春生小屋エンデューロ《ハーレム》5
◇
東条の驚いた顔が視界に入る。
…そうだ、その顔を拝みたかった。
その表情を見る為にかなりの無茶をして追いついた……正直、ギリギリだ。チャージはあるが、使っても10秒もつかどうかだ。
「……マジかよ、なんでそうなった…」
並走する距離にまで近づいた所で、東条が話しかけてくる。
ロードレース中に会話が行われることはざらにあるが、今は呼吸のリズムがキツイんだけどな……まあ、しかし。
「答え合わせ、するか?」
「――!」
「どうやって追いついたか、気になるだろ?俺が追いつく為に持ったモチベーションはそれを言ってお前を驚かせる所にあったからな…言わせてくれよ。俺の策をさ」
「……へぇ、親切じゃん。じゃあ聞かせてくれよ、あんだけ差つけたのに、いつのまにか追いついた……その魔法のタネをさ」
東条が頬に一筋の汗を垂らす。平然と振舞っているつもりなんだろうが、その焦りは見て取れるほどだった。
「じゃあ、答えを言おう。……まず初めに、俺はお前らがアタックした時……つまり集団から飛び出した次の瞬間、パンクをした。機体を替えて何とか戻ってこれたが、その頃には集団は半壊していた。使い物にならない程に…」
そう、あのままでは使い物にならなかった。本当に、前を追えるとか、そういうレベルの問題じゃなかった。
意思疎通も図れないほどに集団は崩れていた。だから――
「だから…俺は、使えない集団を使える集団にすることを初めに考えた」
「集団を…?コントロールしたってことか。いや、だけど…」
不可解といった表情をする東条。それもそのはずだ、バラバラになった集団をまとめるなど、そう簡単に出来るものでは無い。
だが、俺にはある秘策があった。
「知ってるか東条……今回はほぼ全員がランダムにハーレムカテゴリーに申し込んだ奴らばかりだ」
「ああ、そりゃ知ってるさ。ちゃんとしたチームは俺ら合わせて3組くらいだったからな……けど、それが何だってんだ?」
「……簡単な話だよ。正式なチームじゃない、つまりは男女の関係は、チームであっても組み上がってない。だったら、男は他チームの女子にも興味が少なからずあるはずだ。そして、美人であれば必ず男の目を引ける…例えば、御影とかな」
そう言い後ろを振り向くと、御影が少し照れ笑った。
「ま、確かに興味あるだろうな。正式なチームの俺もあるんだからな!」
何だか威張っているが、そこは威張るとこでは無いと思う……。まあ、それはいいとして。
「だから、俺は目立つ御影に話させたんだよ、作戦をな。集団の奴ら…特に男は興味深々で聞いたぜ?俺が作った策をな」
「…なるほど。確かに、注目の的がいれば意思疎通は取れる……。けど、ちゃんとした策とギブアンドテイクが無けりゃそれは成り立たない」
「ああ。だから勿論、好条件を提示したさ。飛びっきりの……俺がずっと集団を牽くっていう条件をな」
「⁉︎」
あり得ないと言わんばかりの表情で驚く東条と高畑。
そうだ、その顔が見たかった。しかし、驚き尽きるのはまだ早い――。
「交渉はすんなりと済んだ。縦一列は俺がずっと牽き、その他の縦列は交代交代で他選手が牽くってことにな」
「な!なんだよそれ⁈逆に自分達が不利じゃねーか!バカなのか⁈」
確かに、普通なら馬鹿な行為だ。風除けを多く作り、自分達が楽をする為の集団……なのに俺は休むという特権を捨てた。それは確かに、馬鹿な行為なんだろう。
けど、今回のレースには、風に関する盲点があった。
「東条、俺が牽いた列は一番真ん中の列だ。この意味、お前なら分かるんじゃないか?」
「一番真ん中…?……はっ!そういう事か!」
「どうやら気がついたようだな。そう、俺は風を完璧に受けていた訳じゃない。ちゃんと休んでいたんだよ…。縦の風じゃなく、横の風を受けないようにしてな」
「地形的な作戦…ってことか…!」
「まあ、そういうことだ。試走に来た時に海があるのは確認していたからな。海風の影響を考慮し、俺はそれを避けようとした。スタートから第1コーナーまでは左からの海風、折り返しからは右からの海風……つまり、」
「真ん中にいれば、横風は受けない!」
そういうことだ。
普通のレースなら横風は吹いたら対策を考えるものだが。今回は違う。
常に同じ所を周る為、風のパターンは大体決まっている。そして、海によって襲いかかる強い横風は、どの周でも絶対に対さなくてはならないものだった。
これを避けられない東条達に比べたら、俺の方が幾分か有利に走れる。そう考えた俺の……第1の作戦。
「けど、横風を受けないからって、追いついた理由にはならない。俺達より上の速度を出さなければ、追いつくことは不可能な筈だ」
「ああ、いい着眼点だ。まあ、当然だけどな、ちゃんと作戦には続きがある。……まず、集団を纏めて以降、指示は随時俺が出していった。主に速度を上げるタイミングをな」
「速度を上げたのは分かる!徐々に近づいていたのも。けど、捕まるほどの差では無かった!実況にだって耳を傾けていたんだ、それは間違いない!」
「実況…か。俺がもし、実況すら操って作戦進行させた、と言ったらどうする?」
俺の言葉を聞いた東条の目が、少し見開く。だが、直ぐに平然とした…しかしこちらを疑っているような表情に戻って言った。
「それはあり得ない。実況者は平等に、正確に実況の仕事をしてるんだ。操るなんて不可能だ…!」
「ああ、確かにそれは無理だ。けど、今お前言ったよな?平等にって」
「ん?それが何なんだよ?」
「平等……実況者ってのは起きている事をありのまま伝えなきゃいけない。プロの世界の実況者なんかは、闘いの最前線に変化があれば直ぐにでもそこの実況を開始する」
「…そりゃそうだろ。実況者なんだから。先頭に動きがあれば伝えるのは当たり前だ」
「…そう、思うか?」
「え?」
「もし、実況者の実況にパターンがあるとしたら?そして、それに俺が気がついたとしたら?」
「な!それは!いや、だけどパターンなんて……」
またも驚きの表情をする東条。どうやら、気がついていなかったらしい。
実況者の実況のその……法則に。
「…あのオネエ口調の実況者が人気の理由……俺には最初、正直分かんなかったんだよ。けど、よくよく聞いてたら何となく見えてきたんだ、あの人の…理念みたいなもんがな。その、絶対的平等の解説方が…」
「…絶対的…平等?」
「ああ。知らなかったか?あの人、必ず先頭から順番に解説してたんだよ。それこそ、逃げのお前らから、第3集団からあぶれたようなケツの奴らまでな」
「そ、それじゃあ…」
「そう、ちょっとやそっとの事じゃ、あの人は解説の順番を変えないんだよ。ホビーレースにおいて、自分達が実況されるっていうのは良いもんだ。例えビリでも、実況してくれたら嬉しい。だからあの人は人気があり、あの人も自分のやり方を変えない。その結果、順番通りの実況になり……必ず先頭が実況される訳ではない中でお前らは俺達を完全には……把握出来なかった」
順番通りに回る実況を取り入れて相手を騙す…。この作戦は結構序盤で思いついたんだが、まさか本当に使う事になるとは。
念の為に法則性があるかちゃんと聞いておいて良かったな、本当に。
「それじゃあ、つまり…」
「俺達はまず、自分達の集団が実況され終わった時毎に加速をすることにした。そうすることにより、気づかれず、徐々に速度を上げられるからな。そしてさっきお前達とすれ違った後、自分達の集団紹介が終わった瞬間に、今までに無いくらいの――加速。一気に差を詰めたって訳だ」
「……なるほど、さっきの桜の叫びはそれを伝える為のものだった訳か…」
高畑が歯をくいしばり、何かに納得する。どうやら、集団に残っていた山里が東条達にサインを送っていたようだが……失敗してくれて良かった。
正直、最後の加速で先頭と集団との差を20秒以下に縮められなければヤバかった…。結構危なかったらしいな、全く…助かった。
「俺達にどうやって近づいたかは理解出来た…けど!けどだ!リクさん達が飛び出したなら他の選手も今度こそ集団から飛び出す筈だ!それはどうしたんだよ⁈」
「ああ、それは――」
最近目が痛いです……書いてる時にしばしばします…。
だから…ゲームは一日3時間に…




