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夏祭りの千円券2

『ゴーーーーーーール‼︎いやぁ!今日イチのレースだったねぇ!えっと……名前、聞いていいかな?』

「…………桜島です」

『桜島くんね!おめでとう!見事1位だ!なに、どっか自転車チームとか入って走ってんの?』

「…いえ、特には……」


 特には?嘘つけ嘘つけ!

 余裕の声音でヒーロインタビューみたいなの受けちゃって!くぅぅ!


『凄いねぇ!是非!また参加しに来てね!――それじゃあ次に……と、ああ無理そうかな?』

「はぁっ……はぁ………はぁ…っ…はぁ……」


 最後に無理しようとしたせいか息が苦しい!肺と脚痛い!乳酸溜まってる!

 アタシは漕ぎ終わってからというもの、苦しさのあまりずっと顔を伏せたままの状態になっていた。


『それじゃあ、次に行こうか。えっと、桜島くんのタイムは……8秒32⁈うぉぉぉ凄いねぇ!千円券、ゲットだ!』

「はぁ……」


 なにその気怠げな返事!

 ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!


『もう一人の子も9秒45と好記録だねぇ!それじゃあ……って⁈え、ちょっ!君ぃ――⁉︎」


 アタシはスタッフからマイクをぶん取り、隣を指差した。一発言ってやらないと気が済まない!


『なんであんた!アタシより速いんだよーーーーーー‼︎………て、アレ?』


 男の子の……桜島とか言ったっけ?姿が無い。首を左右に動かし、周りを見渡すと、既に景品を受け取っている桜島を発見。

 アタシは固定された足をペダルから外し、自転車から飛び降りて桜島の方に駆け寄る。


「ちょっとアンタ!待ちなよ!」

「ああ、すみません。10秒以内でも、2位ですと景品は貰えないんですよ」

「あぁん⁈」

「……ひっ!」


 しまった。つい、スタッフさんに威嚇を……。てか、2位だと貰えないのかよ!


「アタシが用事あんのはアンタの方で……って、アレェーー⁈」


 再び桜島の姿が消えた。アタシはまたも首を左右に動かしてどこに行ったか確認する。

 と、人混みに紛れようとしている後ろ姿を見つけた。


「ちょっ!待てぇぇ‼︎」


 アタシは駆け寄り、その腕をガッと掴んだ。


「やっと……捕まえた……!」

「……なんですか?」


 眠そうな……というより、何にも興味がなさそうな顔の桜島。

 何故かアタシはその表情に無性に腹が立った。

 とりあえず、言いたいことを言ってやる!


「なんで!アタシより!速いんだよ!アンタは!上ハンドル持ってたくせにーー!」

「……いや、知らないし。上ハンの方が呼吸しやすいと思ったから上ハン握っただけですから」

「な⁈なにそれ!納得いかないーー!」


 呼吸のしやすさとか、考えてないしー!短距離なんだから、力出るポジションの方がいいでしょうが⁈


「あぁ……もう……。なんなだよぉ。祭りの屋台は何すればいいか分からないし。勝負には負けるし、千円券は貰えないし……踏んで蹴られた?みたい……」

「踏んだり蹴ったり?」

「そうそれ」


 て、何を言ってるんだろアタシ。こんなグチグチと……、みっともない。

 アタシは桜島の腕を離した。


 はぁ……もう家に帰るかなぁ。


「なんか、呼び止めてゴメンね?なんでも無いから、気にしないで。……それじゃあ…」

「…………………」


 そう言い、アタシは桜島に背を向けてトボトボと歩き出す。心が暗い。ん?気持ちが暗い?……どっちでもいいやぁ。はぁ……。


「なあ、あんた」

「…………ん?」


 後ろから呼ばれた気がして、振り返る。すると、そこには何かを差し出している桜島の姿があった。


「なに?これ」

「あんた、コレが欲しかったんじゃ無いのか?別に俺はこんなの欲しく無いし、やるよ」

「はあ。………て!これ、千円券じゃん!」


 渡された物を見ると、それは、シンプルに《千円券》と書かれてある、文字通り見た目通りの千円券だった。


「え?これ要らないって、じゃあなんのために走ったの?」

「これだよコレ」

「……コーラ?」

「ああ。副賞でドリンクもらえるから、それ欲しさにやったんだよ。特に屋台で食うつもりは無いから、適当に使えよ」


 そう言って、コーラのキャップを開けながら去っていく桜島。……桜島、か。


「あ、あのさ!」

「ん?」


 コーラの飲み口に口をつけた状態で桜島が振り返る。


「名前……なんていうの?苗字じゃなくて」

「?……リクだけど。それが何か?」

「い、いや!特になんでも無いんだけどさ……。そのぉ……自転車チームとか興味ない⁈アタシ、地元のチームに入ってるんだけど。さっき、チームには入ってないって言ってたじゃん…?よかったらウチに来ないかなぁ……って」


 や、ヤバイ。なんか勢いで言っちゃったけど、変に思われてないかな?

 け、けど、ここで関係を断つのは惜しいというか……。


 な、なんかヤバイ。もしかしてこれが、恋ってやつ⁈妙な顔の火照りを感じる。

 物をくれたところから始まって、同じチームで切磋琢磨していくウチにいつしか2人の中には愛が芽生えていき……って!なにを考えてんだアタシ!

 ま、まあ妄想は置いておいて、チームに入ってくれればウチは強くなるし、リクのこともっと知れるし……うん!いいこと尽くめじゃん⁈

 さあ!一緒のチームで一緒に――!


「いや、入らないけど」

「………………………………え?」

「いや、だから入らないって」

「え……ええええええええええええええええええええええええええ⁈」


 アタシの妄想、ここで終わったーー⁈


「な、なんで、入らない……の?」

「そうだなぁ、強いて言うなら……」


 ゴクリと唾を飲み込む。財政難とかなら支えていける!家がここから遠いとかならチーム練の送り迎えもする!

 だから!だから――!


「一人が好きなんだよ」

「…………………へ?」


 予想外の言葉に、間抜けな声が漏れる。

 一人が…好き?一人が……一人……一人……。

 なんて止めればいいんだ⁈


「てな訳だから、じゃあな」

「え、あ、あ、ああ………」


 そのまま、アタシは止めるための言葉を思い浮かべられず。

 眺めていたリクの姿は、直ぐに人混みに紛れ消えていった。


「ああ……終わった……始まるかもしれなかった、アタシの青春……」


 そう呟き、手の中を見ると、くしゃくしゃになった千円券が、アタシの心を表すように収まっていた。

 アタシはくしゃくしゃの千円券を伸ばし、無くさないようにポケットに入れた。


「まだ、もしかしたら……」


 もしかしたら、レースに出続けたら、リクにまた会えるかもしれない。

 確率は低いかもだけど、きっと、リクは自転車をやっている。それも、とても強い選手。

 だったら!


 アタシはポケットに手を添え、覚悟を胸に、決意を叫んだ。


「いつか同じレースに出てアタシが勝ったら、この千円券、突き返してやるーーーーーーーー‼︎」


 アタシの叫びと同時に花火が上がり、それによって、アタシの声はかき消された。

 だけど、決意はかき消されない。


 ◇


 あれから2年。

 リクと同じレースに出ることは一度もなく、それどころか、リクの噂を聞くことすらも無かった――。

 リクはもしかしたら、レースには出ない、チームにも入らない、そういったタイプのサイクリストなのかもしれない。

 そう、思い始めていた。


 なのに、なのに、なのにーーー!


 アタシはアタシが通う大学、『聖月大学』の、自転車サークルの部室の窓に顔を貼り付け、中を見ている。

 リクが中にいる、その部室の中を!


 なんで、なんでなんでなんで同じ大学なんだーー!んでもってなんで、チームに入ってるんだよーーー‼︎


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