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九話 解決

 

  瞬時に思い浮かべたのは、頑丈な鎖。

  彼女の自由を奪うための手だ。

  それも決して切れない硬質の鎖。

 

  妄想は自由だった。

  好きに属性を付与させることもできる。

  ただ強い思いは必要だった。

  漠然とキャンパスに描いたものでは、具現化した際の力は弱くなる。

  それも自分自身を納得させ、世界を騙すだけの根拠と理由も必要だ。


  鎖は縛るものである。

  それにやたらに他の力を追加してはいけない。

  弱くなってしまうからだ。

  スマートに妄想するのだ。

  俺はその鎖に縛る以外の目的を与えなかった。


  宙に現れた数十の鎖が赤髪の少女のもとへ、触手のようにそれを伸ばした。


  「妄想が、早い……っ」


  少女の焦った声は、俺に余裕をもたらした。

  イマジナー同士の戦いは先手必勝。常に攻め続け、相手に妄想の選択肢を与えない。

  それでも彼女は二本の剣を妄想して、それを手に鎖を迎え撃った。


  彼女がその妄想の剣にどんな想いを込めたのかはわからない。

  でも彼女は決して切れない鎖を斬ろうとそれを振った。


  軌道は阻まれ、やはり斬れることはない。

  だが、切れない、というのは俺の妄想の話であって、ここから先は性質ではなく妄想力の勝負になってくる。

 

  仮に彼女が何でも斬ることができる剣を妄想したとしよう。

  剣の働きのままに、スマートに斬るのみを付与した賢い具現化だ。

  そうなるとこの戦いは決して切れない鎖と、何でも斬れる剣の戦い。つまり矛盾が生まれる。

  この矛盾した状況を変えるのが想いの差だ。


  その妄想にどれだけの想いを込めたのか。

  彼女が生涯、生まれてから欠かさず何でも斬る剣を願い続けていたのであれば俺の鎖はいとも簡単に斬り刻まれていたに違いない。

  俺はこの決して切れない鎖にそれほどの想いはないし、抱くこともないだろう。所詮は瞬間的な願いのものだ。


  この展開を見る限り、彼女もその両の手に握る剣に込められた思いは少ないようだった。

  だが、もし彼女が他を妄想していたら。

  懸念はそこだけだ。

  だから俺は彼女に余裕を与えない。

  間髪入れずに次の手を放ち続けるしかない。


  焦ってはいけない。

  未だ鎖を格闘している彼女を前に、ポケットへと手を突っ込んだ。

  秋の夜は寒かった。

  体温の低下は良質な妄想を生み出さない。


  「……随分と余裕そうですね」


  「余裕って……。これでも真剣に考えてるんだ、色々と」


  「ポケットに手を入れて、どこが真剣なのか」


  「だって、……妄想に手はいらない」


  俺はそう言いながら、雷を、小さく微弱な一撃ではあるが、実際に雷そのものを具現化させてみせ、雷速を確かに保有させたそれを放った。

  殺しはしない。けど、すぐには動けないような、そんな雷を。


  雷を妄想するのに、他の要素は必要なかった。

  ただそれだけで強力。

  妄想は早かった。

  雷の仕組みなんて理解していないが、俺の想いのままに現実になればいい。それこそ俺が望んだ雷なのだから。


  鎖を相手にしている彼女にその一撃をどうにかする暇はなかった。

  そのはずだった。


  彼女の身体に吸い込まれるように向かった雷撃は、直撃の瞬間に弾かれたように消えた。

 

  俺はそのわけをすぐに察した。


  「攻撃の無効化……。まあ、当たり前だよな。ずっと妄想してたってわけだ。全ての攻撃に対処するために」


  彼女は初めからすでに全ての攻撃を弾く身体を妄想していたのだ。

  雷に反応して鎖に反応しなかったのは、鎖が彼女を傷つける攻撃ではなかったからだろう。

  あくまでも動きを封じるだけである。そこにそれ以外の意思はこもっていない。

 

  「驚いたのは私の方。私以外に二つの妄想の具現化を同時に行える人はいないと思っていた」


  「そうなのか?」


  「うん。でも、今日でまた私だけになる」


  少女の身体が消えた。

  そして次には俺の目の前で剣を振りかぶっていた。

  瞬間移動。それを彼女が妄想したのだと気づいた時には遅かった。



  剣が俺の身体に触れた。


  しかし同時に、剣は弾かれた。



  「……なっ!?」


  驚いた少女に鎖を這わせた。

  隙は見逃さない。

 

  「くっ……!」


  鎖に巻かれ、全身の動きを封じられた少女に、俺は更に妄想を重ね、脱出を封じた。


  「どうして、……攻撃が弾かれたの。鎖と雷で二つ。あの一瞬で防御を妄想できるわけがない」


  「君と同じだよ。俺は最初から全ての攻撃を弾く身体を妄想していた」


  「嘘。それなら鎖と一緒に雷を具現化できるはずが……」


  「二つの妄想を、ってやつか? 鎖と雷で二つ。だからもう使えない。そう思ったわけだな?」


  俺の問いに少女は頷いた。

  俺はそれにため息をついた。


  「はぁ。それがそもそもの勘違いなんだ。えっと、紅羽、だっけ。君、こうは思わなかったのか?」


  俺は人差し指を立てた。

  そして中指を立て、ピースサインを作った。


  「『私は二つの妄想を同時に具現化できる。なら……』」


  俺はピースサインに薬指を足した。


  「『三つの妄想を同時に具現化できる人がいるかもしれない』って」


  俺は三つに妄想の具現化を同時に行うことができた。

  最初はそれが当たり前だと思っていた。


  少なくとも今崎哲人という狂想者(イマジナルアート)は校舎の崩壊と爆弾の生成を同時に行っていたし、俺は他のイマジナーをあまり知らなかった。

  真白と秦野のイマジナーとしての力量は俺にはわからない。


  この紅羽という少女の言葉を聞く限り、俺の方が特殊らしい。

  まあ、強いのであれば別に文句はないが。


  鎖に縛られた少女を、真白に突き出した。

  彼女はイマジナーである。

  妄想領域(イマジンフィールド)での戦闘は常人であれば気を失うほどの情報量が脳に与えられるが、彼女は平然としていた。

 

  「これでいいんだよな?」


  真白は恐る恐るといった感じで俺の目を見て、その瞳に涙を溜めて、「ありがとう」と小さく言った。


  結局、今回も呆気がないといえば呆気がない。

  対して苦戦もなく、妄想をするだけで解決する。

  後顧の憂いは消えた。

  だが、これからどうするというのか。


  真白の妹が狂想者であることは変わらない。

  彼女を縛り付ける鎖は妄想の産物で、俺が妄想領域を解除すれば妄想のままに消えるだろう。

  このままにしておくわけにはいかなかった。


  「なあ、真白」


  「なに?」


  「妄想は人を殺さない。そうだよな?」


  「う、うん。そうだけど」


  身体は死なない。けれど心は死ぬ。

  その状態がどれだけ続くかはわからない。もしかしたら死んだままかもしれないし、どこかで心が生き返るかもしれない。

 

  真白の妹は狂想者だ。

 

  俺は妄想した。


  赤髪の少女は、妄想領域を解除していた。妄想を止めていた。


  俺は槍を妄想で形作り、それを手にして、背中を向けるその少女へと、切っ先を向け、真白の声を振り切って、槍を突き刺した。

 

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