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エルフの槍使い

 お互い相手の出方を見るように対峙すること暫し。先に動いたのは、耳長(エルフ)族__ブラウシュトルツだった。


 一気に間合いを詰め、止めとばかりに一歩、深く踏み込んだ足が地を踏むより早く、槍が先に伸びてくる。


 それを天地に向けた槍の柄で受け流していれば、彼が地面に足を踏みしめると同時に、逸らされた勢いを使って返すように石突きが突き出された。


「__!」


 大きく一歩下がってやり過ごそうとしたのだが、子響が予想していたよりも長く深く、まるで伸びるように突き出されてきて、危うく鳩尾に喰らうところだったのを、間一髪飛び退くことで躱した。


 子響が槍を取り直す隙があればこそ、更に一歩、二歩と力強く踏み出していたブラウシュトルツは、穂先近くを持ってすでに振り上げていた槍を子響の頭上へ振り下ろす。


 これにはもはや、地を転がって回避するしか手がない子響は、転がる勢いで伸び上がるようにして身体を起こすのだが、石畳を打った槍が、がらがら、と音を立てて横に滑ったのを視界に捉えた直後、横っ腹に衝撃が走った。


「ぐぅ……!」


 たまらず呻きを漏らし、横に崩れながらも、脇腹を打った槍の柄を腕と脇で絡め取って手で引く。強引にブラウシュトルツの身体を近づけ、回し蹴りを彼の脇腹に繰り出した。


 槍を逃すつもりはなかったが、蹴りを喰らいながらもブラウシュトルツが咄嗟に槍に乗せる力を加えたことで、体勢を崩していた子響の身体を押し出すように槍を奪い返されてしまった。


 子響は崩れる勢いを利用し、地に手を付いて体勢を持ち直す。


 しかしながら、思ったほど手応えがない蹴りだった。見れば、ブラウシュトルツは何事もなかったかのように槍を構え直したところである。


 今度は、子響が先に動いた。


 あらぬ方へ一歩大きく踏み込み、地面を槍で叩いて威嚇し、穂先を横へ払う。飛び上がって躱したブラウシュトルツ目掛け、返す槍でもう一閃__と思ったが、子響は咄嗟に首をそらして、その一撃を断念した。


 空を切る音が耳をかすめ、何かが地を噛む。__小刀だ。


 避けた向きに身体を回転させ、着地音を頼りに槍を大きく払うが、手応えがない。


 __まずい!


 無防備に背をむけたままの体勢に、内心ひやりとしながら振り返れば、そこで伸び上がるようにして、槍を突き出すブラウシュトルツがいた。


 振り返るまでか、あるいは振り返ると同時に一閃を喰らう__そう構えていたのだが、実際は拍子抜けするほど労なく身体を翻して避けられ、さらには距離を取ることも出来てしまった。それほどの、隙。


 子響は、内心怪訝にした。


 あれほど鋭敏であったブラウシュトルツの動き。


 大柄な者は、どうしてもそれに比例して大きい動きになりがちだ。しかも得物が長ければ、なおのこと力をのせるために大きく動くことが必要になってくる場面が多い。


 しかしながら、これほどの長身で、かつ長い四肢からは想像出来ないほど、動きが速い。これは間違いなく自分を上回る。


 加えて、手の延長__否、身体の一部のように振るわれる槍。動かし方も、一切無駄がない。必ず有効打につなげてくる。


 __なのに、今のは僅かだが、遅かった。


 対峙し合うお互い、少しばかり息が上がっている。


 ブラウシュトルツは疲れているのか__否、これほどの使い手が、自分の持久力を見抜けないわけがない。


 怪訝にする子響を他所に、ブラウシュトルツが地を蹴った。その動きの素早さに、疲れは見られない。


 __ならば、疲れではない。


 気の所為だったのだろうか__そう思いながら、一気に間合いを詰める彼に対して、子響も応じるように槍を繰り出す。


 __……時折、妙に一拍遅れている時がある。


 何合打ち合ったのか、数えられないほどの激しい打ち合いの中の違和感。無駄がない動きであるのに、時折挟まれる空虚な間がある。それは刹那の間で、手加減でもない。


 そんな生ぬるさは、この打ち合いにおいて、お互いに無いことを察している。


 どちらかといえば、誘い込む動きとも言えるが、そうではない気がする。流れるような動きの中で、時折滑りが悪くなるような__それでも、油断できない立ち回りには変わりないが。


 __このままでは、まずい。


 早く離れなければ、と子響は内心焦っていた。


 遅れてそのうち応援が来るに違いない。


 おそらくだが、この元龍騎士は、それを待っている。


 打ち合いの中、元龍騎士の背後の腰に短く太めの太刀があることに気付いたが、それを使わないということは、いくらか手数を減らして、手加減しているということ__生け捕りにしようとしているのだ。


 __しかたない、か……っ!


 強く相手の槍を叩いてから、子響は飛び退くように距離をとり、改めてブラウシュトルツを見据えた。


 腹を括った子響の気配を察し、ブラウシュトルツも息を上げながらも双眸鋭く射抜いた。


 その視線をまっすぐ受けながら子響は、徐に額当てから伸びる玉の連なりの中のひとつに手をのばす__その刹那、地響きのような馬の嘶きが、突然間近で木霊した。


 子響がそちらを振り返ったときには、すでに黒い大きな影が数歩の距離まで迫っていた。


 __馬……。


 それは馬の異形だった。塗りつぶされた黒い馬体。そこに浮かぶ赤い血の双眸。後頭部から鼻先に伸びる曲を描く角はひとつ。地面を捉えるがっちりとした足の蹄は、靄のようにたなびく毛で見えない。


 長い鬣、長い尾をもつその馬は、まるで影そのものに、子響には見えた。


 重さがある蹄の音に対して、その動きはまるで風のごとく早く、靄か霧か___影そのものを引きずるようにして、馬は距離を詰めた。


『お乗りなさい』


 子響の頭で響いたその声は、威厳ある男の声でありながら、子供のあどけない声も混じっているよう。まさしく魔性の類と思わせる、声。


 自分に言っているのか__子響が考える隙があらばこそ、馬がまっすぐ子響に迫る。


 そして横を通り抜ける際、わずかに首を下げ身も低くめるのを認め、子響はままよ、と一角に手を掛けて背中に飛び乗った。


 元龍騎士を一瞥しようと振り返るが、途端、景色が滑るように流れて行って、その姿を捉えることは愚か、周囲の景色さえも判別できなかった。

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