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コンビニにて。

 間抜けなメロディが、僕の入店に合わせて鳴り響く。

 いつもこのメロディを聞くと気が抜けるような、歓迎してるのかと問いたくなるような、不思議な気分になる。だからという訳ではないけど、この系列のコンビニエンス・ストアに来るのは考えてみれば随分久しぶりだった。


「いらっしゃいませー」 


 メロディに反応して、店員さんが機械的に歓迎してくれる。いや、やる気がないのを隠そうともしないから、歓迎してるとは言えないかもしれない。

 しかし今日ばかりは客に関心がない店員ほど嬉しいものはない。そのまま出来れば最後まで、僕には関心を払わないでいて欲しい。


 陳列されている商品を眺めながらそんな事を考えているうちに、目的の棚をとっくに通り過ぎてしまっていることに気付いた。

 ああ、何をしているんだ僕は。何だか気まずくて、目の前に並んでいるカードタイプのガムを手に取って手に持った買い物カゴに放り込む。

 

 もう一度、前の棚に戻らないと。

 ざっと見た限り、今通った日用品の棚には目的のものは見当たらなかったような気がした。売り切れ、と言う結末が脳裏をよぎる。


 頭のどこかで誰かが『無いならしょうがないじゃないか』と囁いている。しかし僕は慌てて髪を振り乱し、その誘惑を振り払った。

 ダメだ。このままじゃせっかくの準備も決意も、全て無駄になる。それにある意味・・・・では、既に取り返しだって、つかない。


 もう一度。もう一度、しっかり目的の商品を探してみよう。僕はうざったい髪を払いながら、決意を新たにする。レジの前を通るのを避けて、たった今来たばかりの通路を引き返した。


 時間は、もう二十三時前。のんびり店内をうろうろしてはいられない。もし見つからなかったら、急いで他の店を回らないといけなくなる。


 再び決意して、靴擦れしはじめた足を動かす。

 しかしその時、例のメロディが僕の決意を嘲笑うかのように再び店内に響いた。


「いらっしゃいませー」 


 他の誰かが来店したらしい。

 わざわざ店内の客が減るのを待ってから入ったのに。出来れば人目にはつきたくないのに。思わず、足が速まる。さっさと目的のものを探して、この店を……。


「あっ……」


 聞こえるか聞こえないかの、随分頼りない声が漏れた。

 日用品の棚には、先客がいた。恐らく今入店したのは、この女の人だろう。

 そして彼女の手の中にあるのは、僕が探していた『目当ての商品』だった。

 完全に見落としていた。しかもあれが最後の一つだったらしい。彼女の目の前の棚が一箇所、ぽっかりと空いている。


 決まりの悪い事に、さっきうっかり漏らした声が聞こえてしまったようだ。商品を手に取ったまま、彼女はじっとこちらを睨んでいる。

 よく見ると顔がほんのり赤いし、少しふらついていた。もしかしたら酔っているのかも知れない。


「……なに、見てるの?」


 どうする。どうしたらいい。

 彼女の持っているアレが最後の一つだったことを考えると、別のコンビニでも売り切れているかもしれない。


「ちょっとぉ、無視しないでよぉ」


 やっぱり、酔っている。見知らぬ酔っ払いなんて普段なら相手にしたくもない。

 でもここは、言わなきゃいけない。彼女がぶんぶん振り回しているモノを譲ってもらうなら、今がラストチャンスだ。


「ええとですね……。それ、欲しいんです。最後の一つ」


 意を決して、僕は口を開く。

 彼女が持つストッキングは、このコンビニ系列でしか売ってない。しかも、販売が今日で終了する限定商品だ。


「……これ? あなた……女?」


 わかってはいたけど、いかにも怪しいものを見る様な目をされた。

 だけど、こればかりは仕方ない。僕は今、女装・・をしているのだから。

 彼女の口ぶりがさっきよりはっきりしているように感じるのは、変なものを見たせいで酔いが醒め始めているのかもしれない。


「女装癖ってヤツ? うわあ、ほんとにいるんだ……。へえ、ふーん」


 彼女は遠慮なく僕の恰好を上下に見渡して、笑いを堪えながら口を開く。


「ヘンタイさん、そのワンピース結構似合ってるじゃん。これあげてもいいけどさ……ご飯くらいおごってくれるよね?」


 プラプラと餌を見せびらかすようにストッキングを揺らしながら、とても楽しそうな表情を浮かべて彼女は言った。

 食事に誘われるなんて、予想外すぎて適切な断り文句が思い浮かばない。

 しかし、答えられない僕を見て彼女はすぐさま小声で追い討ちをかけてくる。


「女装した男の人に声かけられた、って騒ごうか?」


 どうやら僕には、諦めて食事する以外に道はないらしかった。




 なんとか目的のモノは入手出来そうなのに、気持ちは滅入る一方だった。

 一体なにがどうして、こんなにおかしな成り行きになってしまったんだろう。


 理解が追い付かないまま、僕はレジカウンターに緑のカゴを置いて彼女を見る。

 自動ドアのそばで腕組みに仁王立ちで待っている彼女からは、『逃がさないぞ』と言う無言の圧力を感じる。先程の食事の誘いは、本気だと思った方がよさそうだ。


「――円です」


 請求された金額が全く聞き取れなかった。

 目的を果たした高揚感と、あっさり女装が見破られた悲しみ、そして突然の食事の誘いでかなり頭が混乱しているらしい。

 あわててレジで表示されている金額を確認して、財布から千円札を取り出す。


「ありがとうございましたー」


 店員は目も合わせようとしないまま、商品を入れたレジ袋とお釣りを差し出す。

 僕は大した確認もせずに小銭をいつも使っている無骨な財布に放り込み、その財布をおもちゃの様に小さなバッグに放り込んだ。


 それにしても……。

 女装を見破っておいて食事に誘うなんて、どういうつもりなんだろうか。

 さっき横目で見た彼女のこれ見よがしな待ち姿(・・・)を考えると、冗談で誘ったわけでは無さそうだ。


 本当は心のそこから行きたくないけど、逃げるという選択肢は無理がある。

 通報でもされたらたまらないし、逃げようにもこの・・ハイヒールで上手く走れる自信なんてない。無駄にあちこちうろうろしていたせいで、靴擦れだってひどかった。


「その顔なに? 本気で行くの? って顔が言ってるよ。顔によく出るタイプでしょ」

 

 諦めて彼女の元へカツカツと歩いていくと、お怒りの様子でそう言われた。

 あまりにも正確な指摘で反論も出来ず、僕は思わずうつむいた。もしかして、レジを通す間もずっと監視していたんだろうか。


「ほら、買い物終わったんでしょ。ごはんいこ、ごはん」


 黙って下を向いていると、視界の端に映っていた足がくるりと逆を向いて歩き出す。これはいよいよ、本気で食事に連れて行かないとダメらしい。


 彼女は返事も待たずにどんどん歩いて店を出て行った。

 そして、彼女の代わって急かすようにまたあのメロディが流れる。


「……はあ」


 僕は気の抜けたメロディにかぶせるように、堪えていたため息をやっと吐き出した。


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