春生小屋エンデューロ《ハーレム》9
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レース後がレースより大変とは、どう言う了見か。
というか、この状況は何だろう。何故俺は御影の首根っこを掴んで、表彰台の上に立ち、冷たい視線を浴びているのだろうか。
いやまあ、首根っこを理不尽な理由で掴み、立っているなら俺が悪い。しかし、コレにはちゃんとした理由があった。
まず、俺がピットエリアに入るなり、御影が俺にダイブ――
いつも通り見事にかわした俺であったが、アドレナリンがまだ出っぱなしの御影はいつも以上に暴走をし……。結果、神無が当て身を繰り出すという事に…。
間抜けな声を出し、疲れも相重なって御影はその場で意識を無くし、表彰台には引っ張って連れてくしか無くなった、という事だ。
それにしても、神無の当て身マジスゲェ……全然起きないぞ、この間抜け面。
優勝者の貫禄とか一切ない。右隣にいる東条達も、最早呆れ笑いだ。
「さ、さぁ〜て?い、良いのかなコレ。はじめちゃって……」
オネェモードから通常モードに戻った実況者が半目で俺に何かサインを送ってくるが、俺に聞かれてもな…。
とりあえず、親指を立てておく。
「じゃ、じゃあまあ!とりあえず、表彰式を始めたいと思いまーす‼︎」
実況者のその言葉に、周りから拍手が鳴り響く。なんか凄い人集りだ。普通こんなに集まるか?
たかがホビーレースの表彰式だぞ?
「ん、んにゃ?アレ…リクくん?ココは何処……………私は――」
「間を空けて言う事がソレか。しゃんとしろよ、表彰式だぞ」
「ふ〜ん………って!はっ!表彰式!ボク主役‼︎」
全ての状況を察した御影は、腰に手を当て、胸を張り出した。そう、正にエッヘンという感じだ。
なんとも言えない間抜けさが漂っているが……観客の反応がおかしい。なんかメッチャ写真撮ってるし、歓声が大きくなっているような……。
「御影選手凄い人気ですね!いや〜ファンクラブ出来そうなほどに!さて、優勝者も目を覚ました所で、早速3位のチームの表彰から――」
あ、ああ…そういうことか。
俺は今の言葉で、全てを察した。
まあ、要するにこの人の量は……。
「御影のせいか……」
「んー?」
気持ちは分からんくも無いが、何か俺までとばっちり受けそうだな。
SNSとかで拡散とかされたら、俺暗殺されるんじゃ無いのか?…ファンクラブに。
と、まあ色々考えていると、いつのまにか3位の表彰が終わったらしい。どうやら次は2位……東条達の表彰のようだ。
「2位のチームは、チーム《デモニック》の皆んなです!ハイ!おめでとー‼︎」
「あざっす‼︎へへへ」
2位の表彰状を東条が笑いながら受け取る。俺はソレを横目で見ていたのだが。この時、俺はある事に気がついた。
東条の目尻が赤い。
先程は、後悔は無いと言っていたが……やっぱり、そんな訳ないよな。誰だって、負けるのは悔しい。
後悔は、闘うたびにどんどん積み重なっていく。けど、東条はソレを…きっと、乗り越えられる奴なんだろう。
あーあ、厄介だな。次はもっと強くなってんだろうな。
「――!」
アレ?何で俺、次ももう走るつもりでいるんだ?
もしかして――
「最後!さあ、1位の表彰です!春生小屋エンデューロ、ハーレムカテゴリー‼︎映えある第1位に輝いたのは〜!チーム《ゴールドムーン》でーす‼︎おめでと――‼︎」
「リクくん!左端掴んでよ!一緒に受け取ろう!」
ナイス提案だろうと言わんばかりに目を輝かせる御影。まあ、悪くない受け取り方ではあるが…。
「待て御影。もう一人、いるだろ?」
そう言って俺はギャラリー最前列の神無を指差した。その指名に気づいた神無が、キョトンとした顔で自分を指差す。
「うん!そうだね!ミドリーー‼︎ミドリもおいでよー‼︎」
「え…⁈」
急な呼び出しにたじろぐ神無。選手ではない為、最初からは表彰台に乗れなかったが、まあ、賞状授与くらいは登ってもいいだろう。
「その娘チームメイト〜?なら!あなたも表彰台の上に来なさ〜い!」
おい、若干オネェ口調戻ってるぞ。
まあだが、その後押しのお陰で神無も表彰台に来たわけだし、深くは追求しまい。
「も〜、いきなりでビックリしたよぉ……」
「まあまあ、リクくんがミドリいなきゃ表彰状は受け取れないっていうからさ!」
「そんな事は言っていない。…まあただ、今回のMVPは、替えのロードを持って来ていた神無だからな。表彰台に登れないのはおかしいだろ。まあ後……そういう理由除いても、チームメイトなんだからな。全員いなきゃダメだろ」
「……うん、ありがとう」
ちょっと照れ臭そうに神無が笑った。
そんな神無を見た御影も微笑む。きっと、俺も……。
「じゃあ改めて!優勝おめでとう‼︎」
表彰状が差し出され、俺達は目線で合図をする。
同時に表彰状を掴み、そして――上に掲げた。
その瞬間、今日一番の歓声が、会場に響く。
なんだか、悪くないな。
共に闘った仲間。ゴールを競ったライバル。他人だが、歓声をくれるギャラリー…。
ああそうか。もしかしてじゃないな。もしかしなくても俺は今を、楽しいと感じていたんだな。
胸に掛かっていた鎖が、粉々に弾け飛んだような感覚があった。きっと俺は今、ようやく過去の呪縛から、解放された。
満面の笑みで手を振る御影と神無。幸せそうな2人に挟まれ、最高の結末を迎えた春生小屋エンデューロは、こうして幕を閉じた。
春生小屋エンデューロ、完結です!
次回ちょっと時間飛びます→




