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ファミレスにて。

 彼女が僕を連れて入ったのは、ファミレスだった。

 連れられるがままにコンビニからここまで歩く僕の姿は、よく躾けられた犬のように従順だっただろう。どこに行くのかも聞けず、どんどん進んでいく彼女の後ろ姿を眺めながら、とぼとぼ付いて歩くしか出来なかった。

 何度か振り返って僕の様子を確認していたのは、きっと僕が逃げないか確認していたに違いない。




「かしこまりました。では少々お待ち下さい」


 

 いつのまにか注文を終えていたようで、店員が端末を操作しながら去っていくのを僕はぼんやり眺めていた。

 やがて見えなくなってしまうと、改めて二人きりなのが何だか気まずくて、それとなくスマホに視線を移した。いつの間にか、日付が変わろうとしていた。


 明日も仕事だし、出来れば早く帰りたかった。

 そもそもどうしてこんな事になってしまったのか未だに理解が出来ない。

 さっきコンビニで出会ったばっかりの女性に食事に誘われるなんて、よほど自分の魅力に自信がある男でもなければ怪しい勧誘か何かだと思うのが普通だ。


 なのに、彼女から何かを勧める様子もないし、残念ながら自分の魅力については自信喪失の真っ最中だ。

 更に言うなら、女装している。世間一般の常識にあてはめるなら、怪しいのはこちらだろう。


 ああ。考えれば考えるほど何が何だかわからない。意図がわからないまま向かい合っているこの状況は、僕の神経をごりごりとすり減らしていた。

 そして彼女はと言うと……目の端にちらちら映る限りでは、ニヤニヤ楽しそうに笑いながら僕を眺めているようだった。


「ヘンタイさん、ヘンタイさん」


 上目遣いに視線をうろつかせながら様子を確認していると、彼女が頬杖をついて僕を呼んでいるのが見えた。呼ばれたからには目を逸らすわけにもいかない。


「ヘンタイさん、名前は? わたし、白河」


「あ、安達と言います」


 自然な名乗りに、ごく普通に本名を答えてしまって少し後悔する。

 ただ、これ以上ヘンタイ呼ばわりされるのは遠慮したかったので名前で呼んでもらえるなら少し気持ちが楽になる。


「安達さん、ね。何でそんなカッコしてるの?」


 呼び名が変わったことで思わずほっとした。

 それにしても、物怖じしない人だ。答えにくい事をズバズバ聞いてくる。


「んー、趣味? その割には、慣れてない感じ。足、痛そうだったし」


 そして、割とせっかちのようだ。何と答えたものか考えているうちに推測を述べ、あっという間に話を進めてしまう。


「わかった、罰ゲームでしょ!」


 思わず、ドキリとした。


「お、その顔! 当たり?」


 当たっては、いない。だけど、僕が女装している理由はそれにとても近い・・


「違うの? その反応、なんかヘン。それにしても安達さん、本当に顔に出やすいね」


 あなたもね、と言いたいところだった。

 いかにも可笑しい、というように笑い出す白河さんは、顔と言うより行動に出やすいのかもしれない。


「じゃあさ、なんで女装なんかしてるの?」


 一言も返事をしていないのに、どんどん会話が進んでいく。返事を考えるヒマもない。

 料理を持った店員さんがこちらに歩いてくるのが、助け舟にしか見えなかった。


「お待たせしました。カレーうどん定食大盛、温玉トッピングのお客様?」


 手に持ったお盆からいいにおいが流れて来る。

 何となく店員さんの声が僕に向いている気がするけど、残念ながらそれは僕のじゃない。注文したのは白河さんだ。

 現に今、嬉しそうに手を挙げて自分の前に置けとばかりに催促している。


「さ、食べよ食べよ」


 自分が質問していた事も忘れたように、白河さんは箸を手にして言った。

 僕は彼女に倣うように、ちんまりと皿に載ったホットケーキにフォークを突き立てる。この調子だと、質問に答えるまで帰してもらえなそうだ。





 白河さんは、とても美味しそうに食事する人だった。

 僕の目の前の皿はもう空だったけど、ジャマするのも悪くなるくらい美味しそうにうどんをすすっている。食べ方が綺麗なのか、白いブラウスにカレーを飛ばす事もない。

 手持ち無沙汰とは言えあまりじろじろ見るわけにもいかない。かといって席を離れるのも決まりが悪い。

 仕方なくポケットからスマホを取り出して電源をつけると、既に日付が変わっていた。



 目的の品を手に入れた事だし、本番・・にむけてそろそろ帰りたい。

 スマホを操作するフリをしながら彼女を盗み見ると、箸を置いて嬉しそうにスープをすすっているところだった。この分なら、もう食べ終わるかもしれない。

 僕は再びスマホを手に取り、何かを読むフリをしながら食事が終わるのを待つことにした。


「で、何で女装なんてしてるの?」


 僕の気持ちが届いたのか、はたまた彼女の性格なのか、彼女は食事を終えると紙ナプキンで口元を拭きながら、すぐさまそう訊ねてきた。

 早くこの場を引き上げたくて、僕は急いでその問いに答える。


「実は、好きな人がいるんです」


 気持ちが急いているからか、かなり色々と飛ばした答えになってしまった。白河さんも理解が追いつかないのか、目を見開いて驚いている。


「安達さんが? それとも、女装が?」


「僕が、です。説明するので、聞いてもらえますか」


 眉を顰めた顔で、理解出来ないとばかりに首を振る彼女に何とか早く理解してもらいたかった。そろそろ寝ないと、準備をする時間がなくなってしまう。



 白河さんは諦めたように頷くと、また頬杖をついて僕を見た。

 そう言えば、表情も幾分きりっとしているような気がする。大分酔いが醒めてきたのかもしれない。余計な事を騒がれなければいいんだけど。

 少し心配になり、僕は急いで説明を始めた。


「職場に普段から仲がいい女性がいるんです。その女性に想いを告げたら、私と同じ格好で出勤するなら考えてあげる、と言われまして」


「は?」


 まあ、最もな反応だ。

 僕も自分で言っていて、ヘンな話だと思う。それこそ、初対面の女性とのディナーに、女装していくのと同じくらいおかしな話だ。


「まあ……そういう反応になると思います。おかしな要求されてるから信じられないでしょうけど、その彼女とは本当に仲がいいんです。だから、告白してこんな条件出されるとは思ってもいませんでした」


「突っ込みどころが多すぎ。出勤するって事は女装で仕事しろって事でしょ? 職場的には、それはOKなの?」


 これまた、最もな質問だ。


「うちの会社、内勤の服装はかなり自由なんです。ジャージもOK。サンダルで出勤して来る人もいます。僕も仕事で外に出る事があまりないので、女装しても一日くらいなら許されるかなって」


「待って、今女装してるってことはこれからお仕事?」


 僕はその問いに首を振って否定する。


「これは予行演習みたいなもので。女装して出勤する期限は、明日……じゃないや、今日ですね。彼女と同じ格好、って言われた中に今日までしか買えないものがあったんです。それが、さっき譲ってもらったコレ」


 隣の椅子に置いていた買い物袋から例のストッキングを取り出して見せる。

 このストッキングが、ある意味では今回一番の課題だった。


「このブラウスとかスカートなんかは、サイズわからないから通販で何種類か買って間に合わせたんです。でもストッキングだけ店舗限定なんですよね。今日……もう昨日ですね、昨日までの店舗限定商品だったんです。だから、女装して出勤する期限も今日までってことにされてました」


「ふーん。それであんなに必死にお願いしてた訳ね。それにしても、予行演習で女装ってすごいことするね、安達さん」


 改めて言われて、僕はまた恥ずかしくなる。


「今日の仕事は一日この格好ですから……どんなものなのか、少しでも試しておいたほうがいいと思って。よく女みたいな顔だって言われるから大丈夫かと思ったんですけど、すぐばれちゃいましたね。……足、もう靴擦れだらけです」


 席についてすぐ脱ぎ捨てたパンプスを足で転がしながら、僕は苦笑いを浮かべて言う。

 しかし僕の様子が白河さんの興味を引いたのか、彼女の口から出た言葉は想像とは違うものだった。


「なんか、面白そうじゃない。酔いさめちゃったし、飲みいこ。はいこれ、ご馳走様」


 答えも待たずに渡されたレシートを手にした僕は、諦めて傷だらけの足をまたパンプスにねじ込む。

 もう大分、痛みには慣れ始めていた。

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