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蹄鉄

 この里へ来てからおよそ4週間がたったころ、日課である厩の掃除をしていたとき、極端に湾曲した鉄の塊が落ちているのを発見した。


 初めて見るそれをスレイシュに見せると、蹄鉄といっていわば靴のようなものだそうで、これがない馬は外を歩かせられないことも教えてくれた。


 さっそく、装蹄を行うことになり、ロンフォールはそれを見学させてもらっていた。


 馬の後ろ足を抱えて固定している男が、煌々としたいかにも熱を持っている色合いの蹄鉄型の焼き鏝を蹄の表面に押し当てる。


 ジュッ、と短い音を立て煙が上がり、焦げる臭いが広がった。煙が収まって焼き鏝を離すと、表面に焦げ跡がついた蹄が現れた。


「もう少しだな」


 その焼き鏝を炎の中に戻し、表面を手で触れて凹凸を確認する男は、補助をしているスレイシュよりも歳が上で、名代と同い年だそうだ。


 巨漢と言うわけではないが貫禄があって、しかも寡黙であるせいか、見た目では名代よりも上___加えていえば、子響よりも上に見える。


 男は、徐に両側に持ち手のある平たいやや湾曲した刃物を、その焦げた蹄にあて、手前に引いて表面を削る。


 迷いのない動作は、ずっとこれをしているから慣れているのだと分かるが、されている馬は痛くないのだろうか、とロンフォールは刃が当てられるたびに身を強張らせた。


「なんで、お前が痛そうな顔をするんだ」


 スレイシュの呆れた声に、表情も変わっていたのだと初めて知った。


「だって……刃が当たる度に、馬の体がぐらついてるし」


 焼き鏝をもう一度当てて、昇る煙を見つめながらスレイシュがため息を零す。


「あのな……痛くはないんだよ、蹄のここは」


 そうなのか、とロンフォールは首をかしげて、預けられていた新しい蹄に視線を落とす。


 手の平より一回り大きいそれは、ひんやりとして冷たい。


「痛かったら大人しくなんかしてないだろうが。そりゃ、力を少し入れないと削れない。3本足で立ってるし、不安定なんだよ」


 スレイシュが言い終えるとほぼ同時に、男がよし、と頷いた。それを受けて、彼はロンフォールの手から奪うように蹄鉄を取り上げて、男へと渡した。


 男は蹄鉄を当てて、短い割りに太い釘で留めはじめる。


 コッコッ、と短い鈍い音が、再びロンフォールの顔を歪ませた。


 野生の馬は、多種の餌を自ら捜し歩いて食べる。だが、家畜にされ限定的な生活を送っている馬は、餌も限られそれほど歩かない。栄養の面と運動量の面で、蹄が弱くなっている。故に蹄の手入れが欠かせないのだそうだ。


「野生の馬がいるなら、野生にも龍はいる?」


「ああ、いるよ。悪いのと、なんでもないの」


「どういう意味だ?」


「悪いのは、荒れ龍といって、ヒトを捕食したり……まあ、害のある龍だな。ヒトを狩ることを面白がってるのかもしれない。これにも格があって、手に負えないほど厄介で狡猾な龍を邪龍と言う。禍事の神の使いなんじゃないか、ってことで。なんでもない龍っていうのは、ヒトにとってとりあえず害にはならない龍のことだ。そうだな……お前たちが乗ってる龍もこれだな。前者の方が狡猾である分、賢いことが多い」


「食べ物は? やっぱり、肉?」


「大抵は肉だな」


 スレイシュが答えたのとほぼ同時。よし、と蹄鉄を打ち終えた男は、出来栄えを確認してひとりごちた。


 その後、スレイシュといくらか会話を交わし、新しく蹄鉄をされた馬の横っ腹を労うように撫でる。馬は新しい蹄鉄の感触を確かめるように、地面を2、3回かいた。


 男は満足そうに頷いて、じんわり額に滲む汗を手拭いで拭きながらロンフォールに軽く笑顔を見せて挨拶し、横に座る子供__ワグナスに視線を流した。


「片付け、頼むぞ。火傷しないように」


 はい、と子供が元気に頷いたのを確認してから、そのまま立ち去る。どうやら終わったようだ。


 その姿を見送ったワグナスは、削って落ちた蹄の欠片を手に取り、ロンフォールに渡す。


 硬いように思っていた蹄だが、僅かに弾力があり、とくに薄いところは濁っているが、向こうがわずかに透けてみた。


「これが蹄か」


「犬のおやつになるんです」


「これが?」


 香りを嗅いでみるが、焦げた臭いがするだけだ。それに隠れて、厩舎独特の臭いがするように思える。


 お世辞にも食欲をそそる香りとはいえない。


帝都おうちではあげてないのかな? シーザーは食べたことがないんでしょうか」


「龍騎士専用の馬がいるんだから、あげてたのかもな」


 地上において馬の方が小回りが利くので、龍騎士1人につき専用の馬が1頭あるらしい。


 試しに、体を横たえているシーザーの前に差し出してみるが、シーザーはにおいを嗅ぐだけ。すぐに、そっぽを向いて前足に長い鼻先を乗せ、目を伏せてしまった。


「洗わないとダメですよ、汚いから」


「そういうものか?」


 あまりにもその興味のなさそうな態度に、洗っても態度は変わらないようにロンフォールには思えた。


「前にいた犬は、喜んで食べてたよね、スレイシュさん」


「好き嫌いぐらいあるだろ」


 ロンフォールが来るより以前、里では犬やら猫やら、迷い込んできた生き物と一緒に暮らしていたことがあるそうだが、その時の彼らは食べていたのかもしれない。


「ワグナス、いいから手伝え」


 焼き鏝を水桶に突っ込み、じゅっ、と短い音を立てさせながら、スレイシュがワグナスに言う。言われた彼は、弾かれたように地面に散らかっていた蹄の欠片を、箒で丁寧に一箇所に集め始めた。


「これはどうしましょうか?」


「いつもみたいに、洗って干しておけ。街に行くときもってくから」


 ケルビムは定期的に、数人が馬に大荷物を背負わせて出て行くときがある。ロンフォールは、これまでに3度は見かけた。そして、帰ってきたときも、いくらか荷物を持ち帰ってきていた。ただ、出かけていたときと荷物の内容が違っていた。


「売るのか?」


 冷やした焼き鏝を元の場所に戻し、水桶の水を地面に向かって勢い良くまいてからスレイシュは頷く。


「ああ。犬を飼ってる人がよく買ってくんだ」


 里から運び出す荷物は全て、売り物だった。


 女が作る布はそのための品でよく売れ、それに次いで、狩猟した得物の肉も売れるのだそうだ。他には、ケルビムが作る薬草をつかった薬も扱っていて、それはそこそこに評判がいいらしい。


 売って金を得る場合もあれば、品によっては物々交換を行う。そうしたやりとりで手に入れた品を手に、里へ戻ってくる。


 子響が言うに、この里である程度自給自足できてはいるが、全部は賄い切れはしないのだそうだ。

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