龍の頭蓋 Ⅱ
神官の決め事に、武官も文官もあまり口出しはしない。畏れ多い部分があるので、強く意見できないからだ。
だからといって、危険があるとわかっていながら、どうしてそれをそのまま受け入れるのか、レンディルには理解に苦しむ。
__奪ってください、と言っているようなものだ。
ダアトは、龍帝従騎士団の象徴__鷲獅子の意匠の旗を見た。
「導師を逃しただけでなく、神殿を穢したのだ、我々龍騎士は。こちらの意見を、あちらが聞き入れる余地はない。一応、教皇に意見してはみたが……まあ、無駄だった」
自嘲するダアトの言葉は、レンディルの疑念を一気に払拭し、感心した気持ちを抱かせた。
ダアトはどこか、一般的な人と違う雰囲気がある。それは、見た目が見た目だからということもあるのだろう。やはり、一兵卒とは違う次元で物事を見ていると思ってしまう。__実際そういうことがあるのだ。
だが、同じような感情や考えは持ちえてもいる。しかも、それをはっきり意見できる器量も。
「万が一、神子が捕まったら……」
ガブリエラが声を落として、険しい表情で尋ねた。
やや間をおいて、ダアトはガブリエラとレンディルを見る。
「大義名分を得られるわけだ、我々だけでなく、軍も」
__ノヴァ・ケルビム派の導師セフィラー討伐の命が下る。
レンディルはガブリエラを見る。
彼は視線を落とし、拳を握り締めていた。
同族__それも、自分たちの指導者の立場にある人物だ。帰属意識が強い片翼族のひとりである彼の苦悩は、果たしていかほどか。
神子の領域において遭遇した場合、殺傷もやむなし、とされていた。それを、レーヴェンベルガーの殺傷事件をきっかけに、一時的に止めることができた。__殺せる力がありながら、龍騎士を殺しはしなかった。であれば、殺傷はいささか過剰ではないか、と。
導師とは、まずは話し合う構造ができた矢先だったというのに、これから起こるかもしれないこの状況。
__これだから、神官は……。
折りが合わない歯痒さに、レンディルは奥歯を噛みしめた。
「禍事の神子を動かしたことで、セフィラーの手に渡らずに済んだが、やはり具合がよろしくない。レーヴェンベルガーがどうなっているのかも不明となっている」
ダアトが姿勢を正し、明瞭な言葉を発し始めた。瞬時に2人は、歯切れの良い音を立てて踵を合わせ、居住まいを改める。その音を聞き、彼は背後の部下に振り返った。
「__よって、レーヴェンベルガーの一件が片付くまで、禍事の神子守長には、私が着任する。人員も私が采配してよい、と陛下から命を受けた。これは、団長殿の助言を仰ぎながら決めるが」
上で決められてしまっているのであれば、それに従うよりほかない。
「不平不満はあるだろう。軽挙妄動は慎むように、すべての龍騎士には伝えてくれ給え」
「畏まりまして」
ガブリエラの応えに従うように、レンディルも軽く頭を下げた。
「申し訳ないな。特に2人には、下から詰問めいたことがあるだろうに」
「いえ。板挟みには、もっと下っ端の頃から慣れておりますので。__これの件で特に」
ガブリエラの皮肉に、レンディルは後ろ頭をかいて視線を反らせた。
「お言葉ですが、上官殿こそ少し間の抜けたところがあるので、小官がどれだけはらはらさせられてきたことか。__おあいこです」
皮肉のやり取りに、ダアトは笑った。
「そういう類の話、是非聞きたいものだ」
「我々の評価がさがりましょうが」
「なに、それを含めて、陛下は貴公らをそれぞれの職に据えているのだ。私がそもそも、そんな告げ口をしようか。まあ、告げ口をしても、陛下は笑って酒の肴にするだけだ」
冗談めかした言い方に、軽く2人は頭を下げる。
「そうそう。話は変わるが……陛下も憂慮しておられることが、リョンロート卿」
「は、何でしょうか」
「__御子の天邪鬼遊び、気を付けたほうがよい」
天邪鬼遊びは、片翼族の昔からの遊び。
これは、双子がお互いに成りすまし、周りを騙す遊びだ。周りに気付かれた方が負けで、そこで遊びは終わりとなる。
ケルビムの双子はよく似ているからできる遊びだが、あまりにも周りに迷惑をかけるから、昔から片翼族では禁止されている。
「御意。__私も頭を悩ましているところでして」
「子供はやってはいけない遊びほど、興味を持ってやりたがるものだが、気を付けたほうがよい」
__確かに、迷惑は迷惑だ。
レンディルもかつて、ガブリエラの双子にやられたことがある。その当時を思い出して苦笑を浮かべてしまう。
__しかしながら、陛下はどこまで見通しておられるのか……。
ガブリエラは団長という立場で、陛下に謁見できる立場にある。だとしても、家族ぐるみでの交流は、ほぼないといえる。
千里眼でも持っているのか、とレンディルは思うことがある。報告をあげれば承知だということが多い。もしかしたら、高天原にいるとしながら、市井に紛れていることもあるのかもしれない__と、これはレンディルの勝手な想像だが。
「お話は以上で?」
ガブリエラの言葉に、ああ、と思い出したような声を上げ、ダアトは書類を収めた漆の箱に再び視線を落とした。
「いや。ロンフォールの件で、本題は別にある。人員の配し方であったりな。__用件が済んだのであれば、レンディル卿には席を外してもらえないかね?」
「畏まりまして」
すまないな、と再び詫びるダアトに深く頭を下げたレンディルは、自身が連れてきたオーリオルに、来い、と短い号令を発した。
再び上官2人に礼をし、頭を上げるとちょうど肩に舞い戻るオーリオル。それとともに、レンディルはその部屋を後にした。
__気に喰わない、というわけではないんだがな……。
最近__この数ヶ月、元帥はよくガブリエラと密談をする機会が増えた。
その直後のガブリエラは、自分の世界に入ったように、思考の中に沈んで反応が鈍いときがある。
何かしらの難題を突きつけられているのだとは理解できる。そしてそれは、きっと団長でなければならないほどの機密事項。これまでもそういうことはなかったわけではないが、頻度が高くなった。
副官であるのに、手を貸すことさえできないということが、どうにも面白くない。
__あいつも、こんな気分だったんだろうな。
ロンフォールの副官であるアリオーシュ。
どうにか理解したいだったはずだ。だが当のロンフォールは、ノヴァ・ケルビム派の者とともに逃げた。
「……帰ってきたら、殴るくらいの権限をアリオーシュには与えてやるか」
やれやれ、と強張った感覚の肩に手を添え、軽く回して解しながら、レンディルは西日の濃くなった廊下を歩き始めた。




