獅子山に縁ある者
しばらく小川を辿って林と平原を抜けていくと、人が踏み固めてできた土の道に至る。さらに進んでいくと、今度はさらに開けた場所に、石で舗装された広い道にたどり着いた。__これを街道、という。
「きょろきょろするなよ」
「あ、うん」
スレイシュの肘に小突かれ、自分がかなり落ち着きないことを知る。
ずっと森__里の中で過ごしていたのだ。これほど開けた場所は、記憶する限り、ノヴァ・ケルビム派に出くわした時以来。
地平の彼方まで続く道。なだらかな丘陵が遠く、燦々と陽光に照らされる景色はとても鮮烈で、興味をそそってやまないのだからしかたない。
街道は各州の主要な都市をつなぐ大動脈で、人とすれ違う頻度は高くなっている。
人目を気にして、自然とロンフォールを囲うように一行は進む隊形をとった。両脇を子響とスレイシュ、背後を女性2人、前方を男2人が囲い、馬は先頭の男の左右に配されている。
子響が言うには、街道にはほぼ必ずと言うぐらい、護岸が石で整備された幅広の川が流れているのだそうだ。
この街道も例に漏れず、せせらぎが耳に心地いい。
道行く人は、それはそれは様々だ。
子響と同じ人間族とすれ違うことが多いが、彼が言うに、一見して人間に見えても、実は獣人や半獣、あるいは有翼人であることもあるらしい。
有翼人は、背中に二つふくらみが見られればそれとすぐわかるが、これは服装によってはわかりにくいし、獣人と半獣に至っては、見た目の境が曖昧にすぎるのだそう。完全な獣になれるかどうか、という獣人と半獣の決定的な違いは、それを見てみないことにはわからない。
耳の尖った妖精族も見かけたが、人間の多い社会で見かける妖精族は、人間との混血である者が大抵であるそうだ。純血種はもっと耳が長いので、見慣れてくればわかるとのことだ。
行きかう人々を眺めるのに飽きた頃、ロンフォールはずっと脇を流れていた川に視線を向けた。
ゆっくりとした流れを称える川の、その透き通る水面を歩きながら眺めていると、すばやく泳ぐ魚の影があった。
それを狙いすました様に、水鳥が長い嘴で刹那の間に捕獲して、喉の奥へ流し込む。黒い足の長いその鳥は、体は対して白。
数羽が同じ場所で川をじっと見入っているのを察するに、あのあたりはよく魚がとれるのだろう。
そのうち1羽が、ロンフォールの視線に気づいて飛び去った。
水飛沫をきらめかせて飛び立つその鳥を視線で追えば、霞の彼方にぼんやりと山が見えた。
気をつけて見ないと気づけないほど、空に薄く滲んでしまっているように見えるその山は、横に長く、白いものが乗っている。___雪、とスレイシュが教えてくれた。
「あの山脈は、帝国で一番高いんです。山頂は万年雪で覆われています。冬になるとまっ白になって、銀屏風と呼ばれます。対して山の向こうは金屏風」
「今見えてる方は、朝日を浴びると銀色に輝くんだ。反対側は、夕日があたって金色に」
見ているものは一緒の山なのに、別々のものに見えるほど、変化がある山。
___ならこの今の景色も時間で変わるんだろうか。
ひとりごちていると、子響くが少しばかりロンフォールに寄って山脈の連なりの一番高い頂きを示す。
「そして、あの山脈で一番高い山を、獅子山、と」
「レーヴェンベルクとも言って、あのあたりの山岳地帯のことも言う」
子響の後に続くスレイシュの言葉に、えっ、と驚きの声をロンフォールはあげる。
「__あれ、それって……」
「レーヴェンベルガー卿の縁ある地のはずです」
「あのあたりで生まれたってことか?」
「可能性はあります」
その問いかけに答える子響は、明らかに周囲を気にして声を潜めた。
街道ということで、いくらか人とすれ違う頻度が高まっているから、それを気にしてのことだろう。
「それから、言い忘れていましたが、レーヴェンベルガーというのは便宜上の姓で、本来は、ロンフォール・フォン・レーヴェンベルクと」
「え? だって……」
いいながら胸元に隠したメダリオンを探り、周囲に見られないよう気を配りながら手で握って示す。
「メダリオンにもそう彫られていました。正式な戸籍の名前は、ロンフォール・フォン・レーヴェンベルクなのでしょう。レーヴェンベルガーというのも、ほぼ同じ意味合いです。レーヴェンベルクに縁ある者、といった意味合いが含まれますので」
残念ながら、記憶をなくしたときに、自分は文字の読み方を忘れてしまっていた。だから、当時は確かめようがなかった。
「フォンがつく姓は、出身地を合わせることが多いんだ。古い名前だな。由緒正しい家だとかによく聞くが」
「なんでわざわざ、違う呼び方を?」
おそらくですが、と子響は声を潜めて周囲を注視しながら続けた。
「___本当の貴族へ配慮してだと思います。龍騎士ロンフォールは、貴族ではないので。周囲もそれを知っていて、そのように呼んでいるのだと」
「あてつけでそうした呼び方をしている連中もいると思うぞ」
スレイシュ、と子響が咎める声を気にせず彼は続ける。
「特に、お貴族様にはいるんじゃないのか。分をわきまえろ、って」
謀略にはまっている可能性がある、と言われているのだ。
__有り得なくはないのかもしれない。
「ちなみに、帝都ドラッヒェンブルクには、ドラッヒェンベルクっていう山があって、龍の山、って意味だな。馬蹄型に弧を描く山が背後に広がっていて、その山に龍帝従騎士団の龍が棲んでいるんだ」
地平を目を凝らして何かを探すスレイシュは、目的のものを見つけたらしく、街道から少しそれた地平を示した。
「あの山、見えるか? あそこが帝都だ」
獅子山よりもはっきりと輪郭が見える山は、ごつごつとした岩山で、高さも獅子山ほどはない。加えてやや赤く見えるあたり緑があまりないようにロンフォールには見えた。
「じゃあ、帝都生まれはドラッヒェンベルガーって名前になる?」
ちがうちがう、とスレイシュは手を振って笑った。
「__そんな姓は憚るからいない。強いて言えば、龍帝御一門だろうな、そう名乗ってもいいのは」
「あとは、ロンフォール殿の姓と同じように、帝都出身者、ということを指すので、自分はドラッヒェンブルガー、あるいはドラッヒェンベルガーだ、と名乗る者もいますが」
「そういう奴は、大抵、地方出身者を馬鹿にしてたりする」
「出身地に誇りを持っている、と考えるべきだな、スレイシュ。__この国は、広すぎる上、血塗られた歴史も多くあるので、いくらか遺恨があったりするんです。残念な話ですが」
「だから、レーヴェンベルガー、フォン・レーヴェンベルク、と名乗る田舎者が出世するのを面白く思わない奴もいるんだ」
なるほど、とロンフォールは内心で頷いた。




