴れ馴れしい呼び方をするのが、その現れ。この男はいつもそうなのだ。


「目覚めたわね」


 神子の言葉に地面に臥したままの人物を見れば、ちょうど上体を起こすところだった。それと同時に、寝そべっていた大犬も起きて、主の龍騎士の様子を伺うように優美な尾を振りながら匂いを嗅いでまわる。


 そして、最上の歓びを表現するかのように、腹を見せたかと思えば、とにかく体をこすりつけ、飛びつく。


 それを鎮めるように落ち着いて応じていた彼は、違和感があるのか頭を抱え周囲を見渡す。主人の変化に不安げな声を上げる犬をよそに、彼は神子とその従僕の他に、耳長と人間と小人の姿を認め、目を見開いた。


「ブラウシュトルツ卿……どうして」


「君が出奔したという話の真贋を確かめよ、とビルネンベルク卿が独自に指示を出して遣わしたのだ」


 ことと次第によってはただすことになっていたが、とは内心に留める。


「ビルネンベルクに要請したのよ、私が。何人か保険で動いていてほしい、と」


 神子の言葉を聞き、耳長の青年は目を細めた。


 __保険……。


 自分の仕事は、出奔の噂の真贋を確かめること。そして、事実であれば接触し、折伏調伏などを駆使して可能な限り連れ帰ることで、それが不可能であれば已む無し、ということだった。


 どれにしたって軍よりも先に、というのが第一条件。


 逃げる素振りを現状見せないレーヴェンベルガーを見るに、とにかく軍に捕縛されるのは都合が悪かったのだろう。


 __折伏調伏、最悪已む無し、とは……それらしいことを言われただけか。


 ビルネンベルク卿も協力者というのだから、敵を欺くために味方をまずは欺いたのだ。信用をしているしていないという以前の話。__知らないほうがよい、という判断だろう。


「ご苦労をおかけしました、ブラウシュトルツ卿」


「いや。私は大したことはしていない。__君のほうが大変だっただろう。怪我もしているようだし」


 視線で、彼がさり気なく抑えて止血している太腿を見た。裂けた布とその周囲、命に関わるほどではないが、そこそこに血が滲んでいる。


 __犬にやられたか……。


 傷は、明らかに噛み跡だった。


「これは……自分でやったので」


 苦笑を浮かべるレーヴェンベルガーに、同情を禁じ得ない。


「それは、本当に大変だったな」


 謀りの全容は知らないが、戻ってからも大変だということだけは察してあまりある。


 __まあ、神子がいるのであれば、そこまででもないか。


 神子だけではない。ビルネンベルクという帝国において重鎮も味方している様子だ。であれば、悪いようにはならないだろう。


「さ、まずは治療ね」


 言って、患部の脇に腰を下ろし、手をかざす。その手からにじみ出るような光が患部を包み込んだ。


「言っておくけど、早めるだけよ」


「承知している」


 見守ることしばし。その光が収まると、溜息を零して神子は立ち上がった。


 そして、足の具合を確かめるように患部に触れ、軽く足踏みをする。少しばかり、痛みがあるのか、一瞬表情が歪むのを耳長の青年は見逃さなかった。


「__では、行きましょう」


 いらっしゃい、と神子が先導する形で、イェノンツィア、レーヴェンベルガーと続く。


「とりあえず、任務達成だね、ロンロン」


 ね、と馴れ馴れしく肩に再び手を置くツヴィッシュ。その手を払い除け、耳長の青年は胸倉を掴む。


「貴様が言うな! あの蓬莱人、かなりの槍の使い手だったんだぞ! 遠巻きにも見ただろう?!」


 呑気な同僚に声を潜めながらも、怒声を浴びせる。


 あのとき、彼には劣勢だった後輩を任せて下がらせる傍ら、戦いに慣れなシノには、魔物騒ぎを神殿騎士や街に駐留しているはずの龍騎士らに報せに走らせた。


 魔物を街なかで呼び出した可能性がある蓬莱人を殺すわけにはいかず、だからといって手加減できるような相手ではいことは、何合か槍をかち合わせて悟った。それは向こうも同様らしく、力量を見極めてからは、殺意とまでは言わないまでも敵意を刃に乗せてきていた。


「でもほら、何事もなかったし__」


「何事もなかっただと?! 蓬莱人のことは、まあしょうがないことと割り切れる。しかしだな、貴様との野宿のとき、どれだけ気を遣っているかわかるか?!」


「僕らの仲なのに? 今更、気なんて遣うような__」


「貴様の食事だ! 食事! 食事に気を使ってるか知ってるか?! シノはいい! シノは! 好き嫌いなく食べるから。だが貴様は菜食主義だから、どれだけ気を遣わせると思う?! それに、無駄に多い貴様の本で荷物は膨れるわ、重くなるわ、毎度毎度、馬がほとんど貴様の荷運び専用に……こうした自体になるのが予見できなかったとは言わせん! 荷を減らしておけ! 貴様が黙っていたせいで、しなくてもいい野宿をさせられた罪は重いぞ! このビブリオマニアが!」


 しなくてもよい戦闘。しなくてもよい野宿。馬と荷は、今日の野営地と見定めた場所へ早々に置いてきた。


「そんな青筋たてないでよ、ロンロン。ほら、シノちゃん怖がってるじゃない」

 ツヴィッシュに言われ、ちらり、と傍で見上げる小人族を見るが、始終無言で見守っていた彼女は相変わらずきょとん、とした表情のままだ。


「どこがだ! 本当にいつもいつも適当なことを__」


「何してるの? 置いてくわよ」


 神子の声で言葉を逸し、彼らの方を見ればだいぶ歩みを進めてしまっていて、闇の中に姿が滲んでいる。


 糾弾を中断させられて憮然としながら手を離せば、ツヴィッシュが気持ちのいいぐらい笑みを見せるので、それがまた逆撫でする。


「なにか問題があったの?」


「いえ、何も」


 責め立てられていた立場のはずのツヴィッシュは小さい令嬢へ恭しく軽く答える。そして、ね、と同意を求めてくるので、不服ながらも神子の御前であるから、短く、是、と答えしかなかった。


「なら行きましょう」


 言って踵を返す神子だったが、あ、と思い出したような声を上げ再び顔を向ける。


「__得物もそれからクライオンも、命に危険が及ばない限り使わないように」


 耳長の青年が握る槍を視線で示す。


「いいかしら?」


 念を押されるように尋ねられ、耳長の青年は槍を持ち替えて、槍についている背負い紐に片腕を通して背負い、踵を揃えて姿勢をただす。そして右手で胸元に触れ、頭を下げた。


「それから、あなた達の説明は面倒だから、神官騎士とその見習い、司祭ということにしておきます。とにかく、話を合わせるようにして」


「ご随意に」


「では行きましょうか。__ロンフォール・フォン・ブラウシュトルツ」


 それが耳長の青年の名前である。

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