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均衡の神子 Ⅲ

「とりあえず、ロンフォールを探したわ。巻き込んだようなものだもの。均衡の綻びを正す、っていう名目で、イェノンツィアだけ連れて、各地を巡っていた。__元帥は、危ないだとかなんとか、教皇に意見を言ったみたいだけど……まあ、聞く耳もたないから、よかったわ」


 元帥は、教皇と同じ上三位の1つ。武官の長。


 神に仕える神官には、畏れ多いから文官武官は意見しにくい、とのことだが、それでも意見をした。


「穢したのだものね、神殿を。__導師を殺しかけたやり方は、ちょっとあれな気がするけど、まあ、殺さなくてよかったわ」


 目を細めたフィガロは、まじまじ、とロンフォールを吟味する。


「記憶をいじられているって話、本当なのね」


「わかるのか?」


「誰がしたかまでは分からないけれど……。軍や龍騎士も、魔術師くらいは抱えているから、そうした輩かもしれないわ。__パッと見だからなんともだけれど、あとでじっくり診せなさい」


 神子だから、リュングより魔法を扱える技量はあるはず。もしかしたら、取り戻せるかもしれない、と淡い期待を胸に抱かずにはいられないロンフォール。


 少し前なら、迷っていたことだろう。取り戻してもよいのだろうか、と。だが、フィガロの話を聞くに、自分はそこまでノヴァ・ケルビム派に対して敵対していたわけではなさそうだ。であれば、取り戻しても悪いことではないのだろう。


 フィガロは、ロンフォールの脇に控えるシーザーへ視線をうつした。


「……ちゃんと守ってるのね。狗尾いぬのおなら、当たり前かしら」


 シーザーはやや鼻を突きだして、ふん、と鳴らす。まるで反抗的なその態度。


「おい、どうしたんだ?」


 珍しい態度に咎めるも、シーザーはロンフォールに一瞥をするだけ。


 フィガロはそれを見て、小さく笑った。 


「ところで、フィガロ様。我々の里の情報は……?」


「ご安心を。私と神子、レーヴェンベルガー卿以外、承知しておりません」


 子響の疑問には、イェノンツィアが静かに頷きながら答えた。


 左様で、と安堵した表情の子響と、その傍らのスレイシュ。


 フィガロは顎をしゃくって、リュングの手元にある手紙を示す。


「その手紙にある通り、あたしはこちらに赴きました。手違いというか、街でいざこざがあって、途中、子響と合流するかたちになったけれど」


 さて、とフィガロは手近な席に、誰に断りを入れるわけでもなく当たり前のように腰を下ろす。


「__あたし、回りくどいのが嫌いなの。だから、端的に話すわ。お願いごとがいくつかあるし」

 座って、と立ったままの一同を促し周囲に座らせて、一通り視線を流してから、彼女は話し出す。


「あなた方の切望は、よくわかりました。黄昏の神子の奪取、協力させてもらいます」


 この発言に、ノヴァ・ケルビム派の一同は目を見開いた。


「黄昏の神子?」


「禍事の神子、とでも言えばいいのかしら。あたしは、その呼び方が嫌いだから使わないけれど」


 ロンフォールを真っ直ぐ見据え、フィガロが言った。


「でも、連れてくるだけでは意味がないわ。だから、秘宝の開示を求めます」


 秘宝、という言葉にロンフォールは首を傾げて、フィガロの視線が向かうリュングを見た。


 しかし彼は、口元を一文字に引き結んで目を細めるばかりで、ロンフォールの視線には気づかない。


「あら、あたしに隠すことなんてないでしょう? それとも、記憶を失っているとはいえ、龍騎士のレーヴェンベルガー卿がいるから……できない?」


「……」


 ちらり、と視線をロンフォールに向けるリュングは、その時ロンフォールから見つめられていることを知ったようで、逃げるように視線を反らした。


「よくお聞きなさい、ロンフォール」


 フィガロはやや大きめ声で、視線をリュングから外さないまま呼んだ。そして、ロンフォールへとゆっくり視線を映した。


「神子、というのはね、神が勝手に選んでしまうの。で、それを拒絶できない。だけど、そのお役目を終えるときがある。それは、次の神子と入れ替わるとき。あたしもそうして、先代のお迎えが来て、引き取られて、今に至るの」


 でね、とフィガロはテーブルの上で頬杖をつく。


「__黄昏の神子の場合だけは例外なの。この世に生まれるため、母親に宿ったときにすでに決められてしまっていて、赤ん坊のときから死ぬまで、ずぅっと神子でいなければならない。その神子が死ぬとき、また別の赤子が神子として選ばれてしまう」


「あ、ああ……」


「禍事の神の力はすごいわ。今の神子は片翼だけど、独りで生まれてきた。つまり、半身がいない。__天綱を歪めてしまっているのよ。今回の神子は、特徴的なものが一切ないから、一般的には人間と思われているけれど、私たちと同じなの。同族だからわかるわ」


「……導師は、人間よりも能力が潜在的に上回る片翼族の生まれである黄昏の神子を危険視して、こちらに委ねるよう求めてきたんだ」


 そして、それがかなわず、ついにでた強硬手段で、その導師が手傷を負って昏睡状態にある。


「あたしたち片翼族にはね、ずっと昔から、一族の長の家系に伝わる秘宝があるの。短い命だから、智慧だけでも継いでいくことで、後世の者が同じ過ちを繰り返させないために。よりよい選択ができるように。__たぶん、兄はその秘宝を使って、どうにか軽減を図ろうとしたのだと思うの」


「兄?」


 ロンフォールの問いに、一同は顔を見合わせる。


 それにため息を零して、フィガロが言葉に出すのを促すように片手を振った。


「隠す必要はないわ」


「……フィガロ様は、我らが導師セフィラーの実妹です」


 え、とロンフォールは子響の言葉に目を剥いて、少女と子響を交互に見た。


「龍帝従騎士団でも、この事実をしっているのは、ガブリエラだけ。あとは元帥……ああ、このイェノンツィアも知っているわね」


 是、と背後に控えるジェノンツィアが答える。


「リュング殿は導師セフィラーとは、従兄弟同士だけど、あなたはただの名代。名代では、知ることができないことがあるでしょう? だから、導師を目覚めさせられもしない。でも、より元始直系であるあたしは、できる可能性がある。__兄は、自分の危機を見抜いて、あたしを引き入れようとしたのだと思うわ」


 だとすれば、あの事件当夜の出来事を見越していたことになる。自分が負傷し、昏倒するまでを__。


 __それにしたって、そこまでは……。


 そこまで見越していたのであれば、別の道はなかったのだろうか。手傷を負わずに済んだであろう別の道。


 リュングは唸りながら、目の前の小さな神子をみる。


「それにね、あたし、一度でいいから見てみたいの。秘宝というものを」


 少女は、屈託なくにっこりとほほ笑んだ。

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