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天涯の檻  作者: 川字
9/12

入隊準備

「サラ!あなたって人は…」


 エメラは息を切らしながら、怒ったような顔で何を言おうか考えているようだった。本当に美しい人は、怒った顔も可愛らしいのだな。そんなことを思いつつ、サラの顔はどうしてもにやけてしまう。


「おめでとうと言いたいところだけれど、あんなに危ないことはやめてって言ったじゃない。王国護衛隊なんて、この国で一番危ないことなのよ?」

「でも、誰よりも姫様の近くで、姫様をお守りすることができます」


 ニコニコと嬉しそうなサラの様子に、怒っている毒気を抜かれたエメラはふうと溜息をつく。


「本当に、本当に心配して言ってるのよ?意地悪じゃないの」

「ええ、わかっています。ご心配下さってありがとうございます、姫様」


 どこまでも嬉しそうなサラに、エメラもようやく文句を連ねるのを諦めた。


「おめでとう、サラ。これからあなたが側に居てくれるのは、とても心強いわ。今まで男性しかいなかったから、とても助かるし、あなたで嬉しいわ。そうだ、お茶会にも来てほしいわ。カイオス、サラの指導係は誰になるのかしら」


 少し離れたところで式の後始末をしながら見守っていたカイオスが、手を止めて答える。


「サラ隊員は第三位入隊ですので、直属の上官は副隊長のフィリクですね。指導係もフィリクに一任しております」

「サラちゃん、よろしくねえ!上官だけど、気軽にフィリクって呼んでいいからね~」


 フィリクはどこにいたのか、名前が出た途端に現れてサラの手をとった。サラはどうしてあの入隊試験の時、この第二位の隊員を倒せなかったのだろうかと本気で自分を呪った。しかしあの時のフィリクの強さは圧倒的で、今やり直しても倒せる保証はないのだが。このお気楽な男がずっと一緒とは、頭が痛い。


「フィリクが一緒なら安心ね。フィリク、カイオスも、サラのことよろしくね。私の一人っきりのお友達なの」


 エメラが二人に向かって手を組んでお願いする。ただ一人の友達。その言葉で、あまり相性の合いそうにないフィリクに手を握られていても、サラは天にも昇る心地だった。


「お任せください、お姫様。僕が手取り足取り、全て安全に教え込みますから」


 フィリクが安請け合いすると、エメラはにこっと笑って別の隊員に伴われて自室へ戻っていった。


「じゃ、サラちゃん、僕らも行こうか。準備することがたっくさんあるんだよね、もうあり過ぎるから最重要項目だけ今日やっちゃって、残りは追々実践の中で教えてくからね」

「サラ、頑張って。フィリクは信の置ける人間だから、安心して何でも聞いていいから」


 カイオスにそう言われても、サラの心は晴れなかったが、フィリクがぐいぐいと手を引っ張ってどこかへ連れて行くので、はいと返事をするので精一杯だった。


「どこへ行くのでしょうか、上官殿」

「もう固いな~フィリクでいいってば。まずはね、採寸だよ、鎧の。僕らの普段着だね。採寸してすぐ誂えてもらわないと、結構時間かかるからさー」


 急ぎ足で城内から出ると、一台簡単な馬車が待機していた。それに素早く乗り込む。


「じゃ、馬車で工房に向かってる間に王国護衛隊の基本理念をお勉強しよっか。僕らはこの国を守るための特別な兵士なわけだけど、守るものには優先順位がありまーす。さて、王の一家4名の優先順位はわかるかな」

「一番は国王様ですよね、二番は女王様でしょうか。で、姫様に王子様?」

「一番は正解。二番は王子で、三番が姫様、四番が女王様。ひどい言い方をするようだけど、代わりがきかないものが上位ね。国王様が一番なのは当然として、二番は王位継承権一位の王子、三番が王位継承権二位の姫様、四番の女王様はもし死んでもまた他所からお妃様を娶ればいいじゃんってことで一番下です」

「なんだか嫌な考え方ですね。女王様と同じ人はいないでしょうに」

「そうなんだけどね~これはずっとこういう考え方なのよ。王様さえ生きてれば、後継ぎは作れるしね。今の国王様は女王様にゾッコンだからさ、切り捨てるような考えはお嫌いだけどね。ま、あんまりないと思うけど、もし有事の際にはこの順位頭に入れといてね」

「…わかりました」


 サラはもし選ばないといけないような場面がきたときに、姫様を見捨てて王子や国王を助けられるか自信がなかった。自分だったら、姫様を咄嗟に助けそうだ。そんなことを言ったら、王国護衛隊失格として除隊されかねないので、決して口には出さなかったが。自分の中の優先順位が、隊とは異なることがサラの中で最大のネックだった。


「あとは、これね」


 フィリクが懐から黒く小さな粒を二つ取り出す。手の平に乗せ、サラに差し出す。


「これはサラちゃんの分」

「なんですか、これ」

「基本的に科学の発達が奨励されていない我が国だけど、これは大変便利でね。特別に異国から仕入れて隊だけで使ってるんだ。こうやって、耳に嵌めて使うんだよ」


 フィリクが自身の右耳を見せながらトントンと指で叩いて示す。サラたちのいるこの国は通称豊穣の国と呼ばれ、自然の恵みが非常に豊かで、農作物や海産物を主に貿易等に使うことで栄えている国だった。国の貴重な環境を守るために、大地を汚す恐れのある科学の発達は奨励されていなかったし、濫りに持ち込むことも禁止されていた。そのため、そういった機械類はほとんど縁のなかったサラなので、フィリクの嵌めているものがなんなのか、見当もつかなかった。


「これはね、通信機器なんだ。耳に嵌めて、一度軽く抑えると電源が入る。そうすると王国護衛隊の隊員たちでこの通信機を嵌めている人の発信は全て聞こえる。自分が何か話したいときは、二度抑えて。話し終えたらまた一度抑えてね。片耳だけに嵌めて、もう一つは充電しておくと、任務が続いても電池切れにはならないから」


 ほとんど機械の知識のないサラだったが、何となく言っていることはわかった。おそるおそる耳に入れて、軽く抑えてみる。


「やあサラ、どうだいフィリクの授業は。困っていることはないかな?」


 耳元で隊長の声がする。何とも不思議な感覚だったが、驚きの方が大きく思わず口をパクパクさせた。フィリクがジェスチャーで二度叩いて、と言っている。その通りに二度軽く叩き、そっと話してみる。


「はい、大丈夫です隊長…」

「お、もう通信機もマスターしたみたいだな、優秀優秀」

「サラ隊員、これからよろしくー」


 他の任務中の隊員たちの声も聞こえる。なるほど、こうして連絡を取り合えるわけか。


「うん、大丈夫そうだね。うっかり雑談や秘密の話なんかを電源入れて話しちゃわないようにね」

「フィリクがよくやるよな~」


 隊員たちの面白そうな声が聞こえる。サラはまだ声を聞いても誰が誰なのかわからなかったが。フィリクは肩をすくめる。


「じゃそれはそれでいいとして…着いたみたいだ」


 馬車が停まり、降りてみるとそこはあまり大きいとは言えない工房だった。

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