神子と叡智と
「__レイシス、黄昏の神子の救済方法はないの?」
フィガロは、3人のやりとりを背後に聞くが、構わず次の質問を投げかけた。
「私が知る限りですが、3つあります。禍事の神の依り代となること、命を失うこと、懐妊すること__この3つ」
フィガロは、ふむ、と腕を組みながら唸った。
「一般的に言われていることね。でも、1つ目は、言語道断。それが救済だなんて」
「救済という言葉を、神子と言う存在でなくし、お役目を終える、と解釈すれば。ただし、依り代になるということは、その身に禍事の神を降ろしてしまうので、この世に災いしかもたらしません」
「それは承知しているわ。__2つ目は?」
「命を失うことは、黄昏の神子に限らず、他の神子同様、自害できません。ですので、他殺されることを指します。そうすれば、その神子は解き放たれます」
「だけど、新しく神子は生まれるのでしょう?」
「はい。そういう仕組みですので」
「……3つ目は?」
「懐妊するというのは、そのままの意味です。これは、禍事の神との接点が薄くなる程度ですが」
「神子は死ぬの?」
「いいえ、生きられます」
「次の神子は?」
「その神子が死ぬまで選出されません。つまり、厳密に神子のお役目を返上できないのですが、ほぼ普通のヒトとして生きられますので、これがもっとも妥当な救済方法だと思われます。しかし、この方法と、殺してしまう方法では、必ずこの世に報復としての反動が返ってきます」
「それを詳しく知りたいわ」
「いまだかつてありませんので、事例として挙げられません」
「私が知りうる限りですが……それを回避するため、かつて孕ませた者を処刑して、禍事の神の怒りを鎮めたことが帝国にはありました。こちらの里の片翼族の方々が、生まれる以前の話ですがね」
イェノンツィアが静かに言うと、それを聞いた子響が頷いた。
「その話は、私も聞いたことが。かれこれ、24、5年は前の話。導師もその出来事、話では存じていたようで」
「確かにございました。処刑して、報復をいくらか防げはしました」
「いくらか?」
「魔物が増える程度に__」
フィガロは眉を顰め、自分より遥かに上背のある子響を睨み付けるように見上げた。
「その事件を知っていたのなら……まさかとは思うけど、兄は、自分が孕ませようとでしているの?」
子響が口を開いた瞬間、とんでもない、と居たたまれなくなったスレイシュが叫んだ。
「__導師は、ずっと閉じ込めておくのが不憫に思えたんだ。それに片翼で……しかも、皆から生まれてずっと恐怖の対象だろ? ……だから……」
まっすぐフィガロの視線に射抜かれて、言いよどむスレイシュは肩を落とした。
その肩に子響がそっと手を添える。
「私の推測ですが、導師セフィラーは均衡の神の力を使って、この周囲に結界のようなものを作ろうと……塔から出すことによって多感になる黄昏の神子の命を、少しでも永らえさせようとしたのではないでしょうか。以前、レイシスとのやりとりに同席させていただいたのですが、結界の張り方、均衡の神子の作用の仕方など、様々なことを聞かれておられたので、可能性は高いかと」
子響がリュングに同意を求める視線を向けると、彼は深く頷いた。
「それは、兄でなければできない?」
フィガロが子響の言葉を受けてレイシスに尋ねると、是、と頷きがかえってきた。
「そう。……その兄の目覚めさせ方、あたしの力で以って、なにかあるかしら?」
「いいえ。状態を確認しましたが、時が来るまで目覚めさせない方が賢明です。無理に起こそうとすれば、魂が裂けます。現在、とてもあやうい均衡のもとにいますので。__均衡の神子も、お会いになられればわかるかと」
それから、とレイシスは名代を見た。
「__導師に代わって、その結界に関して、さらに誰かが手を加えようものなら、これを阻止せよとも仰せつかっております。命を懸けねばならないほどのことなので、双翼でなければ耐えられません」
「やはりそれほどのことなのね……」
顎に手を添え、やや下に視線を落としひとりごちる神子。
「なあ、その双翼っていうのは、どうすればなれるんだ?」
一同は質問した者__ロンフォールを見た。
ある者からは驚きの、ある者からは呆れられた、ある者からは哀れんだ目で、それぞれ見つめられて、ロンフォールは後ろ頭をかく。
「その……誰かが双翼になれば、いいんじゃないのか? そうすれば__」
「簡単に言ってくれる」
スレイシュが、呆れたようにため息混じりに言って頭を抱えるので、ロンフォールは憮然とする。
「しかたないだろ。俺、知らないんだから」
「レイシス、双翼になる方法、教えてあげて」
反論するロンフォールにフィガロも呆れた様子で、説明を促すように片手をレイシスに振る。
「はい。__双翼になるにはまず、片破である必要があります。そして、不可知となった片破に会って、二人の知らない共通の名前__真名を教えてもらわなければならない。ですが、間違えば残った片翼も即座に死にます」
「つまり、死んだ兄弟に会わなければならないの。その方法自体、危険が伴うの。だから、成功はできないに等しいの」
わかる、とフィガロに見下されたように言い放たれて、ロンフォールはぐっ、と口を一文字に引き結んだ。
「真名を知るためには、さらに、生贄として別の魂を捧げなければならない。しかも無償にして、すすんで生贄になることを望んだ魂でなければ。これにはバンシーは当てはまりません」
「よぉく覚えておくことね。とっても恥ずかしいことよ、これを知らないケルビムは」
容赦なく畳み掛けるフィガロ。
見た目こそ見目麗しい令嬢だが、反してかなりの強い言い方で、苦笑しながら子響が一歩前へ出る。
「双翼というのは、二つに分かれた魂がひとつに戻ることだ、と導師が言っておられました。もともとひとつだったものが、二つに分かれて生まれる宿命がケルビムだ、と。本来あるべき形は双翼ですが、戻るには並大抵なことではできないのだそうです」




