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天涯の檻  作者: 川字
7/12

入隊前日

 サラは僅かばかりの荷物をまとめ、廊下へと運び出した。

 ガランとした個室は最初にここへ来た時を思い出させる。あの時はひどく心細かったが、今はすっかりここが自分のくつろげる場所で、離れることが少し寂しかった。


「サラ、お迎えが来たよ」


 王国護衛隊入隊試験の翌日となる今日、一日だけ入隊のための準備の日が設けられ、いよいよ明日入隊式が行われサラは正式に護衛隊員となる。


「まさか本当に合格しちゃうなんてねぇ…良かったじゃないか、ずっと夢だったもんね」

「ママさん」


 サラはこの国に来てから、短い時間城でエメラ姫の保護を受けた後、この孤児院で育てられた。ママさんは孤児院の院長で、金欠のため他になかなか人手を雇うこともできない中、たくさんの子どもたちの面倒をみている人だった。


「今まで本当にお世話になりました。ありがとう」

「よしてよ、水くさい。いいのよ。立派になって、この国を守ってちょうだいね。体には気をつけるんだよ」


 笑いながら、ぎゅっと抱きしめられる。ふくよかなママさんに抱きしめられると、母とは違うがほっと安心した。


「たまには帰っておいで」

「うん、ありがとう。行ってきます」


 外には兵士が馬車を引いて待っていた。王国護衛隊ではない、普通の兵士団の使いの者だ。


「荷物は他にないでしょうか?すぐに寮に向かってもよろしいですか」

「ええ、よろしく」


 見送ってくれたママさんに手を振って、孤児院を後にする。王国護衛隊の隊員は全員、同じ寮で暮らす決まりになっていた。今日からはそこに住むことになる。大した荷物は持っていないが、荷ほどきをしておかなければならない。明日からは、きっと休む間もないだろう。

 面接の時に勢いで切ってしまった髪は、目を丸くしながらママさんが切り揃えてくれた。金がないので、いつも髪はママさんに切ってもらっていた。頭がすっかり軽くなって、何だか明日からの新しい生活もうまくいきそうな気がする。


「すみません、ここで少し停めてもらえますか」


 サラはそう言うと降りて一軒の立派な柿の木の家に向かった。ここはサラが入隊試験を受けるにあたって、様々な武術や心構えを教えてくれた老爺の住む家だった。


「ヨミじい、いる?」

「なんじゃ、はねっかえり娘。試験はどうした」

「ちゃんと受かったよ、今までありがとう」


 老爺は近所の人からもヨミじいと呼ばれていたので、サラもそれに倣っていた。それが本名なのか、自分で言っていた元王国護衛隊というのも真実なのか、謎の多い老爺だった。


「ふん、良かったじゃないか。わしの言ったことに間違いはなかったじゃろ」

「そうだね、おかげさまで。これから入隊する新人に、何か元王国護衛隊としてアドバイスはある?」

「護衛隊はお前さんが思っとるよりずっときついぞ。決して慢心してはいかんぞ、お前さんに国がかかっていると思って、頑張れよ」

「わかった。本当にありがとうございました、また来るね」


 あまり馬車を待たせるのも気が引けたので、挨拶をして握手を交わす。今度、またゆっくりとお礼の品でも持って訪問しよう。今は財布の寂しいサラだったが、入隊すれば国の最高組織として破格の給料が入ってくるはずだった。


「サラ、死ぬなよ」


 ヨミじいは馬車に向かうサラにそう声をかけた。今までで一番真剣で、切実な声かけだった。サラは振り向くとニッと笑って、親指を立ててみせた。ヨミじいはそれを見て呆れたように笑う。もともとサラは人の言うことなんかちっとも聞かない、気の強い子どもだった。


「待たせて申し訳ない、向かってください」


 サラは御者にそう声をかける。馬車はゆっくり動き出し、景色が流れる。賑やかな通りを見て、この平和な光景の一つ一つを自分が必ず守ると、サラは決意を新たにした。ただただエメラ姫のことを側で守りたくて立候補した王国護衛隊だったが、自分には意外と守りたいものがあるのかもしれない。それはとても幸せなことのように、サラには思えた。


 そして馬車は城のすぐ近くに建てられた、寮というには豪奢な建物に到着した。

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