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一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。  作者: 沼口リオ
第1部 第五章
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春生小屋エンデューロ《ハーレム》4

「ふぅ…やっと戻ってこられた」

「リ、リクくん!…良かったぁ…もしかしたら戻って来ないかもって…」


 御影がホッと胸をなでおろしたのが分かった。俺も追いつけるか分からず不安だったが、御影も御影で不安だったのだろう。


「リクくん、それって?」


 御影が俺の愛機を不思議そうに眺める。そういえば、こいつは愛機の事は知らないんだよな…。


「神無が言ってた秘密兵器だ。こいつがあったから何とか戻って来れた。…そんなことより、状況は?」

「えっとね…飛び出した人はいないんだけど、東条くん達が集団をコントロールしてたみたいで、それが無くなったからか、皆んなバラけ始めてるんだ。おかげで壁は消えたけど…」

「…なるほど」


 確かに、集団に隙間が多く見られる。山里は中央に変わらずいるけど…さっきみたいに選手を動かしてはない……というか、隙間が多すぎて動かせないんだろう。

 ……さて、と。


「御影、前に行くぞ」

「集団から飛び出すの…?」

「いや、それはまだだ。俺に――作戦がある」




 ◇




『さあ〜て!レースはいよいよ残り30分!先程飛び出した〜!チーム《デモニック》が未だ2人で独走していま〜す。このまま決まっちゃうのかしらね〜?』


 当然だなぁ!


 ここまで全てが俺の計画通りだ。一片の狂いもなく、乱との2人逃げ状態。

 このまま速度を維持すれば2位に一周差つけて勝てる…!


「なあシンラ。集団がちょっと速くなってきてないか?」

「ん?」


 乱に言葉に、俺は視線を反対車線へと移す。

 そこには、必死で走っているメイン集団の姿があった。

 少しバラけてきてる…無理に追いかけたなありゃ。

 しかし。


「問題ないな。少しばかり速くなってきてる気もするが、もうそろそろ終わりだから必死になってるだけだろ。無理に速度上げて疲れる必要もないさ。大丈夫だ!このまま行こうぜ!」

「あいよ!牽きは頼むよ!」

「任せろ!」


 俺はそう応え、サイクルコンピューターに目を移す。

 速度維持、心拍正常…ペダリング安定。よし、全く問題ねえ!


 少し速度を落とし、スタート地点手前のカーブを余裕をもって曲がる。曲がってしばらくしてからユックリと乱に合わせて加速…徐々に速度を戻していく……はっ!完璧!


 俺は大雑把な正確な上、レースでも馬鹿みたいなパワー走りをするとよく思われる……が、そんなこと考えてると、喰っちまうぜ?悪いが自転車に関して俺は――


「なあ、乱?」

「ん?どうしたー?」

「俺って、天才だよなぁ⁈」

「ふっ…はははっ!そうだな、自転車だけだけどな!」

「ああ!」


 それで十分だ。学校のテストとか、社交性とか、クソ喰らえだ。

 俺は自転車の上では誰よりも賢く、誰よりも強くあれる!そして、ロードレースは速さが全て…力こそが正義…絶対だ!

 自転車(コイツ)でなら俺は絶対に、――負けねぇ!


 それに、今回は特別なレースな訳だしな……。




 ◇




 霊譚学園自転車競技部に入部した俺は、1年の頃からよく乱と2人で練習をしていた。

 俺が牽き、乱がつくだけの簡単な練習だったが、俺にとっては途轍もなく重要なもんだった。

 乱に人の動きと牽き方を学び、自転車の楽しさについてを教えられてきた。

 異性ではあるが、乱は俺の…師匠みたいな存在だった。きっとこれからも、俺に沢山の事を教えてくれる…乱と2人なら何処までも行ける!

 ……そう、思っていた。


 今年の春。俺は驚愕の事実を知った。


「なあ!どういう事だよ!他県の大学に進学するって!」

「あれ?言ってなかったっけか?」

「言ってねぇよ!どうすんだよ!俺、お前に誘われて自転車部に入って…そんでずっと…乱と一緒に…」

「はぁ……ったく、シンラなぁ?アタシだってずっとお前の世話してやれる訳じゃないんだぞ?どちらにせよ、卒業したら放課後は教えられなくなる。それは分かってんだろ?」


 呆れた顔で乱が言った。

 そんなことは…分かってる。けど、こんな…こんな何も返せないままで別れるなんて…

 ――嫌だ。


 俺はどうしようもない気持ちに、拳を強く握った。何か…せめて卒業までに、何か無いのか⁈


「――乱先輩、練習始まりますよ?…あ、シンラ先輩も。早く着替えてください」

「お、おう。分かったよ桜。…ん?その手に持ってるポスターってなんだ?」

「え?ああ。監督に貰ったんですよ。『興味ないかー?』って。自転車界の新しい試みらしいですよ。なんでも、男女が一緒に走ってゴールを目指すレースらしくて……」


 ――!男女…一緒に?


「な、なあ!そのポスター見せてくれ!」

「え…は、はい。良いですけど」


 戸惑いの表情を浮かべる桜からポスターを受け取り、俺は詳細を確認した。


「春生小屋エンデューロ……ハーレムカテゴリー。女性をエースにする新たなるレース…。……こ」

「こ?」

「これだ――‼︎」


 あまりのグッドタイミング、グッドレースに、俺はたまらず叫んだ。

 桜と乱が、かなり危ない人を見る目でこちらを凝視しているが……関係ねぇ!

 恩返しの機会!普通は共に走れない乱と走れる唯一の機会!出なきゃダメだ!


「なあ!このレース、3人で出ようぜ!」

「え…でもこの時期は合宿が…」

「そんなのいつでも出来るんだよ!これは今じゃなきゃ参加出来ない!そうだろ⁈」


 俺は桜にポスターを突きつけ、迫る。多分、今の俺の顔はかなり威圧的だろう。自分でも分かる。


「ははは!いいなぁ、それ!シンラとレースで走ったことは無かったし、アタシはのるよ〜?」

「え、えぇ…乱先輩までぇ……」

「よし!決定だ!3人で優勝するぞ〜!」


 納得のいかない顔の桜と、楽しそうに笑う乱。多少強引だが、この機会を逃す訳には行かねぇ。


 絶対に、乱先輩を勝たせて……今までの恩を返す!

 そう、胸に強く誓った。




 ◇




 勝てる!このまま行けば優勝だ!

 集団が追いかけてきてるが、あの程度の速度なら問題ない!


 再びすれ違った集団を横目に、俺は勝利を確信する。

 今、先頭をリクさんが牽いてる気がしたが…あの人でももう追いつけない筈だ。


 問題ない。全く問題なく…勝てる!


「なあ今、桜がなんか叫んで無かったか?」

「え、いや?俺には聞こえなかったけど…。きっとラストスパートの応援だろ」

「…そうか?」


 無理矢理誘っといてアレだが、桜は本当に良くやってくれた。桜以上に人の動きを計算し、コントロールする力を持ってる奴を俺は知らない。


 桜は頭脳で走るタイプの選手だ。ペダリングの力…人の動き、桜はその全てを計算で操れる…!


 そういえば、今年の女子部員の中でもあいつは抜きん出て頭良かったからな。入試でトップの成績取って新入生挨拶してたっけか?


「…ははっ 本当に、凄え奴だよ桜…後で礼を言わないとな!」


 俺は笑いながら駆ける。残り約15分。このまま行けば…!


『さあて、第三集団を引っ張っているのは〜――』


 第三集団…か。やっぱり即興で作ったチームじゃスピードは出せないしな。そんだけ集団が分かれんのも納得だ。


「乱、俺たちの作戦勝ちだな!」

「ったく…シンラ、お前の悪い癖だぞ?ゴールライン越えるまで気を抜くなって」

「ははっ!出会って結構序盤に言われた事だったな!大丈夫…気は抜いてないぜ。ただ、嬉しいんだよ。こんな完璧なレースが出来てさ!」

「…ふっ。まあ、それは同感だな」


 前にいるから見えないが、きっと乱は今、笑っているんだろう。

 そうだ。それでいい。このまま2人で行こう。ゴールへ…そして、表彰台へ!


『さあて!先頭は変わらずチーム《デモニック》‼︎安定した走りでトップをキープしていますぅ〜!』


 当然だ。トップをキープ?はっ!誰も奪いにすらこれねぇよ。

 集団の奴らに、俺達を捕らえられる力はねぇ!


『――そして、そのやや後方ぅ〜!差は10秒程度かしら〜ん?遂に、遂に動きがあったわぁー!アレは?ゼッケン番号2222!うーん縁起がいいわね!チーム《ゴールドムーン》よ〜!』


「……………は?」


 思考が、一瞬停止した。

 ゴールドムーン…?まさか、それって……


「シンラ!来てる!」


 乱の言葉に、俺は勢いよく振り向く。

 と。


 ――笑っていた。


 今まで見たことも無いような表情を浮かべているリクさんが、もの凄い勢いで迫ってきているのが分かった。



「――ふぅ…捉えた」



「っつ‼︎」


 その表情は笑っているにも関わらず、まるで全てを奪う……悪魔(・・)のように思えた。



昔、笑顔がウーパールーパーに似ているって言われてショックを受けたことがありました。

自分を何かに例えられるのって、ちょっとショックだったりしますよね……

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