3つの願いとかよりトイレ行きたいです
AM8:30分。登校のために、満員の電車にごとごと揺られる。
もう5月の終わり。夏の暑さが徐々に顔を見せてきた今日この頃。電車の中では、夏に対抗すべく人間の開発した冷房器具という名の英雄がその力を存分に発揮している、というか、張り切り過ぎている。
寒さは服を貫いて肌を刺す。おまけに揺れも激しい。速度もいつもより遅い。
こんな時にかぎって……。もう、これは、車掌の陰謀としか思えない。
苛立ちで、唇を噛んだ。貧乏揺すりが止まらない。
腹痛い、腹痛い、腹痛い、腹痛い、腹痛い、腹痛い、腹痛い、腹痛い、腹痛い!
腹の中でゴムボールがかなりの強さで跳ねまわっている。肛門が内側から、ラグビー部のようなタックルで責められている。冷汗が出て、さらに冷房の効果倍増。
「○×駅〜、○×駅〜」
ドアが開いた。
電車を勢いよく飛び出し、勢いよく飛び出しそうなラグビー部を堪えながら、プラットホームを進む。そして難関の階段を、泣きそうになりながら必死に登る。
周りの目とか――特に好きな女子の目とか――すっごく気になったけど、猛ダッシュ。漏らすよりはマシだ。
なんせ、この駅の男子便所には、個室が一つしかないのだ。
とられるわけには、いかない。絶対に。
トイレが見えてきた。しかしまだ、油断はできない。肛門の力は緩められない。
「あと少し、ファイト」
自分にエールを送る。気分はもうマラソンでの最後のランナー。
トイレに入り、すぐに個室へ。
個室の戸は閉まっていない。よかった。あぁ、よく頑張った自分。
「ぱんぱかぱーん!」
「ぅぉ?」
思わず、漏れそうになった。
ここは男子便所。なのに、なぜだか……、洋風便器の上に1人の少女が――オカッパの小学生くらいの少女が――座っていた。
「おめでとーございまーす! あなたでこのトイレの利用者1000万人目でーす」
少女は満面の笑みだ。
「なんと1000万人目のお客様には、特典として、3つのお願い事を叶えて差し上げちゃいます! あ、ちなみにわたしは妖怪の花子です」
一方の、俺は泣いていた。腹痛はつらいけど、さすがに少女――妖怪かなんかは知らないけど――の前では……できない。せめておっさんなら、おっさんの前でなら恥ずかしさを我慢してできたのに……。
少女は便器から飛び降り、俺の前に立つ。頭が俺の胸にも届かない小さな女の子。
「まぁまぁ、泣くほど喜ばないで下さい」
ぽんぽんと、腹の辺りを叩かれる。
「ぁあっ」
慰めるつもりだったかもしれないが、今の俺にはボクサーのパンチをくらったような、痛みが走った。
そんな俺を気にする様子もなく、少女は事を進める。
「さぁさぁ、どうぞ1つ目のお願い事を言ってください」
「……そこ、どいて」
「え、そんなことでいいんですか?」
首は、残像が残るほど、激しく上下に動いた。
少女が1歩右にずれる。
俺が訝しんで見ていると、
「はい、どきましたよ」
こ、こここここ、このゲス野郎っ!
「ふふっ。あ、さあ、2つ目のお願いをどうぞー」
ぜ、ぜぜぜぜぜぜぜぜ、絶対ぐーでげんこつだからなっ!
とか心の中で叫びつつも、そんなことできるわけもなく俺は言う。
「……トイレから出て行ってください」
「えー、そんなことでいいのー?」
少女がだだをこねるように、俺を揺らしやがる。
「やめっ、ホントに」
しばらく俺を睨んでいたが、しょうがないとでも言うようなむくれっつらで、トイレから出て行く。即座に、戸を閉めた。
ベルトに手をかける、前に確認をする。俺はそこまで馬鹿じゃない。こんなベタベタな展開読めているんだ。
トイレットペーパーがないというオチ。
予想通り、トイレットペーパーはない。絶対、あの子がやったんだな。
今は腹痛の波も下降気味。冷静に、思考を張り巡らせる。
「よし」
俺は便座の上に鞄を置いて、トイレ待ちの人に事情を伝えて、改札まで行き、トイレットペーパーをもらう。
「ちっ」
うつむき、舌打ちをする少女。
ふふふ。なめるなよ。
ていうか、本当に最低だなこの子。ちょっと将来が心配になる。
とにかく、俺はズボンを下ろし、便座に座った。30分苦しめられた、腹痛に開放される時がきた。
ここはちょっと自主規制。
「ふぅ」
ブツを見て若干笑いながら、トイレットペーパーで尻を拭き、ズボンを上げた。
腹痛の原因とおさらばするために、バルブを押す。
「……ん?」
もう一回、強くバルブを押してみる。
「……」
「ふふふふふ」
こっちもか。
「3つ目のお願いは、なんですかぁ?」
声が笑っている。
「……水が流れるようにしてください」
「ただの小学生にそんなことできると思います?」
まじかよ。