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「あ、子響さんだ!__おかえりなさいませ!」


 ワグナスの声に、ロンフォールもスレイシュも振り返る。


 狩りにでていた子響の手には、小さな赤茶色の地味な鳥が10羽。ともに狩りに出ていた里の男たちは、大きな鹿を、肩に担いだ棒に脚をくくりつけて運び入れていた。


「ヤマシギですか?!」


 やや興奮気味のワグナスの声に子響は笑って、肯定する意味合いでだろう、鳥を持った手を軽く掲げて返事をする。


 それを出迎えたサミジーナをはじめとする女たちに手渡してから、こちらに歩み寄ってきた。


「ヤマシギが10羽もですか? すごいです」


「ああ。かなり綺麗に獲れた」


「ヤマシギ?」


「滅多に獲れないんだ。しかも美味しいから、とても珍重されて、高値で売れる。この森は、ンジョモがいるから、他よりもヒトの手が入りにくくて生き物が豊富なんだ」


 ンジョモ__この里に来る直前に遭遇した魔物を思い出し、ロンフォールは、ぶるり、と身震いした。


「どうした?」


「なんでもない」


 硬い表情で返したロンフォールは、鳥を受け取った女たちを見た。


 彼女たちからも、鹿を担いだ男たちからも、その鳥に対して嬉々としているのがわかる。


「半分はたぶん、今夜の食卓にのぼるでしょう、あの様子では」


 彼女たちに視線を移した子響が、柔和に笑いながら言った。


「ヤマシギなら、シーザーも食べるかもな」


「どうしてですか?」


 スレイシュはワグナスに疲れた表情で腕を組みながら答える。


「安い馬の蹄よりも、高価なヤマシギの肉じゃ食べそうだ」


「そういうものですか?」


「じゃ、ないのか?」


 ふーん、とワグナスはシーザーを見た。


 2人の問答に、子響は首を傾げる。


「何かあったのか?」


「シーザーが、これを食べなかったんです」


 珍しいでしょ、といいながら、集めた蹄の欠片をひとつ手にとって子響に示した。


「帝都育ちで、龍騎士専属の犬ですよ。舌が肥えてるかも、って話です」


 なるほどな、と子響は笑った。


「__それはそうと、ロンフォール殿。明日はともに、街へ行ってもらいたいのですが」


「明日って……なんでまた?」


「いつものように物を売りに行くんです。これまで、ロンフォール殿に関する情報も得ようとしてきましたが、なかなか変り種はありませんでしたし……」


 変り種というのは、ノヴァ・ケルビム派が収集し知りえる限りの噂以外のことを指すのだろう、とロンフォールは察した。


 いつも気にかけていてもらって、頼んでもいないのに積極的にしてくれている。それは彼ら自身の利点もあるからこそなのかもしれないが、だとしても、自分のことを不憫に思っていてくれている気遣いもあるのだと知っている。


「__なにより、ロンフォール殿への刺激になって、記憶が戻るかもしれないと思いまして。ただ……」


 そこで急に、神妙な面持ちになった子響に、ロンフォールはいくらか緊張した。


「いくらか危険かもしれません。明日は、私も同行し、スレイシュもともに。里については、他の男に任せてしまって大丈夫でしょう」


 いいな、と子響の問いかけに、スレイシュは、是、と頷いた。


「しかし、明日行くのであれば、ロンフォールの着物はどうするので?」


 すでにこの頃、スレイシュは当然のようにロンフォール、と呼ぶようになっていた。


 どちらからというわけではないが、いつの間にかそう呼ばれることが当たり前になっている。最初それを聞いた子響は険しい顔をしたのを覚えている。


 案の定、初めて耳にした当時、彼は咎めた。


 対してスレイシュは、ロンフォールと呼ぶのがしっくりくる、と言って悪びれる素振りもなかった。


 悪意がないのは、子響も理解したのだろう。呆れたため息を零しながら、彼はそれ以後、時折、険しい顔をすることはあるが、悪意がない限り咎めはしなかった。__もっとも、そう呼ばれるようになって悪意があったことは、これまで1度もない。


「龍騎士の制服では有名人過ぎるので、もしかしたら、すぐにレーヴェンベルガー卿だと露見してしまうかもしれない。噂を立たせて、あえて様子を伺うということもできますが、あまりにも無謀かと」


「私もそう思う。__ロンフォール殿がよければ、その格好で」


 顎を抱えて子響が見つめるロンフォールは、ケルビムの民族衣装の成りでいる。


 制服は洗ってもらってから、たった一度だけ袖を通したが、制服という性質だからか、どうしてか肩や首周りが窮屈だった。


 着慣れている服のはずではあるが、記憶がない自分には合わない、と本能的に感じているのかもしれない。


 それ以来、ずっと彼らと同じ服装を選んでいた。


 同じ服装であることで、彼らの仲間入りをしている、という安心感を得られているのは確かで、今ではこれがしっくりきているほど。


「うん、これがいい」


「当日は、太刀もお渡しします」


 え、とこれにはスレイシュもロンフォールも目を剥いた。


 制服を預けた際、彼ら__名代に取り上げられていた太刀は、それ以後、ずっとロンフォールの手元にはなかった。


 今のロンフォールにとって、あっても使えないし困らないものだが、万が一、記憶が戻った際、どう振舞うかが予想できない。それに、里の皆から納得が得られないだろう、という配慮があってだ。だからこそ、彼らは手の内に持っていた。


 そのことの重要さはよくわかっている。


「護身用です。追われることになった場合、我々が守りきれない場合もありましょう」


「でも、俺、使えないぞ?」


「基本的なことは、お教えします。蓬莱の刀が元なので、勝手はほぼ同じでしょうし」


「そうなのか?」


「ええ。以前にも申し上げましたが、帝国の起源は、蓬莱にありますから、いろいろと似ているところがあるんですよ」

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