表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/9

三話 神の手

 

  「私たち妄想研究部は、イマジナーとして活動するための部活。まだ私たちはイマジナーの全体を理解しているわけではない。でも、理解しなければならないと思うんだ」


  生徒会長、結城 真白はそう言った。

  妄想研究部とは、イマジナーの在り方を研究する部活なのだろう。それは最早部活という括りで考えてはいけないような気がしたが、口を挟んだりはしなかった。

  ここから先は俺の知らない領域だった。

  ならば彼女達の先導のままに、今の俺には後ろをついていくことしかできない。


  「イマジナーは強力な武器をもっている。妄想を現実に呼び寄せる強力な武器を。だから扱い方を知らなければならない。どんなフィードバックや副作用が存在するのかもわからない。もしかしたら、私たちだけの問題ではなくなるかもしれない。だから知ることは義務なんだよ」


  知らなかったで済まされない問題。

  俺たちの能力による懸念事項は、たしかに明らかにしておかなければならない。

  彼女たちが俺を半ば強引に誘ったのも、俺がその、もしかしたら、を引き起こしてしまうかもしれないことを考えたからだろう。

  俺は頷いた。

  知ってしまった以上、その義務は俺にも発生する。


 

  妄想研究部。

  部屋は広くはないが、俺たち三人だけで使うには少し余裕があった。

  明らかに私物と思われるものが幾つか混在するが、部室というものを俺は知らなかったので、こんなものか、と思ってしまう。

  今日からここが俺の拠点らしい。

  一通りの説明を聞いた後、俺は秦野の座っているソファの向かい側に位置した、同じく柔らかなソファの腰をかけて、行先を思った。



  妄想は得意であった。

  しろと言われずとも四六時中俺はそれに耽っていたし、人生の一部と言わず全てが頭の中に詰まっていた。

  妄想の中では現実より遥かに大人な自分を演じることもできた。

  それでいいのだ、と俺は思っていた。

  妄想だけで俺は充実していた。

  特に不満もなかった。

  だから俺は教室でも机に突っ伏したまま、誰にも悟られることもなく、誰よりも自由に世界を眺めることができた。


  それが現実になった瞬間は、どれだけ不安に駆られようとも、嬉しくもあった。

  まだ手には拳銃の、冷たい鉄の感触が残っている。

  そしてそれをいつでも同じようにできることに、言いようのない快感を覚えていた。


  脱力を決めて腰を落ち着かせたが、それでも緊張が身体を強張らせた。

  きっと今の俺は、どこかおかしな顔をしているかもしれない。

 

  だからなのか、秦野は俺をちらりと見た後に、意味深げに薄く笑った。






 


  イマジナー。妄想を具現化させる者ということだが、その潜在的な素質は全ての人間が共通して保有している。

  だがそれが花開くかどうかは別の話だ。

  俺がどうしてイマジナーに目覚めたのかは未だにわからないが、恐らく妄想を何よりも愛していたからではないかと推測している。

  それを彼女たちに話したら揃って奇怪な目を向けられたが、俺はそれで恥じるような男ではなかった。


  向かい合うソファに挟まれるようにして置かれたテーブルの上には、秦野が用意したお茶があって、意外にも、またこれも決めつけであったが、俺のぶんまでそこにはあった。


  季節は秋である。まだ厚着をするような段階ではなかったが、それでも少しずつ冷たくなる空気は晒された手の肌を攻撃する。

  置かれたお茶は暖かかった。それを手に取り、一口だけ口にして、熱を内に取り入れた。


  「そういえばさ」


  と、俺はふと記憶の隅に引っかかったワードを尋ねた。


  「『神の手』ってなんだよ。ブラフとか、ハッタリ、とかそういうんでもないんだろ。秦野の最初の言葉も気になったし」


  彼女は「どっち」と聞いた。

  それは何か二つの要素が彼女たちの事情には存在していて、それをはっきりさせたかったからに違いない。

 

  そしてそれは生徒会長が言った、「世界を守る」の言葉にも繋がっているような気がした。


  「ああ、それね」


  猫舌なのか、秦野から差し出された熱めのお茶を、もういいだろ、と言いたくなるぐらいにふぅふぅ、と冷まそうとしていた生徒会長は、何でもないように言った。


  「伝説の代物だよ。でも、イマジナーにとっては無視できない伝説でもある。それが『神の手』。世界を支配することができると言われている、幻のアイテム」


  もう俺は驚かなかった。

  イマジナーやら妄想領域やら、そして妄想が現実になったことで俺にそっちの耐性がついたのか、世界を支配するとか伝説とかでは、まあ、そう衝撃を与えられることもない。


  「イマジナーにとって無視できない……?」


  「そう。『神の手』の伝説には、こうあったんだ」


  生徒会長はようやく満足したのか、口をすぼめ息を吹きかけるのをやめ、お茶を口に運んだ。


  「あちっ」


  どうやらまだ彼女の舌には合わないようだ。

  慌てて口から離し、それを机の上に置くと、ヒリヒリとしているらしい舌を外に出して、眉を顰めた。


  「あー、えーっと。そうそう『神の手』は、世界を、所有者の理想の世界に変える。で、私が言いたいのはだな……」


  言葉を切って、少しのあと彼女は言った。


  「それはイマジナーの在り方に似ている、とそう思わないか? むしろ、私たちイマジナーのためにあるようなものだ。だから、私たちがこうして存在する以上、実際に『神の手』は存在するのかもしれない。そして現に、『神の手』を探している連中がいる。んで、そいつらの名前は『ワールドフラット』と、そう呼ばれている」


  「待て、少し待ってくれ。またいきなり変なのが話に入ってくるのか?」


  ワールドフラット。

  よくよく思い返せば秦野も同じワードを少し前に俺に喋っていたのだが、その時の俺は完全に彼女を頭がおかしい奴だと認識していた。

  それが間違いであった今、彼女が言った全ての聞き慣れない言葉は真実そのものに変化する。

 

  生徒会長は「たしかに”変なの“には違いないが、それだけの連中じゃない」と言った。


  「これは知っておくべきことだよ。そもそも妄想研究部も、『ワールドフラット』に対抗するために組織した、という面が大きい。世界を守るためにね」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ