93話・少しは警戒しろよ
「リズ、リズっ。起きろ」
ぼんやりと目を開けると、頭上に焦ったような黒狼の顔があった。
「あれ? アーサー?」
「寝たら駄目だ。溺れ死ぬ」
「大げさな……」
そう言いながら周囲を見渡すと、泉からは上げられているようで地面の上にタオルに包まれて寝かされていた。
「おまえ沈んでいたぞ。人間の姿なら底に足がつくし、問題ないけどな」
「……ごめんなさい。思わず気持ちがよくて」
アーサーがタオルを持ってきたら溺れかけていたらしい。自分では自覚がなかったけれど、泉に浸かって気持ちよくなって目を瞑ってしまったのは確かなので、心配するアーサーに謝っておいた。
「久しぶりの獣化だからな……。まあ、休め」
「うん」
黒狼のアーサーに体の毛を舐めてもらう。それは人間の姿の時に手で撫でられているように気持ちがいいもので、目蓋を自然に下ろしたくなった。でも彼の発言で気になった事がある。
「ねぇ、久しぶりの獣化って? わたし白うさぎ姿になったのは初めてよね?」
「覚えてないのか?」
「え?」
全く記憶にない。でもアーサーが知っているということは?
「もしかしてわたし、幼い時に獣化したことあるとか?」
「まあな」
「どうして獣化したの?」
「取り合えず寝ろ。いきなりの獣化は体が疲労する。ここにいる事は父上たちに伝えてきたし、元に戻るまで一緒にいてやるから」
「う、うん」
側についているからと言われてその場に蹲まると、アーサーが寝転がって前足でわたしの体を引き寄せた。黒狼の顔がすぐ目の前にある。肉食獣の黒狼を前にして本来なら脅えて当然の白うさぎなはずなのに、彼がアーサーだと分かっているせいか全然、怖くなかった。
彼の温もりに誘い込まれるようにして目を閉じれば、大きな口が近づいてきてぺろりと舌で舐められた。
「この姿だと何かと不便だな。少しは警戒しろよ」
アーサーの呟きを耳にしながら半分、意識が薄れていた。




