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一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。  作者: 沼口リオ
第1部 第三章
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練習会と青春ボーイ2

 前から思っていたのだが、人間というのは何故、目的地近くになるとそれを感じ取るのだろうか?

 まあ、普通に起きている人ならば、街並みや標識で分かるかも知れないが、寝ている人が目的地に近づくと急に起きるというのは、少々謎だ。

 もちろん、人によって起きない人もいるが、どうやら俺は起きてしまう人種らしかった。


【春生小屋 1km】という道路標識が、窓から見える。何とも良いタイミングで起きたものだ。


「…ん…ぅぅん……」

「――ん?」


 何かの呻き声が聞こえたので横を見ると、その声の主であろう御影が、俺の肩に頭を置いてスヤスヤと寝ていた。

 爆睡しているところを見るに、眠かったのは俺ではなく、御影の方だったらしい。まあ、俺も少し寝てしまったのだが。


「あ、桜島くん。起きたんだね〜。もうそろそろで着くよ〜」


 ミラー越しに確認したんだろうか。俺が起きたのに気がついた神無が、声をかけてきた。


「ああ、分かった。御影も起こすか?」

「いや、まだいいかな〜。駐車場に入る時に起こしてあげて」

「了解した」


 何というか、こんな事を考えるのは失礼かも知れないが、神無は御影の母親のようだな。今の会話はまさにそんな感じだった。

 しかし……そうすると俺が父親みたいだな。やはり失礼な考えだったかもしれない。


「それにしても、センと桜島くんって、お似合いのカップルだよね。流れで付き合ったとは思えないくらいに」

「ん?そうか?」


 いきなりどうしたんだろうか?俺と御影がお似合いだなんて…。


「うん。息ぴったりだし、何というか、お互いがお互いを補ってる感じがするよ」

「……………」


 そういう考え方は、していなかった。


 俺も、御影との相性を考えなかった訳ではない。だが、考えれば考えるほど、真反対の人間だと思わされるばかりで、とてもじゃないが相性が良いとは考えられなかった。

 しかし神無はそれを、補っていると言った。正反対が組み合わさることにより、それを補う。俺には無かった考え方だ。


「やっぱ…色々と達観してるよな…神無って」

「そう?私は別にそういう風に自分の事を思ったことはないけど」


 声音を全く変えず、神無は当たり前のようにそう言う。

 何というか神無って、先輩とか先生とか…そういう目上の人のような印象なんだよな。全てを受け入れてくれそうな、良い意味での差がある人。

 もしかしたら、神無になら…勘づいた神無になら、俺の昔の事を話しても…良いかもしれないな…。


 と、俺はまだ起きかけの脳みそで、そう思ってしまうのだった。


「あ、そろそろ駐車場入るから。センのこと起こしてあげて」

「…ああ、分かった」


 目視出来る距離に駐車場がある。おそらくあそこに止めるのだろう。


 俺は神無の指示通り、御影を起こそうと横を見る。すると、未だに俺の肩に頭を置いている御影が、間抜けな顔をして笑っていた。もちろん目を閉じて。

 ふむ、寝言は言ってはいないが、一体どんな夢を見ているんだか。


「おい、御影。そろそろ着くぞ、起きろ」


 声量にあまり自信の無い俺は、御影の肩を揺らしながら目を覚まさせようとする。流石に揺さぶられたら起きるだろう。


「んん…ぅぅ…ん〜?」


 薄っすらとだが、御影の目が開いてくる。間抜けな笑い顔では無くなったが、実にボーッとしている顔だ。


「目的地だぞ御影、目覚めろ」

「う〜ん…リクくん?何で家にいるの?まさか…一緒に寝てたのかい…?」


 一緒に寝ていたことに間違いは無いが、その言い方はマズイ。やめろ。


「家じゃ無いだろ…。春生小屋に行く為に車に乗ったのを忘れたのか?」

「………あ!そうだった!っ…っ!」


 俺から体を離し、真っ直ぐの姿勢に戻った御影が、首を押さえながら痛そうな表情をする。

 まあ、あんだけ首を傾けて寝ていたのだ、寝違えるのも無理ないだろう。


「うぉぉ…首がぁ…首がぁ……」


 何やら猛烈な痛みと戦っているようだ。気のせいだろうか?ちょっと涙目なのは。


 それにしても、御影が離れたからか、急に()えてきた気がする。おそらくだが、御影の体温が俺を温めてくれていたのだろう。

 何というか、御影は体温を伝えやすい服装をしているわけだしな。



 俺は横目で、御影の体全体を眺める。

 ライトブルーとネイビーがメインカラーのサイクルウェアに、薄っすらとだがインナーも見える。

 インナーを着ているとはいえ、サイクルウェアというのは全体的に生地が薄い。その為、服の上からでも体温を感じやすいのだ。



 その状態で抱きつかれていたと考えると、今更ながら緊張をしてきてしまう。


 そんな事を考えていると、急に車がガゴンッと音を立てて止まる。周りを見るに、駐車し終えたようだ。


「はい!お疲れ様でした〜。着いたよ〜」

「ああ、ありがとうございました。というか、疲れたのは神無じゃないのか?」

「ははは。私はマネージャーだからね〜こんな所で疲れたなんて言えないよ」


 車のキーを抜き、こちらに笑顔で振り向く神無。何て出来た娘なんだろうか。


「いやぁ、ミドリがいなかったらと思うとゾッとするよー!きっと自転車サークルも立ち上げられなかっただろうね」

「ん?そうなのか?」

「うん。だってミドリとボクは――」

「はいはい、その話はまた今度!準備するよ〜」


 神無が手を叩きながらいい、車から出ていく。うん、実にしっかりしたマネージャーだ。御影と神無の関係については気になるが…時間は有限だからな、やるべきことをやらねば。


「そうだね、じゃあ今度教えてあげるよ。…さーて!じゃあ準備を始めよっか!」


 続けて御影も降りたので、俺も反対側のドアから外に出る。時間が経ち、日も昇ってきたのだから当たり前だが、朝よりは暖かい。


 そして、何の匂いだろうか?この生臭いような香りは…いや、しかしそんなに不快な匂いではない。

 どこか懐かしいような…記憶の片隅には確かにある、そんな匂いだ。


「リクくーん!ボクがロードを取り外すから、下で受け取ってくれな〜い?」

「ああ、分かった」


 仕事の早い御影が指示を出してきた。

 俺は反対側と回り込み、指示通り御影の下で構える。


 それにしても、危ない所で作業をしている。

 車のドアを開けた時にある足場に、つま先だけを置き、背伸びしている御影。一歩踏み外したら下へとバランスを崩し、転けてしまうだろうに。


 だが、流石というべきなのか?筋肉の震えなど一切見せず、ロードを取り外し、(にこや)かにこちらへと渡してくる。


「よろしくね!意外と重たいから気をつけて〜」

「…ああ」


 重いなら何で御影はこんなにも(らく)そうに仕事をこなしてるんだろうか?

 目には見えない力でも働いているのか?


 そんなことを考えながらにロードを受け取ると。…うおっ、重い…。

 あいつ、ドーピングでもしてんじゃないか?筋肉増量の。


「ん?なに?」


 怪しんでいる俺の視線に気づいたのか、御影が首を傾げてくる。

 まあ、あり得ない想像をしても仕方ないし…仕事に精を出すとするか。


「何でも無い。それより、足場気をつけろよ?足挫いたら自転車選手として最悪だろ」


 本当であれば、俺が危険な役割を勧んでするべきなんだろうが、何分(なにぶん)やり方が分からないからな…注意を促すくらいしか出来ない。


「うん、分かってる。ありがとね。…はい!次は君のね」


 続けて俺のロードが渡される。

 まあ、借り物だが。


「おおっ。…やっぱりこいつは重いな。御影のよりも」

「まあね〜。クロモリ製のロードバイクだから」


 クロモリ製ロードバイク…か。


 クロモリとは、炭素鋼にクロムとモリデンブンを加えた合金であり、昔から自転車の素材として使われている由緒正しき金属だ。


 このフレームには、ハッキリとしたメリットとデメリットがある。

 まずメリットは、その乗り心地の良さだ。他の素材とは比べ物にならないほどの弾性を有しているこの金属は、いくら乗り続けていても辛くならないと言えるほどに、乗りやすい。

 弾性だけではなく剛性も高い為、進んでいる心地が良いというのも、利点の一つだろう。

 一方、デメリットだが、これは単純に重い(・・)。今主流になっている自転車の素材に《カーボン》というものがあるが、それと比べてしまえば、倍以上の重さがあるだろう。もちろんモノによるが。


 ちなみに、御影のロードバイクはカーボン製だった。それにしては少々重いが、フレームの体積が大きいので、それは仕方ないだろう。


「さっ…て!それじゃあ春生小屋エンデューロのコースに行こっか!」


 御影が車から飛び降り、元気に言った。

 まあ、行くのは構わないのだが、その前に一つ問題がある。


「なあ、俺はどこで着替えればいいんだ?」

「ん?あぁ、そっか。リクくんはまだ着替えてなかったもんね〜」


 そう、御影は既にサイクルウェアだが、俺は私服のまんまなのだ。行く前は現地で着替えると言っていたが、何処で着替えるのだろうか?


「うーん……車の中でいい?」

「いや、それは嫌だな。周りに人はいないが、流石に外から見える車の中で、サイクルウェアへと着替えるというのは、ハードルが高い」


 というか、俺が精神的に耐えられない。

 いや別に、俺は普通の着替えを車の中でするのが嫌なわけでは無い。サイクルウェアだから嫌なのだ。

 サイクルウェアというのは、下着類を一切履かずに装着する。即ち、一瞬だとしても、丸出し状態になってしまうのだ……。


 そんな危険な着替えを、俺は車の中という身動きを上手く取れないところでしたくは無かった。


「…仕方ない。さっき近くにトイレがあったからな、そこで着替えてくるとするさ」

「そう?別に気にしないのに」


 俺が気にするんですよね。俺が恥ずかしいんですよね、ハイ。

 本当だったらトイレで着替えるというのも少々(はばか)られるのだが、この際仕方ないだろう。


 俺は車の中にあった着替えを手に、トイレへと向かった。




 ◇




 さてと、戻るとするか。

 着替えを済まし、ついでに用も済ました俺は、絶賛手洗い中であった。やはり何事でも清潔感は大事だ。

 入念に洗っておこう。スリスリスリスリと…。


 もはや何かの作業のように手を擦り合わせていると、誰かが俺の背後を通ったことに気がついた。

 ――カツンッ…カツンッと、何やら聞き覚えのある音が耳に入ってくる。


 俺は前にあった鏡の反射を利用し、後ろの人物を確認する。まさか、御影が入ってきたんじゃ無いだろうな?そう思ったからだ。


 だが、違った。俺の目に映った人物は正真正銘の男…それも――少年だった。

 鏡越しに目が合い、少年が足を止める。

 不思議に思った俺は、蛇口を閉め、若干下を向きながら振り返る。と、やはり予想通り、ビンディングシューズが目にとまる。


 あんな独特なカツカツ音は、ビンディングシューズに付いているクリートが、地面に当たっている音以外あり得ない。

 それに、少年は俺と同じくサイクルウェアを着用していた。間違いなくサイクリストだろう。


「――お兄さん、春生小屋エンデューロ出る人ー?」

「ん?」


 いきなり話しかけられた事に驚き、俺は目線を下から少年の顔へと移す。


 うん、何というか、ザ・青少年って感じだ。

 紺色のツンツンとした髪に、琥珀色の瞳。肌が健康的に焼けている所を見るに、日中でも相当走っている自転車乗りと見える。

 高校生位だろうか?青春してんだろうな、きっと。


 …っと、いけないいけない。思わず自分が青春していないような悲しい気持ちに陥ってしまう所だった。一人でもそれなりに楽しいことあったよ?そりゃまあ。


「あの…お兄さん?何でそんな思い出に浸ってる顔してんの?」


 何やら心配そうに半笑いで少年がこちらを見ている。やめろ、そんな目で俺を見るな。


「別に青春時代は楽しかったさ。それなりにな」

「えっと…会話が成り立って無いんだけど…ははは…」


 何か失笑してっている。えっと、何だったか?春生小屋エンデューロに出るか…とかだったな?質問は、確か。


「出るぞ。春生小屋エンデューロ。これでも優勝狙いだ。何だ?君も出るのか?」

「お、おうよ!カテゴリー《ハーレム》でね。もちろん優勝狙いさ!」


 何だ、同じじゃないか。ということは敵だな、こいつは。

 威嚇しとくか?……いや、やめよう。何というか、迫力負けする気がする。


「とりあえず、それは宣戦布告と受け取っておこう」

「え⁈もしかしてお兄さんもハーレム⁈あーチクショウ!違ったら良いなって思ってたのにー!」

「は?どういう意味だ?」

「え、あ、怒らないで下さいね?俺って、レース前に勝てないって思うことあんまり無いんですけど……パッと見、お兄さんには勝てるイメージが湧いてこないっていうか……インスピレーションが無い?的なやつだなこれは」


 ん?ん?インスピレーション?何を言ってるんだこいつは?よく分からんが…とりあえずは…。


「なあ、何か勘違いしてないか?俺は別に、百戦錬磨の猛者じゃないぞ?それか、別の誰かと勘違いしてるな?俺って、何処にでもいる日本人っぽいしな」

「……いや、人違いとかではないんだけどなぁ。お兄さんのこと見るのは初めてだし…。ただ、絶対に強い…でしょ?レース優勝とかしたことある人の匂いだもん」


 鼻をヒクヒク動かしながら少年が言ってくる。何だか犬っぽい。何かの比喩だとは思うのだが…まさか本当に匂いで判断してるのか?…それにしても――

 今日は神無の勘づきといい…何て日なんだ。こんな少年にまで心臓の鼓動を早められるとは、思っていなかった。


「…俺は、ただの雑魚だよ。自転車サークルに入ったばかりのな。レース?何それ美味しいの状態だな」

「うぅむ…その否定が怪しい…。まあ、いいか!ところでお兄さん、名前は?あ!ちなみに俺は東条(とうじょう)シンラってんだ。よろしくね〜」

「よろしくしたくない……が、そちらが名乗ったのに名乗らないのは無礼だからな……桜島リクだ。スタートリスト出たら読んで確認しとけ」


 というか、スタートリストはいつ出るんだろうか?


 スタートリストとは、レースに出る人の一覧や走るカテゴリー、チーム名が確認出来る表のことだ。大体は、レースのホームページから見ることが出来る。


「桜島…リクさんか…覚えとくよ、レースの時の為にね…」


 そう言い、東条はトイレの奥へと入っていった。不気味に口元を歪ませながら。


「…………………」


 あいつ…何て鋭い目をする奴なんだ……。今のは完璧に、獣が獲物を狙う時の目だった。

 少なくとも、俺にはそう感じられた。


「余計な敵を作っちまったか…?」


 俺は小さく呟き、何かよく分からない自分の災難っぷりに肩を落とした。

人間から放たれてる『気』って、あると思いますか?


「こ、こやつの気はなんだ⁈」

「ふふふ、怖気付いたな貴様…我に畏怖したな!」


的な。後は殺気を感じとるとか。まあよく分からないですよね。少なくとも私には分かりません。

まあ、あったら面白いし、出来れば自分から独特的なの出てたらいいなぁ〜とか考えたりもするんですが…


「お前からは俺と同じ匂いがする」というのも、こういった『気』とかが関係あるんでしょうか?いや、普通に柔軟剤が一緒なんじゃない?とか私は考えちゃうんですが。(屁理屈)


そんなこと言ってたら物語進まないし、偶然で運命な出会いも起こらないですよね?


まあ、こんな長々と何が言いたいかと言いますと……エンカウントの仕方って、難しいですね。

普通、自転車レース前に、敵と遭遇しても話はしませんよ、ハイ。まあけど、自転車乗りは自転車乗りに引かれ合う(走るコースが限られているから)ので、その一環で敵と遭遇して、敵がたまたまコミュ力高いやつだったということで手を打ちましょう。


何か御託を並べまくってますが、とりあえずこのくらいで終わりにします。一人だと私は誰かに話しかけたくなるんですよ。壁とかね?

そんなこんなでまた明日!独り言は続くので、よろしくお願いしました。

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