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大隊長レンディル=ホズ

 レンディル=ホズは、西日の差し込む回廊を、欠伸をかみ殺しながら歩いていた。


 途中すれ違う後輩の挨拶に対して、軽く手をあげて応じ、上司の執務室を目指す。


 目的の部屋の扉は、大きい片開きの扉。それを押し開けて入れば、左手に手伝いをする祐筆の机がある。


 その祐筆が、前振り無しに踏み込んだレンディルを驚きながらも認めると、さっと立ち上がる。


 取次ぎを頼むでもなくそのまま進むので、慌てて制止をしようとする祐筆。それを、手で払って下げつつ、さらにその先にある観音開きで仰々しい扉を押し開けた。


 大きな窓を背にした机に腰を下ろしている上司は、秀麗なつり上がり気味の眉をひそめて出迎える。


「……かまわない。それから、茶もこいつにはいらぬ」


 祐筆に軽く言って下がらせた上司は、祐筆が扉の向こうに消えたのを見るや否や、白髪頭を片手で抱えた。


「ノックぐらいしないか」


「火急の用件なもので」


 肩を竦めたレンディルは、上司が座る机の前に置かれた応接用のソファーに腰を下ろし、手にしていた漆の箱を無造作に置いた。


 それを合図に、肩に乗っていた金色の龍__オーリオルという猫のような龍は、いつものようにテーブルの上に飛び移り、居住まいを正す。


「気に入らないなら、降格でもなんでもすればいい、って言ってるだろ」


 大仰なため息を隠すことなく吐いてから、上司は目を通していた書類を丁寧に机の上に置くと席を立ち、レンディルとは対面するソファーに腰を下ろした。


 白髪の上司は、ケルビムの特徴を有している稀代の騎士ガブリエラ・リョンロートである。


 彼にもまたオーリオルがあり、主人のあとを追って、すでに同胞がいるテーブルへと黄金の翼を羽ばたかせ移動した。


 2匹は鸚鵡のような嘴を近づけ、お互いのにおいを確認する彼ら特有の挨拶を交わす。


「ロンフォールだ」


 遠い目でオーリオルたちを眺めながら、レンディルが呟く。ガブリエラはその言葉に、置かれた漆の箱に手を伸ばそうとしているところで、思わず手を止めた。


「アリオーシュが遭遇した」


 ほう、と答えながら手の動きを再開し、漆の蓋を開けて中の書類を手に取る。


「ノヴァ・ケルビム派と行動をともにしていたんだそうだ。いやいや、と言う感じではなかったらしい」


「それで、アリオーシュは……」


「やっぱり、逃してしまったよ。追うことさえしなかった__できなかったらしい」


 アリオーシュは、ロンフォールと同期。彼らは入団当初から交流が深い。


「それで、オーリオル経由での連絡もなしだったのか」


「ああ。愛龍と一緒に兵舎へ置いてきてしまったんだそうだ」


 __まあ、偶然じゃないだろうがな。


 取り逃がしたのは由々しき事態だが、彼の気持ちを察するに、致し方がない、とレンディルには思える。


 ロンフォールと親交が深い者を捜索にあてることで、こうしたことが起こることは想像に容易かった。だが、それを承知で団長は投入し、これにあたらせた。


「蓬莱の槍使いが阻んだのもあって。これも取り逃がした」


 彼の名誉のためにも補足をつける。


 蓬莱の槍使いはセフィラーの護衛で、とても腕が立つという話しだが、名前までは龍帝従騎士団でも把握できていない人物だった。


「名は?」


「ディートというのが蓬莱人の名前とは、俺には到底思えんね」


 レンディルは笑って答えた。


 あまり蓬莱の言葉に詳しくはないが、それでも響きで違うとわかる。


「偽名か……」


 蓬莱人は帝国人よりも、平均して小柄である。


 しかし、何事にも例外はあるらしく、この蓬莱人は体格に恵まれ、帝国人とあまり遜色はない。故に、偽名を名乗られても違和感を抱けない。


「連れの者も偽名だろうな」


「バカじゃないならな。ロンフォールはそのままだったようだが」


 古い名だが、そこそこにある名だ。


 かつてこの地を脅かしていた邪龍を退治した英雄の名であり、龍騎士の前身となった組織で国作りを手助けした人物もこの名前だったということで、その功績にあやかろうとして名付けられる。


 だから、市中でその名前で呼ばれても、噂のレーヴェンベルガーとは思わない者が大多数だ。


「__ブラウシュトルツ卿がいらっしゃったのか」


 報告書の中にある人名に、ガブリエラは眉を潜めた。


 ブラウシュトルツは、外つ国出身の妖精族__耳長族の元龍騎士。最終階級こそ中隊長だが、ガブリエラとレンディルの先輩にあたり、彼の中隊に所属していたことがあるため、その実力はよく知っている。


 耳長族らしく一見して孤高で堅物そうだが、話してみれば、単純に規律に従順なだけの人物。むしろ、他の耳長族に比べ、人間味が強いように思える。それは、もしかしたら、里を捨てた耳長だから、一般的な性格とは異なるのかもしれない。


 __里を出るような性格だからか、それとも里を出たからそういう性格になったのか……。


 どちらにせよ、そうした為人の御仁だから、奔放なレンディルも素直に恭順できていたといっても過言ではない。


「ああ。偶然居合わせて、蓬莱人とやり合ったらしい。街なかの出来事だったから、クライオンを使うわけにもいかず、逃してしまったと」


「……追跡なさっておいでか」


「乗りかかった船だから、ということのようだ」


「心強い」


 ガブリエラは心底そう思っているようで、言いながら深く頷いた。


 ブラウシュトルツは、外つ国出身者でなかったなら、大隊長にはなっていただろう。龍騎士団の決まりで、外つ国出身者は中隊長以上の地位には就けない。なんともつまらない決まりごとだとレンディルは思う。


 しかしながら、龍帝従騎士団は国家の中枢とも言える側面があるから、外の者を据え、その者がそもそも瓦解を目的としていたら、それこそ取り返しがつかないことになる。仕方のないことなのだ。


 __正直にいえば、俺よりは忠誠心があったように思うけども。


「__ロンフォールの龍は?」


 レンディルは扉__そのさらに先にあるドラッヒェンベルクを親指で指し示した。


「巣穴から一歩もでない」


 ドラッヒェンベルクは、龍の山と示すように、龍帝従騎士団の龍__アルビオンという種の龍の巣穴となっている。


 その切り立った崖の上には露台のように開けた場所がある。そこから、龍騎士は飛び立つ。非常時では、龍を放って主を拾わせ、出動することもある。


 龍帝従騎士団が駆る龍は、忠誠を誓った主を探す性質があるのだ。だから、そうした芸当もできる。


 主を探す習性を利用し、あえて柵も枷もしていないのだが、ロンフォールの龍は1ヶ月以上前に戻って以来、出たとしても、山頂の開けた場所で寝るか、帝都の上空を飛び回るだけであった。


「アリオーシュはどうする?」


「ディース、ソ・マリと共に任務から外す。それから、レオナールもな」


 __まあ、そうなるよな。


 内心思いつつ、最後の1名についてレンディルは片眉を顰めた。


「レオナールは、班が違うけど?」


「幼馴染だ」


 言われて、そういえば、とレンディルは思い出した。


 この団長は、ケルビムだからなのか、よく色々覚えているので、補佐役の立場が霞んでしまうときが多々ある。


「はいよ、了解」


 レンディルの軽い返事を聞いたガブリエラは、処置なし、と首を振ってため息をこぼした。

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