片翼の団長
「それから、ビルネンベルク卿にご助力願う。すでに、元帥閣下が内々に打診をされている」
ビルネンベルク一門は、獣人の貴族だ。それも、古く由緒正しい貴族。帝国の東ネツァク州のカルトヴェリーオ地方にあるビルネンベルクという地を代々治めており、現在は当主の母親__前任の州侯の妻が州侯に叙されている。
州侯の継承が身内に行われることは異例であるが、ビルネンベルク夫人が州侯に着任することについて、勅命で行われた。
ビルネンベルク家は現在、州侯である夫人以外に3人の子息がいる。
「……えっと……どの?」
「ロンフォリオン殿だ」
「__だよな……」
長男ロンフォリオンは、前元帥だ。
兄弟の中で龍騎士なのは__だったのは彼と三男。龍帝従騎士団でビルネンベルク卿というと、大抵、長男で最終階級が最も高かった彼を指すので予想はしていた。それでも確認したのには訳がある。
「忙しい御仁だろう」
ロンフォリオンは退役後、五宮家の警護をしていたが、尊父亡き後はこれを辞任。故郷ビルネンベルクへと戻り、州侯の警備を取り仕切っている。
「他に適任者いるだろう? 補充なら」
龍騎士の退役者は、ロンフォリオン以外にもいる。蓬莱の槍使いとやりあった、耳長族のブラウシュトルツもそのひとりだ。
「ビルネンベルク卿なら、身内が引き締まるということらしい」
現在の元帥が、前任の元帥を呼ぶ__レンディルは、唸って顎を擦った。
__俺としては、ロンフォリオン殿の方が相性があってたからな。
ビルネンベルク卿は眼力もあり体躯もよく、一見して融通が利かなそうだが、紳士的な雰囲気がある御仁だ。話せば柔らかい発想の持ち主だとわかる。__自分にとっては、むしろ動きやすくなるだろう。
「ツイてるわ」
「ツイてる、だと? どういう__」
「ああああ、何でもない何でも」
正すような物言いに、面倒事を回避しようと手を振って制した。
それでもまだお小言をもらいそうな雰囲気に、レンディルは咳払いをひとつしてから話を切り替える。
「__で、神子守については?」
不服そうな表情のまま、ガブリエラは答える。
「外したレオナールの班でいいだろう。ディースとソ・マリは、周囲から後ろ指をさされるだろうから、アリオーシュとともに高天原へ奉仕へ向かわせる。ビルネンベルク卿には、レーヴェンベルガー以下の隊を束ねていただく」
適切な判断だ、だとレンディルは思う。
「異論は?」
異論はない。だが__。
「……なあ」
レンディルは、上司への回答そっちのけで身を乗り出した。
「__もう、ロンフォールのこと、諦めるか?」
突然の脈絡のない問いかけ。にもかかわらず、書類へ視線を落としたまま、表情さえ変えないガブリエラ。
「何故だ?」
こうした時、彼は揺るぎない信念と考えがある。迷いなど微塵もないそれ__。
ずっと一緒に龍騎士をやってきたから、嫌というほど察しているが、構わず言葉をつづける。
「クライオンを持ったまんまだ。試用段階とはいえ優秀な狗尾を連れ、合流したのがノヴァ・ケルビム派。加えて、龍は見限った可能性がある__ってことは、お前の庇い盾ももう通用しない。出奔の決定的な証拠が揃っちまったんだ」
いっそ見限ってしまったら、どれほど楽だろうか。軍には、ざまぁない、と鼻で笑われれるだろうが、それとて一時のこと。
書類にある程度目を通したガブリエラは、それをテーブルの端に寄せるも、ずっとその書類を見つめたままだ。
「……そのようだな」
「そのようだな、って……お前。同族だから、庇いたい気持ちはわからんでもない。だが、このままだと、お前への格好の攻撃材料になるぞ」
やや語気を強めた言い方に、やっとガブリエラはレンディルを見た。
「心外だ。同族だから、と庇っているのではない。それに、私は、私の信念に嘘はつけん」
「__にしたって、こだわりすぎだと思うが」
ガブリエラは両膝の上にそれぞれ腕を置き、やや前のめりになり、手を組んだ。
そして、部屋の壁に飾られた、龍騎士の旗を見る。__旗の模様の真円を。
「我々が陛下の意思の具現者であって、我々の考えや気持ちは全て陛下の掌と同じだという。であれば、私の今の考え方も、そのまま陛下の大御心なのではないのか?__畏れ多い解釈だろうが」
龍帝従騎士は、不可知である龍帝の存在を示すものである。そして、その全ての騎士には、龍帝の大御心が反映されているという。
これは時としてその解釈を盾に、己__騎士の行為を正当化し、犯した罪の免罪符としてしまう。故に、龍帝従騎士はそうした側面があることをよく理解し、己を律するように努めている。
__今回のロンフォールの件だって、当人が勝手に都合よく解釈しているのかもしれない。
「なんで勅命を出さないんだ、陛下は」
「勅命を悪戯に出すことは、好ましく思われていない。自発的に気づき統治をせよ、とのいう考え方が陛下だ。__忘れたか?」
それは、と言うが、続く言葉が出てこないレンディル。後ろ頭をかいて、背もたれに身を預け天井を見上げた。
手入れが行き届いているこの建物は、何度か建て替えや増改築を繰り返しながら、ずっとこの場所に存在している。
その最上階にあるこの部屋は、歴代の団長の執務室とされている。そのため、今の団長の性格とはかけ離れて豪奢だ。騎士団の中でもっとも高位であるのだから、当然な格式高さなのだろう。
レンディルは審美眼がないと自負しているが、天井から下がるシャンデリアが弾く光の美しさぐらいはわかる。
「……陛下はなんて?」
「お留守だった」
「はぁ?」
予想外の回答に、素っ頓狂な声を思わず上げて、顔をガブリエラに向けた。
召喚した当人が留守なのだから、レンディルは驚かずにはいられない。
「南の彼方で魔物が出て、その対処に向かわれたとかでな」
「魔穴か」
「ああ」
魔穴とは、異形の生物が天綱を破って、こちらに干渉使用とする際に生じる穴。ほぼ出現する場所は決まっているが、ごく稀に今まで出現したことがない場所にもあらわれることがある。
「御自らとは……」
「皇太子殿下が言伝を賜っておられたが」
見た目こそ10にも満たない子供の皇太子は、すでに400年以上は生きている。
子供ではあるが、生きてきた歳月の分は度量が備わっていて、父帝の名代を務めることもできる。
「なんて?」
「よしなに励め、とのことだ」
「……軽く言ってくれる」
だらん、と首の力を抜いて、レンディルは再び天井を眺めた。




