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龍騎士の憂鬱

「……軍が動き出すぞ」


「だろうな」


 ノヴァ・ケルビム派の導師セフィラーは危険人物だ。双翼として神にも匹敵する力がある。


 そして、禍事の神の神子__黄昏の神子と均衡の神子を奪取しようとした。


 明確な目的はわからないが、この両者をそろえることによって生じる事象はただひとつ。


 __禍事の神の復活……。


 天綱の均衡を保つ宿命の神の、その愛ぐ子である均衡の神子。


 その力を使って天綱を断ち、黄昏の神子を捧げることによって禍事の神の力を手中にすることができる__と伝承では伝えられている。


 禍事の神と戦神は、神代において最も激しく対立したとされている。そして戦神が勝利を収めた。


 故に、戦神の加護が最も注がれているこの国で保護するのが、この地上では暗黙のうちに了解されている。


 今も尚、禍事の神は神子を欲して、干渉をしてくる。その表れが、魔穴である。魔穴は、黄昏の神子を欲する禍事の神が、手を伸ばそうとするからこそ生じる、との謂れがある。


 諸国にとって、黄昏の神子は手に余り、恐怖の対象でしかない。__ただのおしつけだ、とレンディルは思っている。


 一所にまとめてしまうことでの危険度は高まるが、戦を司る神と世界に誇る龍帝従騎士団がそれを限りなく低くしている。


 かつて、別の国で生まれ落ちた黄昏の神子。その国は帝国と国交はなく、むしろ強大な力があるから敵国と捉えていたこともあり、帝国からの再三の神子引き渡しの要求を受け入れなかった。どうやら、禍事の神子をうまく利用しようという腹でもあったらしい。


 そして、十数年後、その国には魔が溢れ、沈んでしまった。それは周辺にも及び、地獄の窯が開いたと謂わしめるほど。その余波は海を隔てた帝国にも及んだ。


 幸か不幸か、魔穴についての対処も、他の追随を許さないほど、帝国の騎士団は慣れているのだ。


 魔について、人間よりも種族で格上の片翼族であれば、しかと管理できるだろう。だが、ノヴァ・ケルビム派には預けるわけにはいかない。


 __片翼族の秘宝か。


 その特異な宿命にある片翼族は、忘却こそ罪と捉え、先祖から受け継いできた自分たちの心の寄る辺でもある秘宝を守り続けている。それは神代から、ケルビム全体の族長である一族に代々継がれてきた。現在はセフィラーという人物であり、その人物はノヴァ・ケルビム派の導師となっている。


 秘宝が一体どのようなものなのか、それは誰も__同じ片翼族であるはずのガブリエラでさえも知らない。


 ガブリエラが言うには、その秘宝があるからこそ、神子の利用方法を知ることができたのかもしれないらしい。


「……とにかく__」


 独り言のように、ガブリエラが言葉を紡いだ。


 顔を起こしてみれば、彼は端においやった書類の上にそっと手を添えて、鋭い視線で見つめている。


「__軍より先に、ロンフォールを捕縛せねばならない」


「ああ」


 どんな目にあうか知れない。


 諦めろと勧めはするが、本心からそうは思ってはいない。


 軍は左右中の三軍から構成されているが、その左軍のみ平時は空であり、これで任務をこなす。


 だが、有事に際して、左将軍に龍帝従騎士団の団長が叙されるかたちで、まるごと左軍に組まれ、すべてを揃え、協力して事に当たることが決まり。


 元帥は龍帝と評議会の決定に従い、元帥の指示によって左将軍が従い、左将軍の下に右将軍、中将軍__自分の縄張りに入って、しかも三軍の長となるのだから、彼らとしては面白くはないだろう。


 なにかにつけ、茶々を入れるように昨今ではなってきている。それも、評議会に取り入って。


 軋轢があって然るべき、といっては哀しいが、まさしく現状がそれだ。


「ロンフォールが出奔した一件、どうにか捕縛第一にできたのにな……」


 ぼやいて下唇を軽くかみ締める。


 逃走を図ったり抵抗をした場合には命の有無は問わない、という文言を付け加えることで、渋々だが評議会は了解した。


 それだけでも大変だったのを思い出し、レンディルは、はあ、とため息をつく。


 後輩とはいえ、同じ釜の飯を食い、苦難を共にしてきた。


 __飛べもしないし、若くして死ぬんだもんな。


 有翼人として、片翼族の不遇さもわかっていて、同情を抱かずにはいられない。その同情は、かつての片翼族の補助をしていた頃の、有翼族としての血の内に秘められた名残なのかもしれない。


 ちらり、と片翼族の上司を見る。


 彼は入団した当初、漆黒の髪だった。それが今では白髪である。ずっと気苦労があったから、徐々に白髪が増えてはいたが、まだ灰色にみえていた。それが、数年前に妻を亡くしたことが止めであったかのように、一気に白髪になった。


 幾多の苦難を乗り越えてきた彼は、今では壮年に入ったが、若々しいロンフォールよりも10年以上は確実に余命がある。


 ロンフォールは余命が短いから短慮に走った__そういう見解が評議会でおこることは自然と言えば自然。


 それに対して、彼は憤慨した。


 __我々を侮られては困る。余命が短いから、と短慮に走ることはない。甘んじて己の天命を受け入れている潔さが、我々の誇りのひとつ。つまりその見解は、我々の誇りを無条件で侮辱していることになる。


 片翼族としての見解を求められたガブリエラは、はっきりと明瞭に評議会の面々に対して言い放ったのだ。


 その言葉がある以前から、騎士団では、そうしたこととは無縁だと信じている。


 __身内に甘いのは、軍もこっちも同じだな。


 レンディルは自嘲して、テーブルの資料__アリオーシュの報告を元にした資料に視線を移した。


 アリオーシュの報告を聞く限り、不可解な点がある。あのロンフォールが、威風堂々たる素振りをまるで示していなかった、というのだ。


 自ら望んでノヴァ・ケルビム派に合流したのであれば、己の考えに恥じた態度など一切出さないと思われるのに、気弱な印象を受けたという。腰に佩いた太刀さえ、手を掛けなかった。


 さらには庇われた上、手を引かれての逃走__。


 __わからんなぁ……。


 手で顎をさすりながら、ふと気づいた。


 __わかったら、苦労してないな。


 自嘲めいていると、ガブリエラが咳払いをする。


「ティフェレト州のロンフォールに近しい者の保護は?」


 問いかけにたいして、にやり、と笑うレンディルに、ガブリエラは片方の眉を上げた。


「さっき、小耳に挟んだんだが、軍が向かったときには、おかしなことに身内はさっぱりいなくなっていたらしい」


 軍部よりもこちらのほうが人数が少なく、自律的な行動をとることを許されているので、小回りが利く。ある程度の個人の采配が許されているので、それを思う存分発揮させてもらった。


「だからお前を降格することができないんだ」


 含みのある言い方に気づいた長い付き合いのガブリエラは、目を伏せながら片方の口角を上げた。


 そこへ、入室を求めるノックがあった。


 ガブリエラが促すと、先ほど下がった祐筆が恐縮した風に入室し、一礼をする。


「元帥閣下がお見えですが」


 元帥、という言葉に、ガブリエラもレンディルもお互いを見た。


「お通ししてくれ」


 そう指示をして席を立ち、出迎えるために襟をただしていると、祐筆に案内をされて甲冑姿の男が現れた。

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