地網 Ⅰ
少なからず、自分が住む国の、それも他国へ誇るような集団が、ケルビムと関わりがあったことを知っていれば、もう少しノヴァ・ケルビム派への態度も違ったはずだ。
「単純に、あまり呼ばないからかもしれないな。龍騎士庁舎とかっていう風に呼んでいるのを、よく聞くから、浸透してないのかもしれない、今は」
「そうなんだ……。__片翼院の試験が、龍帝従騎士になるための、入団試験?」
「あってる。それだ。試験を通過できても、成績が振るわなければ、騎士になれないし、適性がないと判断されてもなれない」
無事合格できても、必ずしもなれるというわけではない。
「片翼院の試験は、一回だけ?」
ああ、とスレイシュは頷いた。
自分は、その試験を通過して、今では中隊長に叙されている。まさか、それほど狭き門だとは、思いもしなかった。
今の自分からは想像できないぐらい、記憶のなくなる前の自分は、優れていた__そう思えてならない。
子響はそれを受けようとしていた。だが、事情があって受けられなかった。その1度を逃すと、2度目はほぼないという。
だのに、代わりに導師を得られた、という子響の表情は、後悔しているふうではなかった。それほどまでに、彼にとって導師という存在は大きなもの。
「まあ、でも、後々になってから、成れないことはない。欠員の補充もあるしな。守護院とか、別のとこから編入している例があるから」
「その守護院っていうのは?」
「軍の官吏を排出するとこだ。将来がほぼ約束され、最初っからそれなりの地位に着ける。徴収されて軍学を学ぶ奴らの、上に立つ奴らだな。軍学っていう2年の徴兵が終わると、軍にとどまる奴は正規軍に入れる資格をもつ。守護院の者も軍に所属、片翼院の者は双翼院__龍騎士になる」
「さっき言ってた、神学っていうのは? 神っていうから、こっちにかかわる?」
ロンフォールは、武官を示す石の、右隣の石を指して尋ねる。
「ああ、神様とか儀式について学ぶとこだ。神官騎士と神殿騎士、司祭とかになりたいやつが入る。入るとき希望を出せて、適性が合えば、騎士っていう戦うほうか、司祭っていう身の回りのことをする方へ割り振られる」
「じゃあ、大学は?」
「教師だとか医者だとか、特殊な技能を要する職業に就きたいやつが、学びに行くとこだな。小学、中学、大学は、飛び級っていって、賢ければ年齢を問わず、進学することが認められている。軍学は16になる歳から、っていう決まりがあって、これは飛び級の対象でなく、早くから入れない。たぶん、体がある程度できてないと、無理があるからだろう」
スレイシュは、手の中にあるさらに小さい石を、真ん中の石の下に置き、それを指で大きい石へむかって辿りながら説明した。
「この3つ__大賢者、元帥、教皇の地位を、上三位と言う。蓬莱の昔からの読み方をすると、おおいみつのくらい、だったかな……。子響殿がそのへんは詳しい。その地位の者は、龍帝へ奏上__会って話をすることって言えばいいか……それが許されている」
「他の人はできない?」
「ああ。9州の長である各州侯でもできない」
「州?」
「帝国は広いから、効率よく統治するために区切ったんだ。ケテル、コックマ、ビナー、ケセド、ゲブラー、ティフェレト、ネツァク、ホド、イェソド、そして、帝都があるマルクト。その州の長を州侯」
「ん? 10言わなかったか? なのに9州?」
口の中で小さく復唱するロンフォールは、指折り数えていたので疑問に思った。
「帝都ドラッヒェンブルクのあるマルクト州侯は、龍帝の跡取りが着任するのが慣わしで、州侯と違い、令尹と呼ばれ別格扱いだ。地位で言えば公、他は侯になる。マルクトは代理人がいて、それを州侯と呼んでいる。そして、ケテルは龍帝の土地__禁域で、州侯はいない。だから10州だが九州侯」
「龍帝には子供がいる?」
「ああ。ジークフリート皇太子と、カレヴァラ皇女。令尹なのは皇太子の方だな。ちなみに、男の跡取りだけ皇太子って呼ばれる。皇女は女。皇女は、特にあとを継ぐといったことはない。直系男子が継承するのが慣わしだな、蓬莱に似て」
「蓬莱にも龍帝がいる?」
「同じように帝はいるが、龍帝と呼ばれるのは帝国の帝だけだ。天津御国の天帝が龍の号を下賜されたから、龍帝と名乗れる。本当に帝国の帝は別格なんだ」
「天帝?」
スレイシュが指で穴の開いた天井を示すので、ロンフォールはそれを追って見上げた。
「お空の遙か彼方にある、天津御国の一番偉い人だ。そこにも国があって、解豸族ってのが暮してる。額に角がある種族で長生きだ。それを束ねているのが天帝で、これはもう神様の部類だな。天綱はわかるか?」
「子響とリュングから聞いた」
「天帝がいるから、その天綱がちゃんと働いて、この世を保っているらしい。天国って皮肉を言われるぐらい、行ったやつなんていないな。本当にあるかも疑わしい。いわゆる不可知の領分だ」
「不可知の神族がいるから、不可知の領分……」
「神がいるってわけじゃないが……ま、そんなとこかな。__帝の号こそ違うが、帝国は蓬莱とやり方とか文化が似ている。なんでも、帝国の帝の流れは、蓬莱からくるかららしい」
「へぇ」
「ずっと昔に、蓬莱の帝の一族が、この大陸に渡ってきたんだそうだ」
蓬莱と帝国とつながりが少なからずあることに、ロンフォールは高揚した。子響といくらか接点があることが、嬉しいのかもしれない。




