火水の仲
黙々と、見ため以上に重みのある塊を、藁ごと木三叉ですくって脇の手押し車の荷台へ積んでいく。
視線を感じて顔をそちらにむければ、遠巻きにこちらを見守る牛たちの姿がある。
牛の世話は子響とともに行っていたのだが、リュングが彼を召喚したので独りで続きをしていた。
独りで行動することは、この里に来てからまったくなかったことに、このとき気づいた。いつも子響がいて、あれこれと世話を焼いてくれていたのだ。
自分ひとりに任せてくれた、ということは、少なからず嬉しい。できる仕事、役に立てる仕事があって、信頼しているからこそ託されている。
仲間になれたようで、こそばゆさが顔を綻ばせた。
彼が戻るまでには、終わらせてしまおう__そう、ロンフォールは息巻いた。
もわっ、とするにおいに包まれているロンフォールは、最初こそ鼻につくにおいだったはずだが、いつの間にか気にならなくなっていた。
「お前はこのにおい、もう平気か?」
近くに座って様子を見守るシーザーへそう問いかければ、彼は視線を向けてくるだけ。しかもすぐに、視線を牛舎の外へと向けてしまう。
それに苦笑を浮かべて、ロンフォールは視線を戻した。
__……俺は、このにおい、嗅いだことがあるんだよな……。
初めての作業のはずだが、記憶がなくなる前に行っていたのかもしれない。
__さて、どこだったか……。
龍帝従騎士団には龍だけでなく馬もいたらしいから、どこで今のように作業をしていたのかもしれない。
「……そんなんじゃダメだ、散らかすだけだろ」
半ばぼんやりと記憶を辿りながら作業をしていると、背後の窓から声を掛けられたので手を止めて振り返った。
そこにはスレイシュが、憮然とした表情で見据えてきていた。
彼にはまだ苦手意識がある__否、どう接していいか分からないロンフォールは、緊張のあまり手にした木三叉の柄を握りしめた。
「よく見ろ」
彼が示す先に視線を落とすと、確かに回収したはずの糞や藁が、ボロボロ、と落ちていて、綺麗にしているはずが、逆に汚くしてしまっている様相である。
「ごめん……」
慌てて散らばった汚れを回収しようとするが、なかなか木三叉ではままならない。
それを見かねたスレイシュは、扉を開けて入ってくるや否や、ロンフォールから木三叉を奪い取って手際よく片付けていく。
呆気に取られていると、シーザーが傍近くに寄ってきて、スレイシュの様子を伺うように首を下げ、じっ、と見つめ警戒しはじめる。
それを察して、ロンフォールはすぐにその背中に手を置いた。
「俺がここに来たのは、お前の手伝いじゃなくて、見張りだからな」
言いながらスレイシュは犬の様子に気づいたのか、ちらり、と一瞥はくれるものの、微かに鼻で笑って作業を続けた。荷台がいっぱいになると、彼は手を止めて木三叉を壁に立てかけ、ロンフォールに振り返った。
「捨て場と新しい藁の場所は?」
彼の言いたいことが分からず首を傾げると、大仰にスレイシュはため息をつく。
「__ついて来い。出るときは扉を閉めるの忘れるな」
スレイシュは荷車を押して外へと出ていくので、ロンフォールもそれに続き、指示されたとおり扉を閉める。
大樹のある広場を横切り、小川の流れの一つにそってある道__踏み固められて地面がむき出しになっているだけである__を辿る。広場の区切りである岩盤に近づくと、別の空間へと続く出入り口__これは、里の入り口と同様にただの穴である__が見えた。
それを潜ると、大樹の広場と同様に円形の広場がその先にはあった。広さは僅かに狭いものの、光が天井から差し込んでいる点は同様で、足元を流れていく小川が自然にできた岩盤のくぼみに水溜りを作っている。
この広場は緑が豊かではあるが、中心から壁に向かって放射状に区画が割られていて、種類ごとに固まって生えているのが、ロンフォールにはなんとも奇妙に見えた。
「ここは?」
「菜園。ここで、野菜や果物を育ててる。お前も食べてるだろ」
素っ気なく答えながら、スレイシュは川の流れとは逆に、岩肌に沿って歩いていく。やがて腰の高さくらいはある土の山にたどり着いた。
「あっちにある山から、後でもってくからな」
隣に背の高さ以上に積まれている黄金色の干し草の山を指し示したスレイシュは、目の前の土の山のすぐ前で手押し車から荷を棄てた。そして近くの鍬を2つ手にすると、一方をロンフォールに押し付けるようによこした。
渡した彼は無言のまま、土の山を崩し始める。すると、崩したところから湯気が昇った。そうして先ほど荷から降ろした糞と混ぜ始める。
何のための作業なのか分からないが、ロンフォールも見よう見真似ではじめた。
重労働だ。それに加え、混ぜている土が熱を持っているので、じわり、と汗をかく作業。
すべてを混ぜ合わせて、再び山を形作るのだが、終わる頃には喉が渇ききっていた。
鍬を置いたスレイシュは水溜りに向かうので、ロンフォールもそれに倣う。
その水溜りの淵に置かれた柄杓で水を掬って、彼は喉を潤し始めた。飲みきって空になった柄杓を水で満たし、飲め、と言うように突きつけてくるので、それを素直に受け取り礼を言う。
受け取った柄杓は、つぎはぎのない滑らかな肌触り。ひとつの枝を掘って削って作られたようで、丸みを帯びている。
それに口をつけて水を飲む。喉を通っていく水は、とても冷たかった。無味のはずなのに、おいしく感じられる。
蝶や蜂が、せわしなく花を移ってはとまる。時折そよぐ風に撫でられる花に翻弄されながらも、小さな体でひとつひとつ吟味しながら。




