三話 神の手
「私たち妄想研究部は、イマジナーとして活動するための部活。まだ私たちはイマジナーの全体を理解しているわけではない。でも、理解しなければならないと思うんだ」
生徒会長、結城 真白はそう言った。
妄想研究部とは、イマジナーの在り方を研究する部活なのだろう。それは最早部活という括りで考えてはいけないような気がしたが、口を挟んだりはしなかった。
ここから先は俺の知らない領域だった。
ならば彼女達の先導のままに、今の俺には後ろをついていくことしかできない。
「イマジナーは強力な武器をもっている。妄想を現実に呼び寄せる強力な武器を。だから扱い方を知らなければならない。どんなフィードバックや副作用が存在するのかもわからない。もしかしたら、私たちだけの問題ではなくなるかもしれない。だから知ることは義務なんだよ」
知らなかったで済まされない問題。
俺たちの能力による懸念事項は、たしかに明らかにしておかなければならない。
彼女たちが俺を半ば強引に誘ったのも、俺がその、もしかしたら、を引き起こしてしまうかもしれないことを考えたからだろう。
俺は頷いた。
知ってしまった以上、その義務は俺にも発生する。
妄想研究部。
部屋は広くはないが、俺たち三人だけで使うには少し余裕があった。
明らかに私物と思われるものが幾つか混在するが、部室というものを俺は知らなかったので、こんなものか、と思ってしまう。
今日からここが俺の拠点らしい。
一通りの説明を聞いた後、俺は秦野の座っているソファの向かい側に位置した、同じく柔らかなソファの腰をかけて、行先を思った。
妄想は得意であった。
しろと言われずとも四六時中俺はそれに耽っていたし、人生の一部と言わず全てが頭の中に詰まっていた。
妄想の中では現実より遥かに大人な自分を演じることもできた。
それでいいのだ、と俺は思っていた。
妄想だけで俺は充実していた。
特に不満もなかった。
だから俺は教室でも机に突っ伏したまま、誰にも悟られることもなく、誰よりも自由に世界を眺めることができた。
それが現実になった瞬間は、どれだけ不安に駆られようとも、嬉しくもあった。
まだ手には拳銃の、冷たい鉄の感触が残っている。
そしてそれをいつでも同じようにできることに、言いようのない快感を覚えていた。
脱力を決めて腰を落ち着かせたが、それでも緊張が身体を強張らせた。
きっと今の俺は、どこかおかしな顔をしているかもしれない。
だからなのか、秦野は俺をちらりと見た後に、意味深げに薄く笑った。
イマジナー。妄想を具現化させる者ということだが、その潜在的な素質は全ての人間が共通して保有している。
だがそれが花開くかどうかは別の話だ。
俺がどうしてイマジナーに目覚めたのかは未だにわからないが、恐らく妄想を何よりも愛していたからではないかと推測している。
それを彼女たちに話したら揃って奇怪な目を向けられたが、俺はそれで恥じるような男ではなかった。
向かい合うソファに挟まれるようにして置かれたテーブルの上には、秦野が用意したお茶があって、意外にも、またこれも決めつけであったが、俺のぶんまでそこにはあった。
季節は秋である。まだ厚着をするような段階ではなかったが、それでも少しずつ冷たくなる空気は晒された手の肌を攻撃する。
置かれたお茶は暖かかった。それを手に取り、一口だけ口にして、熱を内に取り入れた。
「そういえばさ」
と、俺はふと記憶の隅に引っかかったワードを尋ねた。
「『神の手』ってなんだよ。ブラフとか、ハッタリ、とかそういうんでもないんだろ。秦野の最初の言葉も気になったし」
彼女は「どっち」と聞いた。
それは何か二つの要素が彼女たちの事情には存在していて、それをはっきりさせたかったからに違いない。
そしてそれは生徒会長が言った、「世界を守る」の言葉にも繋がっているような気がした。
「ああ、それね」
猫舌なのか、秦野から差し出された熱めのお茶を、もういいだろ、と言いたくなるぐらいにふぅふぅ、と冷まそうとしていた生徒会長は、何でもないように言った。
「伝説の代物だよ。でも、イマジナーにとっては無視できない伝説でもある。それが『神の手』。世界を支配することができると言われている、幻のアイテム」
もう俺は驚かなかった。
イマジナーやら妄想領域やら、そして妄想が現実になったことで俺にそっちの耐性がついたのか、世界を支配するとか伝説とかでは、まあ、そう衝撃を与えられることもない。
「イマジナーにとって無視できない……?」
「そう。『神の手』の伝説には、こうあったんだ」
生徒会長はようやく満足したのか、口をすぼめ息を吹きかけるのをやめ、お茶を口に運んだ。
「あちっ」
どうやらまだ彼女の舌には合わないようだ。
慌てて口から離し、それを机の上に置くと、ヒリヒリとしているらしい舌を外に出して、眉を顰めた。
「あー、えーっと。そうそう『神の手』は、世界を、所有者の理想の世界に変える。で、私が言いたいのはだな……」
言葉を切って、少しのあと彼女は言った。
「それはイマジナーの在り方に似ている、とそう思わないか? むしろ、私たちイマジナーのためにあるようなものだ。だから、私たちがこうして存在する以上、実際に『神の手』は存在するのかもしれない。そして現に、『神の手』を探している連中がいる。んで、そいつらの名前は『ワールドフラット』と、そう呼ばれている」
「待て、少し待ってくれ。またいきなり変なのが話に入ってくるのか?」
ワールドフラット。
よくよく思い返せば秦野も同じワードを少し前に俺に喋っていたのだが、その時の俺は完全に彼女を頭がおかしい奴だと認識していた。
それが間違いであった今、彼女が言った全ての聞き慣れない言葉は真実そのものに変化する。
生徒会長は「たしかに”変なの“には違いないが、それだけの連中じゃない」と言った。
「これは知っておくべきことだよ。そもそも妄想研究部も、『ワールドフラット』に対抗するために組織した、という面が大きい。世界を守るためにね」