僅かな余命
「話を戻しましょう。__レイシス、その結界というのはもうできているの?」
「はい。もう、均衡の神子が来た段階で、黄昏の神子に対するアニマの干渉を軽減する術までは、完成するようになっています。ですので、黄昏の神子をここへ連れてきても、その先__天命を全うさせるための術については、導師が必要ですが、連れてくる分には問題はほぼないかと」
「どう思う? リュング」
「どう……とは?」
「ここまで準備ができている。あなた達がその気なら、あたし協力するのもやぶさかではないわ。__どうする? 名代さん」
問われて、顎に手を添え考えること暫し。リュングは意を決したように頷いた。
「__手引きを願えますか、均衡の神子」
「よろこんで」
ふふ、と小さく笑う神子。満足げなでありながら、まるで何か悪戯を企んでいるような顔である__が、すぐに真剣な顔になり、ところで、とレイシスに向き直った。
「__この人のこと知っている?」
フィガロが示したのはロンフォール。しかし、間髪いれずゆっくりと首を振るレイシス。
「あたしが許可するわ。権限としては十分でしょう? __記録して、貴方が知っている情報を教えて」
レイシスに手を出すよう促されたロンフォールは、フィガロのように手を差し出した。
指先を突かれる瞬間、少し痛みがあるようにも見えたが、まるでなかった。
同じように採取されて、その様子を見守ること暫し。
手を押し抱きながら、レイシスはまっすぐロンフォールを見据える。
「……ケルビムには間違いありませんが、どの血統にもはいりません」
「そんなことはこれまでにもあったのか?」
「ありません。__強いて言えば、代々の導師の家系に似た傾向はあります。古い血筋です」
「血縁者だというのか、導師と」
「ケルビムである時点で、すでに血縁者です。近親者か、と聞かれれば、不確定要素はありますが、可能性は高いとしか答えようがありません」
何が起こっているのかわからないロンフォールは、おどおどと一同の顔を見渡す。
戸惑っているのは、リュングもスレイシュも同様だった。
「失礼ですが、貴方の名前は?」
「ロンフォール・レーヴェンベルガー……あ、いや、フォン・レーヴェンベルク……か」
自分の首に提げているメダリオンを思い出して、そっと握り締める。
「__やはり、該当ありません。ですが、同姓同名の人物が、現在エーデルドラクセニア帝国の龍帝従騎士団に存在しているようです。こちらの人物も同じケルビム族です」
「たぶん、俺のことだと思う」
「たぶん、というのは?」
「ロンフォールは、記憶がない。そのあたりのこと、わからない?」
フィガロの問いかけにレイシスは目を伏せた。
「……すみません、その件に関して、漏れがあったとしか」
「詳しく教えて」
「私は天綱の歪みが生じると、その影響を受けやすいので、収集する情報に穴が開くことがあります。もしかしたら、何かしらの不可知の影響かと」
__不可知……神様ってことかな?
神様、という言葉に、ロンフォールはハッ、とした。
不可知は神であるという。そして、龍帝もまた戦神という不可知の神の生まれ変わりだと言われている。
__記憶がないからこそ、あんなところに捨て置かれはすれども、命までは奪われなかった。それに狗尾までつけてもらえて。……死なれては不都合だったんだろう。だが、記憶があったままじゃ困る、と。
スレイシュの言葉がまざまざと脳裏に響く。
不可知。神__まさか、帝国や龍騎士と深い繋がりがある戦神があえてそうしたというのだろうか。
「その記憶の欠落が生じた際、導師も昏睡状態に陥っておりましたので、それも少なからず影響をしているかと」
「わかる範囲でいい。俺のこと、教えてくれないか?」
「レーヴェンベルガー卿のこと、でよろしいでしょうか?」
「ああ」
「レーヴェンベルガー卿は、お生まれはレーヴェンベルクという山岳地帯で、その地名が由来。実の父母__これも血筋がわからず辿れませんが、父母はすでに他界し、身よりはおらず、その地域に住んでいたレーヴェンベルガーと名乗る獣人族の一般家庭に育てられた。その後、龍帝従騎士団に入団をし、現在、中隊長に叙されています。余命は、あと10ヶ月と5日」
整理するにはちょうどよい早さで言葉を紡ぐレイシス。しかしその最後に、レイシスはさらり、と告げた。
「10……」
唐突すぎるが、ロンフォールの言葉を奪うには十分な驚きであった。
「はい。10ヶ月と5日です」
ならばやはり、双子の兄弟は失われているのだ。
「双子の兄弟のことはわからない?」
「残念ながら。そもそも貴方のことがこれまでの記録にないので、探りようがありません。レーヴェンベルガーという人物も、情報が欠落していることが多くて、これ以上は」
「そうか……ありがとう……」
あと本当に僅かしかない命。
明確な日数がわかって、焦りはしている。だが、すでにどこかで、空回りをしだしているようにロンフォールには思えた。
焦燥感が鼓動を速めていて、落ち着けるために胸元の服を掴む。
「私からもお尋ねしたいことがあります」
「なに?」
「私はケルビムに関すること全て、記録することが宿命。私の知識が必要となる来るべき日に備えるために。__貴方のことを、記録してもよろしいですか?」
何ら不都合はない。
それに、いくらか生きた証として、記憶を失ってから残せるのだったら、むしろ願ってもないことだ。
「かまわない」
ありがとうございます、というレイシスのその笑み。もっとも嬉々としたものが感じられる笑みだった。
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