オムライスと【つ】
「うぉあっちいなぁぁああーっ。
何この暑さ……。夕方なのにこれって夜地獄じゃないの、何なの馬鹿なの……。
とにかくすぐにクーラーガンガンつけて、手っ取り早く飯作って、…………え、なにコレ。
人が……干からびてる?」
「……ぁ、れ?」
「あ、気が付いた。大丈夫?アンタ道にぶっ倒れてたんだよ」
「はあ……それは、わざわざ家にまであげてもらって、スミマセン」
「いいよいいよ、気にしないで。っていうか自分ん家の目の前で干からびてた人を放置する訳にもいかなかったし。
はい、ちゃんと水分とってとってー」
「あぁー……、重ね重ねスミマセン」
「というか何であんなところに倒れてたんだか」
「あー……。仕事の関係でこの辺初めて来て、けどナビ代わりのスマホがどっか行って帰るに帰れなくなって……」
「それでさまよっている内に体力尽きたってことか。
あのさぁ……すごく言いづらいんだけど、そのベルトにぶら下がってるのは何なん?」
「え……?あっ……!」
「うわぁ、なんか見た目通りおっちょこちょいっていうか抜けてるっていうか……。
そんなだと、その眼鏡も掛けてるのに気付かないで探したりしてそう」
「さ、さすがにそんなことは……」
「ホントかなぁ。それはそうとお腹減ってない?つーかもう作っちゃったから食べろ」
「ええぇえー?」
「だってそんなにひょろっこいってことはアンタ普段ちゃんとした物食べてないんじゃない?だから本当にぶっ倒れたりするんだよ」
「まあ……確かに、否定は出来ないけれど……。
……オムライス?」
「そうそう。昨日卵がタイムサービスで、しかもお一人様2パックも買っていいとか大盤振る舞いだよねー」
「そう、なんだ?」
「そうそう。で、折角だから有名洋食屋さんのオムライスに挑戦してみたんだー。
こうね、オムレツを開くとお花みたいに見えるっていうのに憧れて……って、火通しすぎかな……?なんか綺麗に開かない……」
「花って……ヒマワリに見えるってこと?」
「違うし!タンポポだし!
けど、テレビではこう……トロッと広がってたのに、私のはちょっと固すぎてバナナの皮を剥くみたいな感じになっちゃっただけで……」
「うん、味は美味しいよ。ヒマワリのオムライス」
「だからタンポポだっつーの!っていうか味はって失礼だな!」
忘れもしない、去年の夏の出来事。
その後ペロリと完食して少し顔色も良くなった所で最寄り駅まで送り届けた彼が、今はこうやって脱出ゲームを仕掛けてくるのだから、世の中何が起こるのか分からないものだ。
そのカードを上着の脇ポケットに入れて、一緒にしまい込んであった小さなコインを箱から取り出した。
五百円玉ほどの大きさに厚さの金貨には、快晴を示すお天気マークのような太陽と月が彫られている。
何かのヒント?それとも、どこかにこのコインを使うような場所があるのだろうか。
とは言っても、この円形にぴったりと嵌まるようなくぼみは見当たらなかったし、貨幣が必要となる仕掛けも今のところなかった筈だ。
それ以外で、コインを活用する方法……。
ソファーにどっしり座り込んで、裏面には水瓶と双葉が彫ってあるんだな、やっぱり何かのヒントなのだろうか。
と、手のひらの上でくるくる回していてると、ふとあることに気が付いた。
この薄すぎず厚すぎず、かつほどよい大きさに固さで回しやすい形状を生かせる場所は、あそこじゃないか?
思い立って勢いよく立ち上がると、私はあの吊り戸棚へと向かった。
脱出ゲームといえばソレが当たり前にあると思っていたけれど一向に見付からないし、ソレじゃないと無理だろうと思い込んでいたものだから辿り着くのが遅れてしまった。
戸棚のうち、左上に設置された引き戸を指で辿ったその中心。
マイナスネジが打たれたその棚へコインの側面を宛がうと、そのネジの溝にぴたりと一致した。
通りで一般的に見るネジよりも大きいと思ったわけだ。
マイナスドライバーを使うなら溝はもっと小さくていいけれど、このコインを使用するとなれば幅も深さもそれなりに必要になるからだったのだ。
ゆっくりと反時計回りに力を込めれば少しずつネジは浮き上がり、やがてポロリと棚から外れて床に落ちた。
これでこの棚は開けられるようになったはず。
意気揚々と引き手に指を掛けて、スパンと思い切り右側に滑らせればそこには……。
……あれ、何も置いてない?
拍子抜けというのはこのことか。
出鼻を挫かれた感のまま反対側の戸をしずしずと開けてみると、そこには新たなアイテムが置かれていた。
謀ったなこのヤローとか思ってごめんな、ちゃんと置いてあったわ。
と彼に心の中で謝罪しながらそれらを光の元に引き出した。
ひとつは、おもちゃの花……ヒマワリだろうか、スティック状のその花と葉はプラスチック製で、根元は不自然な突起がある。
そしてもうひとつは……、正方形のカードが一枚。
『き』の文字を確認してカードをめくれば、長方形の箱とそれを囲うように置かれた二つのマグカップが描かれていた。
その乱雑に破かれた包装紙と箱からはみ出た物には、どこか見覚えがある。