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藍色のメガネと【あ】




「もうちょっとしたらクリスマスだよね。

都会人はやっぱりパリピっていうだけあるから、ホテルでクリスマスパーティーとかしちゃったりするんだ?」

「え、いやぁ……?

余所の人達はどうか知らないけど、俺はそういう騒がしいこと苦手だから……」

「うん、なんか見たまんまインドアって感じだからそうだよね。そんなビン底みたいなメガネも今流行ってるのかと思ったけど、絶対違うだろうし」

「……なんか都会に対しての情報、凄い偏ってる」

「なにー?全然聞こえないや」


「な、なんでもないよ。

というか、さっきから台所で何してるの?」

「え?何って、今日の夕ご飯作ってるだけだけど?

そうだそうだ、アンタってカレーの具はワイルドにゴロッと派?それとも給食みたいに食べやすいサイコロ状の方が好き?」

「えっ……俺も食べること前提?」

「えー…、私一人じゃすぐ飽きちゃうんだよ」

「いや、一体どれだけの量作ろうとしてるの……ちょっと見せて」

「だってさ、ルゥ半分で作ると材料中途半端に余るし、残った分冷凍するのとかすっごい面倒だしー」


「……いやいや、ちょっと待って。この材料の量可笑しくない?

これ全部俺に食べさせるつもり?」

「もちろんタダでとは言わないよー。

なんと今回はー、栄養バランスもちょこっとだけ考えた自家製コールスローサラダ付きですよー」

「増えてる増えてる、食べる量も手間も増えてるって」

「意外と難しくないよ。コールスローはあと調味料混ぜて味見れば完成……って、あっ!」

「ぅ……わ」


「ゴメン、マヨネーズ飛んじゃった!大丈夫!?」

「……目の前真っ白で何にも見えない……」

「わーっ!メガネにべっとりマヨちゃんが!

メガネ洗うからちょっと貸してっ」

「ぉわっふ……貸してっていうかもぎ取られた……」

「細かいことは気にすんな」


「あー……なんかそれ以外は大丈夫みたいだよ」

「ホント?それなら良かった良かった。

メガネもとりあえず綺麗になったよ、ちょっと待ってね今水気拭き取るから」

「ありがとう、それ無いと俺周りがほとんど見えないからさ……」

「コレ、そんなに度強いんだ?

……うわっホントだ、手元どころかアンタもぶれっぶれで全然焦点合わないや」

「早く返してよ」

「はいはい、ごめんなさいねー。

それにしても本当にビン底みたいだね、こ……れ、」


「……?どうかした?

あ、もしかして俺の顔にマヨネーズ付いてる?」

「…………あっ、いいいいやあ、そんなこ、と、ないけど!」

「え、本当にどうしたの?なんか句読点のつく位置おかしいけど」

「そそそんなことないよ?

い、いやさあっなんかメガネ取ったら3の字みたいな感じなのかと思ってたけど、そんなことなくてか……っ、か、歓心しちゃって!」

「いや、それいつの時代の漫画の話……。

え、っていうか眼鏡どこにやったの?」

「しょ、少女漫画みたいだとか思ってないから!メガネとったら実は、とか……!

……って、え、あれ?さっきまで確かに持っていたような……いたっ」

「ど、どうしたの?」

「なんか、スリッパで堅い物踏んじゃったみたいな……」

「え……それって、もしかして……」

「「……あ」」






去年の冬、ガラにもなく動揺したせいで彼のメガネを見事に粉砕してしまった事件の後。

フレームが歪んだとかレンズにヒビが入ったなんてかわいいものではなく、完全破壊されているメガネがなければ彼は歩くことすら危ういのだ。

それは完全に私の不注意のせいなので弁償すると言ったのに、「気にしなくていい」なんてのたまうヤツを大急ぎでメガネ屋に連れて行きながら逆ギレしてたのは、まあ、ちょっとは彼のせいでもあると思う。

で、その日の夜には新幹線に乗って帰らなければいけないので、それまでに代わりが用意出来るか、というかあんな度数の強いレンズが置いてあるのかどうか。最悪私の予備のメガネでどうにかなるかどうか……。

そんな風に心配しながら駆け込んだお店で事情を話すと、なんと奇跡的にも彼の視力に合うレンズの在庫があったのだ。

それが分かって一安心した所でゆっくりとフレームを見ることも出来て、本人がデザインや色にこだわらない……というか無頓着すぎて自分で決められなかったので、私が何個か試させた上で良さそうな物を選んであげた。


それが、この藍色のシンプルなメガネだ。

以前のメガネがいつ作ったのか知らないが、逆に希少とも言えようあの分厚いビン底メガネとは違い、薄くて透明度の高いレンズにしたことでなんだか彼の顔色も明るくなったように見えるのは、まあ嬉しいっちゃ嬉しいこと。

何よりも、当日納品も可能というのをウリにしているお店に期待半分で行ったのだが、本当に数時間でメガネを受け取れたのは自分的には本当に感謝するばかりだった。


そんなこんなで私はほっとしていたのだが、彼は帰る間際まで申し訳なさそうにしたり「お金は今度返すから」とかうだうだ言っていたので、じゃあちょっと早めのクリスマスプレゼントだからと言いくるめて帰したのが悪かったのか。

次の週にいつも通りやって来た彼の手土産が、どう考えてもファミリーサイズのホールケーキだったのだから、もう呆れるを通り越して罵ってしまったくらい。

でも、「ちょっと遅めのクリスマスケーキが自分じゃ食べきれないから一緒に食べてほしい」なんてあしらい方が上手くなってるものだから、私は結局いつもの通りに律儀すぎる彼にいつもと同じようにお茶と無駄話をたんと与えてやったのだ。



そんなこともあったなぁ……と、妙に昔の思い出のような感傷に浸っていた所だが、気を取り直して。

カードと一緒に出てきたアイテムは頭の部分がオレンジの太陽のような飾りが付いている以外、つい今ほど使った星のスイッチとどっからどう見ても酷似しているもの。

しかも同じチェストのまだ解決していない棚のくぼみにちょうど良く嵌まりそうなのがまた舐められているものだ。

迷いなくまだ手をつけていない一番上の棚の穴にピンを当ててみれば、すんなりと奥まで入ってカチリとした音が微かに聞こえた。

そうすると、0が四つ並んでいたパネルが光りを灯して上下に矢印が現れ、それを押してみれば数字が増えたり減ったりするようになったのだ。


これでようやくこの謎解きに挑戦できるようになったということか……。

……はて、今まで四文字の数字ないしそれに変換出来るような物はあっただろうか?


お約束ならばどこかしらにヒントとなるような意味深なメッセージがあったりするものだけど、今現在、私はそれに思い当たるような物に心当たりがない。

一番怪しいのはあのバスタブに貼られた歌詞の一部だけど、あれは数字だったり四文字の何かが隠れているような雰囲気はないので違うだろう。

そうなれば、まだ見落としている場所があるというのだろうか?


早く次に進みたいとはやる気持ちを抑えて、もう一度改めて部屋中を隈無く見て回ったが、どこをどう見ても期待するような物を見つけることは出来なかった。


もう何度目かと思うほどの行き詰まりと歩き回ったり屈んだりした疲れが重なり、私はどっと力が抜けてソファーに突っ伏した。


なんともまあ、うまく行かないものだなあ……。

そりゃあ、アイツの考えた謎解きだから単純な訳がないんだろうけど、いつかの時みたいに全然思っていることが予想出来ないし伝わってこないというのは、何だかモヤモヤするものだ。



茜色から徐々に徐々に暗く陰っていく部屋の色と同様に、私の思考も暗く沈んだものになっていくと頭の片隅で「諦め」の文字がチラつき始める。

手探りでテーブルの上に置いたスマホを手に取ると、ホーム画面をスワイプさせてみるがそれも無駄な足掻きでしかなくて。

さ迷う指先が電話帳のアイコンに意図せず触れてしまい、開かれたアドレス帳ですぐ目に入ってしまった彼の名前にギクリとしてしまう。


無意識の内に数拍止まっていた呼吸を吐くと、目を閉じて唯一の連絡手段を持つ腕を投げ出した。


……彼は、ヒントを聞かれても一切答えるつもりはないと手紙に書いていた。

つまり、そんなことをすれば本当に楽しめるものではなくなってしまうという、私への懸念であり期待だ。

だからまだ何かあるはずなのだ、私が気付いていない、彼の意志を反映した物が。


思い直して、また初心に返って部屋を見つめ直してみよう。

そう頭を切り替えて目を開ければ、いつの間にか部屋は日が落ちて真っ暗に……ではなかった。


見上げた天井からぶら下がっている星たちが淡く発光して、部屋の中を優しく照らしていたのだ。

ソファーから起きて周りを見渡せば、オーナメントだけでなく壁に貼られた星のシールやランプまでもが光を放っているのが見えた。


どうやら部屋の一部の物は蓄光材や塗料が含まれていたのだろう。

いつかにも見たことのある薄緑の光源を見上げて、つられて立ち上がるとふらりと歩き出してその光の下に近づいていく。

あの男に似合わずなんともお洒落な演出だな、と含み笑いを堪えていると、私はふと星以外に光っているある物の存在に気が付いた。


神秘的な光に照らされて浮かび上がるそれは、むしろホラーのようにぼんやりとして薄気味悪さが格段に増している、あの人面時計だ。

壁に掛かった時計のバナナのように湾曲した突起の内、二つ。

その二つだけが何故か星たちと同じ色で輝いているのは、どうしてだ?


恐る恐るそばまで近寄ってよくよく見てみれば、その二つは他の突起とは向きが反対を向いている。

そして、どうやら一つは短くもう一つは長く作られているようだ。

……短い、と、長い?


そこでハッとした私は、その時計をもう一度よく見てみた。

1から12の数字と人面が描かれている以外何もない丸時計、のはず。

しかし、その妙な湾曲した突起が付いている風貌は見覚えがある。

そう、さっき引き出しに嵌めた太陽の飾りとよく似ているではないか。

これがただの偶然の一致ではなければ、この仕掛けと時計は互いにリンクしているという可能性が高い。


そこでこの時計の一番の謎といえば、その気色悪い顔……ではなく、短針も長針もない点だ。

ではこの時計の短針と長針はどこなのか?

それは、この時計の縁を埋めるように付けられている突起がそれなのだ。

数えてみればこの突起は全部で12個。その中で向きと長さの違う突起が二つとなれば、答えは分かったも同然。


まず短い物は真上……12から時計回りに数えて7個目に当たり、長い物は3個目に当たる。

ここまできて改めて例の仕掛けを見れば、入力するのは四文字の数字。

24時間設定となると可能性は二つあるのだが、まずはそのままを試してみようと指先で迷いなく数字を揃えていく。


0715

そう入力して太陽のボタンを押し込めば、カチャリと錠の外れる音が確かに私の耳に届いた。


何度経験してもやはり、この悩んだ末に答えに辿り着いた時の嬉しさは、他では味わえない快感だ。

ついつい本当に舞い上がりそうになるの体を押しとどめて小さくガッツポーズをすると、その手ですぐさま引き出しを開け放った。


覗き込んだその中にあったのは、緑の双葉のような置物。そしてカードが一枚。


先にカードを確認しようと思って暗がりから引っ張り出して、真上にある星の光に晒してみればそれは『く』の文字が浮かびあがった。

くるりとひっくり返してみればつい今ほど思い返したので鮮明に覚えている、2枚のあるチケットがそこに描かれていたのだ。






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