龍の頭蓋 Ⅰ
__ダアト……。
龍帝が勅命で、配した人物。
得体の知れない素性の持ち主でもある彼は、素顔を晒したことはただの一度もない。龍の頭蓋を思わせるその兜は、見るからに不気味で、皆その兜を被っているところしか見かけたことがなかった。
有事でもない限り、兜は取りそうなもの。そうでなくとも無礼に値するというのに、彼は気にした風もなく、常にその成りである。有事であれば、さらに龍を模した兜を上から被る変わった男だ。
体躯が立派に見えるのは、甲冑のせいなのかもしれないが、元帥というだけあって、何人も侮らせない気配が男には備わっているからなのかもしれない。
兜の頭頂部から伸びる銀色の長い房は、兜の房飾りのようにも見えるが、自前の髪らしく、その長さは腰の辺りまである。
艶やかでしっとりと重みがありそうなその房が揺れる度、男がその房を自慢げに揺らしているように、当初レンディルには見えてていた。
だからといって、己の美学や美意識にこだわりがあるわけでもなく、また自信過剰というわけでもない。寧ろ他者の意思を尊重する度量があり、腰が低い御仁。
見た目との差があまりにもあるため、とらえどころがないのかもしれない、と昨今では思うようになってきている。
「茶はいらない。ありがとう」
頭蓋の兜の窪んだ目から覗く彼の本当の目と、頭蓋の一部__鼻筋にあたる部分から真下の部分が欠落した造形のお陰で、いつでも見られる口元とが、ともに柔らかく笑み、祐筆にそう告げた。
深く礼をして下がる姿を見送ってから振り返るダアトに対し、2人は右手で心臓のあたりに触れる敬礼をした。
それに片手で応えたダアトは、楽にするよう2人へ促す。
「龍帝陛下にご同行なさったと伺いましたが」
「ああ。つい今し方、陛下とともに高天原へ上がったばかりだ」
元帥は頻繁に龍帝の御座所と帝都とを行き来していて、見かけることはほとんどない。
「ご無事で何よりですが、我々に号令くだされば」
「少々、貴公らだけでは難しい魔穴だったのでな。見くびったわけではない。だが、ロンフォールの件もある。今は下手に動かさない方がよかろう、という陛下の配慮だ」
「御意」
「ビルネンベルク卿への連絡、感謝する」
いえ、と謙遜して答えるガブリエラに、ダアトは頷いてから、レンディルへと顔を向ける。
「ロンフォールの身内の件、レンディル卿、ご苦労だった。礼を言う」
レンディルとは名だが、ホズは出身の里の名であるため、有翼人名に敬称をつけて呼ぶ場合、名につける慣例がある。
レンディルは軽く頭を下げた。
「それで……今日ここを訪れたのは、レーヴェンベルガーの件で話があってね」
「我々もその件でちょうど話を」
ほう、というダアトに、ガブリエラはレンディルから受け取った書類の束を、両手で捧げるように頭を下げて差し出した。
受け取ったダアトは、しかし、その中身を確認することもなく視線をそこに落としたままである。
「……その件だが、子細は陛下も存じ上げている。__地麟が天麒に伝えているからな」
天麒と地麟は、もともと麒麟と呼ばれる一体の神聖な霊獣__瑞獣の一種。任意に一対の霊獣になることがきでる。この霊獣は蓬莱から龍帝の祖が渡ってきた際、随行したとされ、龍帝一家を守護する護法神の筆頭である。
天麒は高天原__龍帝の傍に、地麟は地上にいて共に連絡を取り合う。
麒麟は額に一角を持ち、鹿の身体の背には龍の鱗。体躯は常用馬より大きいが、馬車馬のように筋骨隆々とした馬ではなく、華奢。金色の鬣と尾は陽光を五色に弾く__と伝えられている。
「今回の魔穴、実は、均衡の神にもご助勢をお願いするほどの魔穴だったのだ」
「まさか、神子を動かしたが故に__」
「そのようだ。もう一ヶ月は経つのにな」
均衡の神は、この世のありとあらゆる均衡を保とうとする神。天綱に対して地網__特に、国家の秩序が乖離しすぎないようにするのも使命であるかららしい。
帝国は龍帝が戦神として光臨する条件として、天綱に反しない地網を敷くことを求められた。神の力が強くなりすぎることを防ぎ、かつての神代へと戻さないための処置である。
高天原へ登ることもまた、その条件のひとつであった。
約した後は、均衡の神はこの国によく現れているらしい。
一説には、均衡の神は戦神の弟に当たるから、身内のことを心配して訪れているのではないか、ともあるが、どちらにせよ、よく監視しているのは間違いない。
__この国は、強大すぎるからな。
レンディルは内心自嘲した。
神の加護。龍を駆る力。
これらは、他の国には見られない__特に後者に至っては、龍帝の祖の国である蓬莱でも見かけないものだ。
もし、天帝の治める天津御国へ攻め入ることができるとすれば、この帝国以外にない。__天津御国が実在していればの話ではあるが、均衡の神がいるのだから、あながちあるというのは嘘ではないのだろう。
均衡の神はそれも分かっていて、天綱を地上に結ぶ存在である天帝へ剣を向けないよう、見張っている__これが、龍帝従騎士団としての見解。
ダアトは抱えていた書類の束を漆の箱へ収めると、ガブリエラの机の背面にある窓の並び__露台へ出られる硝子戸へ歩み寄った。
この部屋は南向きで、扇状に広がる帝都が一望できる。
「均衡の神子は、均衡の神の御意思に従い、地上の歪を正しにまわっている」
これには、あまり表情を変えないガブリエラでさえ、驚きに目を見開いた。
無理もない。ノヴァ・ケルビム派が狙っていたのは、禍事の神子だけでなく均衡の神子でもあったのだ。
護衛をいくらかつけているとはいえ、ノヴァ・ケルビム派__導師セフィラーに、神官騎士でも太刀打ちはできないだろう。龍騎士__それも、対抗しうるであろうと期待されていた龍騎士でさえ、
返り討ちにされたのだから。
おそらくその護衛に、神子に随従している龍騎士__神子守は、いない。随従し神殿から出るのであれば、必ず連絡が入るもの。それがないということは、龍騎士は置いて行かれたのだ。
「神子守はどうしたので?」
「私の指示で、レーヴェンベルガー捜索の任に就けた。その報告も兼ねて、ここへ来たのだよ」
「代替は?」
「イェノンツィアを随従させるから不要、と。むしろ、大所帯が移動する方が目立つ、とのことだ」
「では、つけなかったのですか?」
「ああ。つけようとした矢先、こっそりと抜け出されていたらしい」
正気の沙汰とは思えない、とレンディルは嫌悪感を露わにした。




