龍帝従騎士団と片翼
虫たちが何をしているのかわからないロンフォールは、まじまじ、と眺め観察した。
「不安か?」
唐突な問いかけに、漫ろになっていたロンフォールは、少し驚きながら彼を見た。見つめた先の彼は腕を組んで、水場の淵に腰を落ろし、遠い視線で菜園をみやっていた。
「記憶、戻らなかったみたいだな」
ロンフォールは頷いて、水桶の中に視線を落とした。
「導師って人も目が覚めなかった……ごめん……」
きっとスレイシュは、自分の記憶の如何より、そちらを切望していたはずだ。
「今のお前に謝られると、かえってこっちが気分が悪いから、嫌味のつもりでないなら止めてくれ。__自分に腹が立つ」
うんざりとした表情で、後ろ頭を掻きながら言い放つスレイシュ。それに対して、ごめん、と反射的に言うと、スレイシュがギロリ、と横目で睨むので、慌てて口元を押さえる。
その様子に、ふん、と鼻で短く息を吐いた彼は、シーザーに視線を向けた。
「どんな感じなんだ? 記憶がないのって」
「……たまに不都合があるぐらいかな。それに、みんなに申し訳ない気持ちになるぐらい。迷惑すごくかけているって実感があるから、寧ろそっちをどうにかしたい。だから、戻ってくれればいいな、とは思う……けど」
「けど?」
「___戻らなくてよかった、とも思えたんだ。導師に会ったとき、実は」
意外だ、といいたそうな顔で、スレイシュが見つめてくる。
その視線を視界の端で捉えて、ロンフォールは水桶の中で揺れる水面を見た。
「前の自分がどんなのだったか、本当にわからないんだ。前の記憶が戻って、前の自分の考え方とかが、今とまるで違ったら? 今の自分の気持ちだとか考え方だとか、まったく消えてしまうなんてこと、ないとは言い切れない。そうなった場合、ノヴァ・ケルビム派のみんなにどんな態度を取るのかな、って……想像できないから、怖くて、戻らなくてもいい、って思える」
覗きこむ水に映る自分の顔。揺らぐ水面によって、己の顔も歪んで見える。
「……お前、結構いろいろ考えてたんだな」
ふぅん、とスレイシュは鼻をならし、じっ、とロンフォールを見つめた。
「__まあ、確かに、戻らない方がいいかもしれないな」
え、っとロンフォールは顔を上げてスレイシュを見た。
彼はロンフォールの視線をうけると、頷いてから、遠い視線で菜園へ顔を向ける。
「名代と子響殿から、記憶がいじられてる、っていうのは聞いた。つまりそれは、何かしら謀略にはまっている可能性があるってことだ」
「龍帝従騎士団っていうのは、そんなに怖いところなのか?」
「国家の中枢で、ほとんどの権限を与えられているって話だし……そういう組織ってのは国内外を問わず、他のところと対立くらいあると思うぞ」
そうだなぁ、と言って、手近に石をいくつか見つくろうスレイシュ。
「__この大きいのが龍帝だとする。龍帝の下には大きく分けて3つの官がある」
大き目の石の下に、少し小ぶりな石を3つ並べる。
「左から、文官、武官、神官だ。大雑把に説明するけど……文官は、帝国の法__決まりごとに関わる部門だと思え。武官は龍帝従騎士団とか軍とか、そうした闘うとこ。神官は、神子とか宗教に関わる部門だな。それぞれの長の肩書きは、大賢者、元帥、教皇。お前の上司は、元帥ってことになる。元帥の上司が龍帝」
並べた石を囲むように、スレイシュは大きめの円を描いた。
「帝国じゃ、幼学、小学、中学と学び舎が分かれてる。中学を卒業すると例外もあるが、2年の軍学__軍へ一時的に入れられる。その兵役を終えると、それぞれの道を歩む。働き始めてもいいが、もっと学を修めたい者は、試験を受け、大学へ進む」
「試験……騎士団のやつか?」
「軍学を卒業したときのってことなら、それは違うな。神学ってのもあるが……」
言ってスレイシュは、大きめの石の下に3つ並べた石のうち、真ん中__武官、と彼が先ほど示した石を示す。
「軍学っていうのは、ある意味、徴兵制度だ」
「ちょうへい?」
「よほどの理由がない限り、軍に入らなきゃいけない決まりだ。軍っていっても、正規軍に入れられるってわけじゃないんだが、それでも本格的な訓練をするとこ」
ほぼ全員が入る決まり。かなりの数になるのだろうか__帝国の全体像を知らないから想像しにくいが、ロンフォールは顎に手を添えて、暫しその規模に思いをはせる。
「その際、志ある者は、院への試験を受ける。そこで合格できたら、天道院、守護院、そして、片翼院へいける。天道院は文官の、守護院と片翼院はそのどちらも武官の院だ。片翼院が、お前たち龍騎士を排出するための院」
「片翼って……」
うん、とロンフォールの気づきに、スレイシュは頷く。
「かつて、片翼族の者が龍帝の股肱にいた。そいつが指揮していた部隊が前身だったんだ、龍帝従騎士団は。それが由来だそうだ。ちなみに、龍騎士になると、双翼院っていう院が庁舎になる」
「それは、みんな知っている?」
「俺たちケルビムは、もちろん知ってる。権力だとかにかかわっているとこに所属してれば、知ってはいるだろ。ただ、帝国の一般人はどうだろうな……。周知のことであれば、俺たちへの誤解もほぼないだろうから、もうちょっと違った状況にはなったはずだから__」
それもそうだ、とロンフォールは思った。




