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天涯の檻  作者: 川字
8/12

入隊式

「おはよう、サラ。よく眠れたかい」

「おはようございます、ネイさん。おかげさまでぐっすりでしたよ」


 サラは指定の時間より30分ほど早く起きだし、食堂に顔を出した。それでも他の隊員は誰もいなかった。

 昨日、この王国護衛隊専用寮に越してきて一番驚いたのは、別れてきたはずのママさんが出迎えてくれたことだった。思わず開いた口が塞がらないサラを見て、ママさんは笑いながらネイだと名乗った。ネイは孤児院のママさんの双子の姉で、サラのことも話に聞いていたという。


「本当に、ママさんそっくり。なんかホッとするような、調子が狂うような。ママさんにお姉さんがいるなんて知らなかったなぁ」

「なんたって双子だからね。お互い沢山手のかかる子供たちをみてて、忙しくって会うこともあまりないしねえ。でもあんたの話は聞いてたよ。一人で頑張る性格なんだってね、抱え込んじゃダメだよ。ここには頼りになる兄ちゃんたちもたくさんいるんだからね」


 温かいお茶と朝食を運びながら、ネイはよく喋る。自分の性格を共有されていて、サラはなんだかこそばゆいようだった。


「今日は特別な日だからね、隊員たちはみんな先に出て式の準備をしてるはずだよ。あんたも食べたら着替えないとね。もうずっと男性隊員しかいなかったから、服のサイズが合うかねえ…」


 ネイはぶつぶつ言いながら、白い服を準備している。寮には隊員たちが仕事に集中できるように、身の回りの世話をする者が複数働いていた。ネイはその者たちのまとめ役だった。

 朝食を終えると、部屋に戻りネイに色々と着つけられた。全身白い装束に、白いマント。サラが今まで見たことのない服装だった。服を身に着け終えるころに、別の若い使用人がやってきて、サラの髪を梳かしたりアクセサリーをたくさんつけ出す。サラはマネキンのようにされるがままになっていた。


「これは式典用の服でね、本当だったら合わせて仕立てるんだけど、間に合わないから入隊式の時だけはみんな備えてある服を着るのさ。式が終わったら寸法をとって、鎧やら何やら作ってもらわないとねえ」


 王国護衛隊の身に着ける鎧や、その下の隊服、靴、下着に至るまで、全てが国からの支給品だった。国の最高機関である王国護衛隊は特別扱いであるとも言えるが、揃いの服を着ることで個人を特定されにくくするという軍事的な理由もあった。他国の戦争に参加することもある隊員たちにとって、個人を特定され調べられることは大きなデメリットだった。


「うん、サイズはちょっと大きいけど、何とかなったね。素敵じゃないか、サラ」


 全ての準備が整ったらしく、ネイが満足げに上から下までサラを見ている。全身真っ白で、パリっとまるで新品のように調えられた服を着ていると、サラの背筋も自然と伸びた。


「着替え終わったー?サラちゃーん、行こうかー」


 部屋のドアをノックする音と共に、間延びした声がする。返事をする前に、ドアは開かれた。


「フィリク!女性の部屋を勝手に開けるんじゃないよ!」


 ネイさんに叱られても全く悪びれず、ごめんごめんと笑いながらフィリクが顔を出した。


「お迎えに来たよサラちゃん。準備万端だね、行こうか。いいねえ、真っ白で天使みたいだね」


 サラはじとっとした目で思わずフィリクを見る。


「副隊長殿、サラちゃんはやめてもらえませんか。サラで結構です」

「えー呼び捨てがいいの?そんなに早く距離を詰めて、仲良くなりたいんだね、嬉しいなあ。あとフィリクって呼んで♡」


 フィリクはサラの言ったことなどまるで意に介さず、肩を抱くようにして歩き出した。サラはさりげなく抵抗したが、それもまた全く響いていない。

 フィリクに連れられて辿り着いたのは、城内の礼拝堂だった。重厚な入口の扉はしっかり閉ざされている。入口の両側に、兵士が槍を携えて門番のように立っていた。


「もうみんな中で待ってるから。中に入ったら、僕のあとについて歩いてきてもらって、隊長が立ってる中央の祭壇の前に行ったら片膝ついて座ってね。それからは隊長の指示に従えばいいから。王様からの祝辞があるから緊張するかもだけど、リラックスね」


 フィリクがサラの服の飾りの向きを整えながら注意事項を並べる。国王と話をしたことなど、昨日までただの一国民だったサラにはない。急に緊張感が全身に広がる。そんなサラの気など知らず、時間を確認してフィリクは扉を開くよう兵士に命じた。


 礼拝堂は白と青、そして銀を基調とした厳かな雰囲気の一室で、中は広々とし花々の良い香りが漂っていた。祭壇の両側の巨大な燭台には無数の蠟燭が灯され、小さな炎を揺らめかせている。王家の面々が一番前の席に、それから王国護衛隊全隊員と、サラは知らないが何やら立派な恰好をした位の高そうな人々が着席して、一斉にサラを見た。

 未だかつてない経験に、サラの緊張は最高潮だったが、こちらを見るたくさんの顔の中に心配そうな表情のエメラを見つけ、少しだけ気持ちが緩んだ。今日のエメラは美しく着飾っており、それこそ本当に天使が座っているようだった。


 祭壇の前で膝をついて座っていると、まず隊長が祝いの言葉を述べ、すぐに国王に代わった。国王の手には金に輝く勲章が握られ、それをサラに直接つけてくれる。


「おめでとう、サラ隊員。今日から君は王国護衛隊の一員だ。大変だろうが、私や私の家族というよりは、何よりも国を守ることを第一に、頑張ってほしい。ただし、自らの命を軽んじてはいけないよ」


 国王は優しく微笑んで、労いの言葉をかけた。ここまで好意的な言葉をもらえると思っていなかったので、サラは泣きそうになったが必死に堪えた。腹に力をこめ声を振り絞って礼を述べる。


「ああ、そうだ、確か君はエメラのお友達だったね。娘も喜ぶだろう、良くしてやってくれ」


 誰にも聞こえないように小さな声で、国王はサラに向かって囁きにっこり笑う。歴代の国王の中で最も国民に慕われる王、という触書きの国王だったが、人柄の良さから皆に慕われるのだとよくわかった。命を懸けて、この国と国王一家を守ろう。サラは心の中で誓いを新たにした。


 その後はまた隊長が締めくくりの言葉を述べて、拍手喝采をもって式は無事に終了した。国王と女王が退席したのち、出席者が各々退場していく中、エメラだけがサラのもとに駆け寄った。

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