『星の泪』と【て】
「でーさあ、あっという間に年度末だーってもう皆バタバタしてるしピリついてるしで、最近妙に体凝っちゃってさあ」
「うんうん、決算月の企業多いからどこも大変だよねぇ」
「あとさ、実家から白菜とかキャベツがどっさり送られてきてたんだよねー。
もう消費しきれないから今度鍋パーティーするしかないや」
「あー、前は大根尽くしのフルコースだったよね。
大根サラダに始まってメインは大根ステーキだったような」
「あんな大根足の私もびっくりな立派すぎる大根が箱詰めで来たらどうしようもなかったのさ。
葉物は煮込めばカサ減るから、たーんとお食べよ」
「まだ作ってもないのに既にお腹いっぱいな気分になってきた……」
「そういえば、ムンフリなんだけどさあ」
「……へっ?」
「だからムンフリ……、『Moon Freaks』なんだけど、どの作品好きとかある?
というかどの辺までプレイ済みなん?」
「え、えぇえと、どの作品って言われてもなぁ……」
「私はさあ、気軽に遊べるKnockシリーズも良いし、先住民(仮)のカピバラちゃんがとてつもなく可愛い楽園シリーズも好きなんだけどー」
「あ、これはまさかのこっちの返事はどうでもいいパターンですか」
「やっぱり一番印象に残っているのは『星の泪』かなあ」
「え……」
「今は携帯で手軽に遊べるアプリを主に配信してるけど、ムーンフリークスって前は『moon freak』っていうサイトでパソコンでのフリーゲームをメインに制作していたじゃん。っていうかそうだったんだよね。
私、専門行っていたその頃からムンフリのゲームにハマってて、新作アップされる度に課題そっちのけで夜更かししてゲームしてたぐらいで」
「そう、なんだ」
「でも知っての通り私ってすぐ行き詰まってヒントとか攻略サイトに頼る習性は昔から変わってなくてね。
でもそんな私が!ノーヒントでクリアしたゲームがこれなんですとも!
なんでかって言ったらそのゲームのストーリーがすごく良くて、下手な攻略サイト行ってネタバレとかしたらなんか勿体ない!って思って何がなんでも自力でエンディングまで行ってやろうと意気込んだって話なんですよ」
「でも……それって参考難易度が結構高い方だよね」
「そうそう、だから本当に真面目に攻略していったから1週間くらいかかってようやく『GRATULATIONES!』のエンディングの花火にまでたどり着いたものだよ……。
というか、やっぱり星の泪もやったことあったんだ?」
「う、うん……」
「あれさあ、脱出ゲームって括りだけど、どっちかと言えば探索ゲームっぽいじゃん。
なんたってあらすじが【恋人を残して亡くなった主人公が毎日涙を流す恋人を笑顔にしようと、死後の世界で彼女が好きな星空を見せてあげようと奮起するゲーム】っていうことで、主人公がどこかに閉じ込められている訳でも、どこかから抜けだそうとしている訳でもないでしょ?」
「…………そう、だね」
「で。最終的に不思議な装置を使って現世に満天の星空を創り出す為に、色々な場所を歩いたり必要なアイテムを探し出したりするのは一見探索ゲームみたいだよね。
だけど、悲しみに暮れる大切な人を救ってあげたいって行動するのって、ある意味現状を打破するっていう『脱出』でもあるじゃないかなあって。
そういう風に考えた時に、この作品のストーリーとか人間性とかのメッセージ性にすごく感動したのは今でもずっと記憶に残っているんだ」
「…………」
「ちょっと、そこで黙られると反応に困るんだ……って、うわっ!?
なんか静かだと思ったら何泣いてるの!?」
「いや…ぐす、ちょっと……なんでもない、から、気にしないでっ……ひっく」
「いやいや、逆に気にしない方がどうかしていると思うんだけど……。
っていうか、そこまでしっかり泣いてるとドン引きどころか気持ち悪いなっ」
「気持ちワルいとか、そんな、こと、うえぇえあああ!!」
「うわぁあああああっお願いだからうちのアパートでマジ泣きはやめてえええええ!!」
あれは半年ほど前の、ある意味事件っちゃあ事件のその日は本当に大変だった。
その後もさめざめと泣き続けた彼をなだめたものの、一向に泣き止む気配がなくてその内面倒臭くなった私は結局放置。
でも、なだめてる時も落ち着いてからも、泣いていた理由は頑なに教えてくれなかったのは……何だかなあ。
さて、そうしたら次はこの用途不明なピンだろうか。
画鋲のような形をしているが、長さは五センチ程と普通よりも些か長い上に針の部分はギザギザとしていて、これでは掲示物を留めるのには向かなさそうだ。
それと一番特徴的なのはピンの頭部が可愛らしい星の形をしていることか。
うぅむ、多分どこかにこれがぴったり嵌まるような何かがあると思うんだけれど……。
そう思いながらアイテムを取り出した引き出しを閉じて、ソファーに引き返して……って、ちょっと待てマテ。
今しまい込んだ棚の下に視線を移せば見覚えのあり過ぎる、特徴的な多角形のくぼみがすぐそこで待ち構えていたのだ。
恐る恐る手にしたままだったピンを宛がえば、それはピッタリと凹凸が当てはまるではないか。
奥まで差し込むと、カチリと何かが接触するような軽い音が指に伝わって、次の瞬間仕掛けにぽっと照明がともる。
これでようやく挑戦が可能になったぞ、とでも言いそうに光を取り戻した5本軸の装置。
高さを調整することによって次の道が拓けるのだろうが、今のところそれらしい答えは何も思いつかないのが悔しいところ。
唯一ヒントらしいヒントといえば、この起動スイッチになっていた星のボタンだろうか。
星……、といえば。
意味あり気に部屋中に散りばめられた星の飾りの数々は、何か関係があるのか。
それとも本当にただの空間を演出する為の見せ物なのだろうか。
チェストの真上にある吊された星をまじまじと見上げてそう思い至ると、左右に視線を動かした。
右手にはウォールステッカーの流れ星に星のランプ、左手には正面と同じ星のオーナメント。
そして後ろを振り返って見れば、窓に飾られた星が夕暮れの光を背にして、目を開けていられないほどの輝きを放っているように見える。
……あれ、ちょっと待てよ。
そこでとある考えが過ぎった私は、逆光に苛まれながら恐る恐る窓の方へと足を進めた。
仕掛けの棒の数は5本。そして今ぐるっと部屋を見渡して見えた星たちは、全部で5個のはずだ。
これは、まさか偶然の一致、だとはさすがに思いがたい。
ということは、これらは、もしかしてそういうことなのでは……?
夕日のせいで極端に見えづらいその星を確認しようと、目を細めながら歩んでいた、その時。
ガランッという甲高い音と足に伝わった鈍い衝撃に、あっと気付いた時にはもう遅かった。
窓の真下でカラコロと転がってしまったジョウロに慌ててその場に屈み込めば、幸いにも植木鉢の植物たちには何も害がなかったようで一安心。
ほっと胸を撫で下ろしてジョウロを直そうと手に持った時、私はソレにようやく気が付いた。
『夜に目覚めし花達に光を灯すのは五つ星。
白色の姿を眼下にした一番星は祝福に輝き、
星達は夜から昼に時を逆行するように光を繋いでいくだろう』
ジョウロの底に小さく書かれた文章は、例の仕掛けを窺わせる文言がちらほらと見えて、十中八九この謎に対してのヒントだろう。
遠回しで、くどくて、長ったらしくて……物腰柔らかいけれど甘やかしすぎない、彼らしい助言だ。
けどこれで、謎解きの材料はすべて揃った。
ジョウロを元の場所に戻して、ヒントの元になったお花たちの白い花びらをお礼の意味も込めてひと撫でして、私は立ち上がった。
仕掛けの棚に向かいながら確認のためにもう一度周りをぐるりと見回して、目的地に着いたところでチェストの上ある星のオーナメントを見て確信する。
この吊り下げられている星を『天井から一番近い』という風に考えれば、答えは至って簡単だ。
まず1と刻まれた棒はヒントが示すところである、観葉植物が置かれた上にある窓のシール。
これは天井よりも低く床よりも高いので、真ん中にツマミを移動。
次は『時を逆行するように』というヒントから反時計回り、つまり左手にある星を目安にするのでそちらに目を向ける。
部屋の角に位置するそこには星のモニュメントをあしらったランプが置いてあり、これは一番床に近いのでツマミを下に移動させた。
そのまま左上に視線を移せば、壁紙に貼られたステッカーが見えるのでこれは真ん中だ。
四番目は、天井付近に掛けられた趣味の悪い時計と同じ高さにあるので、これは一番上。
最後も上から吊り下げられた星なので上にツマミを弾いて、トドメに星のボタンをぐっと力強く押せば、カシャンと何かが外れるような音が微かに聞こえてきた。
躊躇なく引き出しに手を掛けて、手前に引けば大正解。
そこから新たに出てきたものは、今ほど使った星のピンに似たアイテムと、いつものカードが一枚。
『あ』のカードの裏面を確認してみれば、ついあっと声を上げそうになってしまう。
なぜなら、つい先ほども見た藍色のフレームが特徴的なメガネが描かれていたからだった。