表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。  作者: 沼口リオ
第1部 第五章
25/29

春生小屋エンデューロ《ハーレム》8

 


 白線をホイールが越える。その一瞬が、選手にとってはとても長く、時が止まったように感じられる。

 自分が勝ったのか負けたのか、横を向かずとも分かってしまう、そんな一瞬。

 そしてそれは、後ろから見ているアシストも同じことだ。


 御影と高畑、2人にはそれぞれ不利な点があった。

 御影は、俺が早く発射した為、高畑よりは力を温存出来なかった。高畑は、御影にリードされた差を縮める為に、御影よりも力を使って走ることになった。

 それぞれの不利な条件。その2人の不利がきっと、この結果を導いたんだろう。


『――ゴール‼︎実に!実に激しい最後のスプリントを制し!見事1番長い距離を最初に走り終えたチームは――』


 アナウンスが耳に入る。観客の歓声も……。

 けど、別に聞かなくても良い。結果は聞かずとも知れている。

 ロードレースではよく、エースが一位でゴールした時、アシストも手を挙げて喜ぶシーンがあるが……正直、俺にはアシストが喜ぶ気持ちが分からなかった。自分が勝ち取った訳でもない勝利に何故そこまで喜べるのか?それが、分からなかった。

 でも。


『ゼッケン番号2222番!チーム《ゴールドムーン》よー‼︎』



 ――今なら少しだけ、分かる気がするな。


 俺はゴールの白線の少し手前、近くに誰もいないその孤独の空間で、ユックリと、握った拳を突き上げた。

 この勝利の感覚を、俺はきっと……忘れない。


『おおおおおおおおおおおおおおお‼︎』

「スゲェスプリントだった!全然差無かったよな‼︎」

「ゴールドムーンって有名なチームか?実業団⁈」

「女子でもあんなに速いのかよ‼︎ヤバイなオイ!」

「勝ったあの娘、最後にもう一段階加速したぞ!もしや余裕の勝利だったんじゃないか⁈」


 ギャラリーからの声が耳に入る。

 外野じゃ分かんないだろうな、この大変さは。

 余裕の勝利?な訳無いだろ、踏ん張って、踏ん張って、それでも追いついてくる相手に、御影は心を折らず、更に踏ん張ったんだ。

 後ろからでも表情が分かる。苦しそうに息を切らし、脚を止めている。

 全力を出し切ったのだろう。勝者の特権である、手を挙げ勝利の空を仰ぐ事を忘れる程に。

 それでも。


 御影が振り返り、その表情が見えた。


 こんな時でも、全てを出し切った後ですらお前は――


「笑うんだな」


 少しだが、その楽しそうな笑顔に、俺も口が緩んだような気がした。




 俺もようやくゴールラインを抜け、レースが終わった。全体から見たら4位か……まあ、チーム戦だから個人成績は関係無いが……個人的には東条には負けたことになるのか。

 ま、悔いは無い。全力でアシストして、全てを使い切ったんだ。脇役が何位だろうが、関係無いだろう。

 それに…。


 脚を止め、ただただ自転車に身を任せている東条に、俺は追いついた。

 どうやら、俺を待っていたらしい。

 表情を見るに、個人的な成績などでの喜びは全く無いように見える。ただ、不機嫌な訳では無い。レース後の、全て出し切った者の表情をしていた。多分、俺も同じく。


「負けたよ。今度こそ、完敗だ。正直、横風凌げるからって、ずっと集団牽いてた人にパワー負けするとは思ってなかったんだけどな……」

「…別に、お前はパワー負けした訳じゃないさ。ただ、俺が一時的に若干速かっただけだ」

「……あの、俺を抜いた加速か?」

「ああ、俺の必殺技みたいなもんだ」


 自転車で使わない筋肉を意識し、常に負荷をかけた状態をキープする。自転車を漕ぐ上では使わないから、疲れはしない。

 しかし、その負荷を外した時、脚は一瞬、途轍もない軽さ(・・)を得る。

 例えるなら、途轍もなく重い荷物を持った後に、他の荷物を持つと軽く感じるような……そんな感じだ。

 そしてダメ押しに、合言葉を言う。師匠が言うには、必殺技ってのは言ったら言った分力になるらしい。


 アドレナリンが興奮して吹き出し、更なる恩恵を脚に与えてくれる。だから俺は速くなりたい時、いつもその言葉を口にする。


 加速(アクセル)――と。


「必殺技ねぇ……あーあ…ったく、ズリいよ。そんなもん出されたら死ぬだろ、必殺なんだから。マジでビビったんだぞ?物理的におかしな加速するからさぁ。更にはコーナー手前でエース発射って……予想出来ないっての」

「まあそう言うなよ。約束通り、全力でやったんだからよ」

「………ま、そうだな!本当だったら、乱に勝利をプレゼントしたかったんだけど。………何つーか、アイツと一緒にレースすんの自体初めてだったんだけど……。ま、最初がリクさん達で、良かったよ。負けたけど、スッゲェ楽しかったぜ!きっと、乱もな」

「……悔いは無いのか?」


 俺は、初めてのレースで、選手の勝利への異様なまでの固執を知った。

 東条や高畑にだって、それはある筈だ。そう、思った。


「悔い〜?ねぇよンなもん!勝っても負けてもレースが終わればそれで全部だ。過ちに対する後悔なんて思い返しても、なんも楽しく無いだろ?…だから、レース後は楽しかった事を考えるんだ!辛さとか、そういうのをひっくるめた、楽しい事をな。ま、今回は乱と一緒に走れた訳だし、そういう意味ではずっと楽しかったから、悔いなんてねぇよ」


 東条が少し照れながら笑った。

 真実は分からないが、きっと、東条が求めていたのは勝利という訳じゃ無かったんだろう。本人が気づいているかは分からないが、きっと、東条は欲しい何かを……ちゃんと掴んだ。


「……そういう考えもあるんだな」

「おうよ!基本ポジティブなのが俺だからな!……さて、ピットに戻ろうぜ?仲間が待ってることだしな!」


 そう言って東条は先にピットへと走っていった。


「仲間……か」


 俺は一人が好きだ。

 それはずっと変わらない。

 けど。だけれども、それは好きというだけのことだ。好きと、ずっとそうであれば良いという考えは別物だ。

 好きな料理の一品のみを、365日食わされたら、どんなに美味いモンでも流石に飽きるだろう。それは俺もだ。

 一人が好きでも、ずっと一人でいれば良いという訳じゃ無い。つまり…なんだ…その……。


「まあ二人くらい、仲間と呼べる存在がいるのも、悪くないよな……」


 俺がピットエリアへ入っていくと、そこには既に自転車から降りた御影と、ボトルを持った神無が笑顔で立っていた。


 俺の……大切な仲間達が――。

目が痛いです……。左目ボヤけてます…。

なので、その、……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ