転移装置
「姓って変えられるのか?」
「戸籍上は、よほどのことがなければ変えられないな。名乗る分にはいいんだろうが。実際、お前がやってたわけだし」
ロンフォールが難しい顔をしていると、背後から数頭の馬の蹄の音が近づいてきた。一行は街道の端を歩いていたのだが、さらに際へと寄って、その音をやり過ごす。
「定期馬車だ」
やや速い足で翔けていく馬車は四頭立てで、車も箱の形をした大きな形。屋根には乗っている人の荷物だろうか、かなりの量が積まれている。すれ違う際に見えた車窓から、乗っている人の影がいくつか確認できた。
「主要な都市を繋ぐ街道を、定期的に巡る馬車です」
あっという間に遠ざかる馬車を見送っていると、子響が言う。
「転移装置は使わないで、わざわざ?」
「一般的な転移装置をつかうには、これが必要なんです」
子響が腰の小さな袋から取り出したのは、本当にかすかに囁くように淡く光る小石。その光は、先ほどの転移石で見かけた模様から発せられる光に似ている。
「これは感応石の一種で、転移装置を作動させるための鍵みたいなものです」
彼はロンフォールにそれを手渡す。小石の内側から溢れる光は、森の中の木漏れ日のように柔らかで、暖炉の炎に似て一定ではない。
「この世には、アニマの流れがあります。大気にも地中にも、水中にもあるとされるそれは、龍脈とも呼ばれ、通常、目視できません」
「瑞獣や神獣は、ある意味<もの>__アニマそのものみたいなもんだから、それを見つけて乗ることができる。これに乗れれば、速く移動できるんだ」
「そうした獣と違って、一般人はできません。転移装置は転移石を使うことで、一般人を龍脈で移動させることを実現させているのです」
一般人が見えないはずの龍脈を利用するための魔術の道具、ということなのだろう。瞬時に任意の場所まで移動する魔術の道具。
「使うたびに、その石を1つ消費するのが難点でして。そこそこの値段で、消費するのが嫌な人や、あの転移する瞬間の感覚がなれない人は、時間がかかっても別の交通手段をとります」
「行ったことがない場所の転移石も、利用ができないからな。転移装置の石自身、周辺のこと__自分の光で捉えた人だとかを、記憶しているらしい。石が覚えていないと、使えないのはそのためだとも言われている。これを国だとかは利用して、特定の人の利用制限をしていたりもするって聞くが」
__なら、俺は使えなくなっているのかもしれない……。
ロンフォールは内心唸った。追っているのであれば、移動は制限するだろう。
「一応皆が使えるのですが、使うためには、初めての街を訪れる場合、必ず転移装置__転移石を視界に納め、触れなければならない」
「触れて……それで?」
「それだけです」
ロンフォールの疑問に、小さく子響は笑う。
「それだけでいいのか?」
「ええ。それだけで、術が完成します」
先ほどは、聞き取れはしなかったが、リュングの発する言葉があって発動したように思う。それとはやはり異なるやり方、ということなのだろうか__。
「ちなみに、大陸間の移動は、転移石ではできません。この転移の魔道は、古代の人々の叡智でして、天帝が許された国しかその恩恵に預かれないのです。転移石を保有する国同士であっても、大陸間では移動できないのが決まりごととされているらしいですが」
「なんで?」
「さあ、なんででしょうね」
「まさしく、神のみぞ知る、っていうんじゃないのか?」
「できないとして、どうやって別の大陸へ行くんだ?」
大陸というのは、海で隔てられているということは、子響に聞いた。大陸間は、川を飛び越えるように手軽に越えられるものではない、とも。
問われて子響は周囲__空をぐるりと見渡した。
「ああ、ちょうどいい。__あれですかね」
子響が目を細めて指差す先の蒼穹に、大きな船が浮いているのが見えた。
遠く空に浮かぶ船は、霞んで見えるが帆が日に白く輝くのが印象的だ。
「あれは……たしか、船?」
子響から本を借りて、色々見た。その中でもっとも形が似ているものの単語を言ってみる。
「はい、船は船です。あれは、船の飛行艇と言う種類。魔力を帯びた石によって浮力を得、一度に大量の人と物を運搬できるので、主要な交通手段です」
「速そうには見えないけど……」
ずんぐりむっくりとした船体。先ほど、川で泳いでいた魚は細長く、目で追えないほど素早かったから、お世辞にも速そうには見えない、とロンフォールは思う。
「気流に乗れば速いですよ。それに安全です。難点は、それなりの大きさの着水池がないと港が築けないので、大きな湖、あるいは運河を有した主要な都市か、沿岸部にしか発着しません。飛行艇とほぼ同じ容量がある海上を行く飛べない船もありますね」
「あれは民間だな。旅客専用だと思う。軍用もあるんだ。もちろん、龍帝従騎士団の専用のも。龍が乗れるようになってる」
「龍って飛べるんじゃないのか?」
「そのはずなんだけどな。__俺は龍騎士じゃないから、詳しいことはわからない。たぶん、決まりごとがあるんだろ」
へぇ、と光を弾く帆に目を細めて見つめていると、スレイシュが肘で小突いてきた。
「ほら、間抜け面してる場合じゃないぞ。もう、着く」
スレイシュが顎でしゃくった先に、赤い壁が見えた。
「ローテンベルクだ」




