選抜試験4
王国護衛隊第二位の戦士は、今までの隊員たちとは一線を画す強さだった。
サラがどんなに攻め立てても、軽くかわされてしまう。おまけに、ひどくうるさかった。
「いや~強いね、それに何ていうか野趣あふれるよね君の一手は。どうやって訓練したのかな。まるで野生動物でも相手にしてるようだよ」
無駄口を叩く余裕があるということか。思うように攻撃が入らないことも相まって、サラの心には焦りと腹立たしさが生まれていた。これは確実に入った、と思っても、すんでのところで受けられてしまう。そしてほとんど攻撃してこないことも、まるで剣術の授業を受けている先生と生徒の関係のようで、更にサラを苛立たせた。
「確かに三位以下の隊員が苦戦したのもわかるなぁ。君なら即戦力だね。でもそろそろ疲れてきたから終わりにするよ」
そう言って二位の隊員は攻撃を弾いた剣を素早く思いっきり振りかぶった。まずい、とサラが受け身に入ったところで、今までとは比べ物にならない速さで剣を戻し、サラの首元に突き付けた。全く本気を出してなかったのか。サラは悔しかったが、もう一歩も動けなかった。
「そこまで!副隊長の勝利です、試験を終了します」
受験者は敗れたが、それまでの怒涛の快進撃により観客は大いに盛り上がり、新たなる強き戦士に惜しみない拍手を送った。
カイオスは副隊長の実力はよく知っていたので、負けることはないだろうと踏んで王の側を離れなかったが、勝負がついて一安心した。戦闘力は誰よりも信用しているが、性格に少し不安が残っていたのだ。その横で怪我人が出なかったことを、ほっと溜息をついてエメラが喜んでいた。
「合格おめでとう、係員に案内させるので指定の控室で待っていてください。第三次試験があります」
息を切らしているサラに先程までの審判がそう声をかけた。第三次試験。そういったものがあるということは初耳だった。どうやら合格者にしか知らされないことらしい。二位の隊員が軽く手を振って闘技場を去って行った。つくづく嫌味な男。
試験が終わると観客も、王家の面々もそれぞれがバラバラと退場を始めた。さっきまでの緊張感が嘘のように空気がガヤガヤと賑わいを取り戻す。
終わった、勝ったんだ。余韻に浸りたいところだったが、得体の知れない三次試験の存在を知り、サラは緊張していた。ここまで来たのだ、どうしても入隊したい。
半刻ほど待たされたのち係員に案内されてやってきたのは、城の中の一室だった。鎧は身に着けたままだったが、サラの体はもうすっかり戦闘の興奮状態から平常に戻っていた。
係員がノックすると、中からどうぞ、と低く落ち着いた声がした。サラも知っている声。係員がドアを開き、サラに中に入るよう促す。
「二次試験お疲れ様でした。さあ、椅子にかけてください」
部屋の中で待っていたのは、王国護衛隊隊長と、長めのウェーブのかかった黒髪に黒い瞳の、王国護衛隊の鎧を身に着けた男性だった。
サラが椅子に腰かけるのを待って、隊長が話し始めた。
「二次試験合格おめでとう。私が現王国護衛隊隊長のカイオス、横の彼は王国護衛隊副隊長の」
「フィリクですよろしく。さっきはごめんね、強かったね~君。疲れちゃったよ俺」
ヘラヘラと副隊長が挨拶をする。友好的なのだろうが、サラの目にはふざけているように映った。こいつが、先刻戦って負けた相手か。改めて憤りが腹の底で蠢く。
「三次試験と聞いて来ただろうが、ただの面接で形式的なものです。よほどのことがない限り、この面接で入隊取り消しにはならないので、良かったらもう兜は脱いでください」
カイオスがそう促す。サラは迷ったが、二人がじっとこちらを見つめ兜を脱ぐのを待っているので、心を決めて一気に兜を取った。
あっという驚きの声がフィリクの口から微かに漏れた。カイオスは苦笑いと共に、軽く溜息をつく。カイオスの心の中には、「やっぱり」という一言が浮かんでいた。
「隊長の仰るよほどのことというのは、女であることも含まれますか」
兜を脱ぐとパーマのかかったような美しい金髪が散らばりながら、整った顔と一緒に現れた。薄青い瞳は、強い視線で面接者を睨む。
「女だったのか…」
フィリクは悪気なくそう呟く。女であること、それはサラが試験を受ける上で最も懸念していた事柄の一つだった。
「あれ、隊長はあんまり驚いてないですね、珍しくないですか女性って」
「サラ、君じゃないかなとは思っていたよ。姫様も心配してらした」
「姫様と知り合いなの?」
フィリクだけ訳が分からないというように、カイオスとサラを見比べる。サラは真っすぐカイオスだけ見つめていた。ほんの少しだけ困ったような顔で、カイオスはフィリクを無視して話を続ける。
「女性であることで試験を落とすようなことはしないよ。実際に過去、女性の隊員もいたしね。まぁ第三位なんていう高い順位の女性は、初めてだけれど。それよりも、姫様が君が本当に入隊してしまうのではないかと心配していたよ。仕事は危険だらけだし、いつも命がけだからね」
「そうそう、それに入隊のときに男だったら髪を剃って後頭部に刺青を入れないといけないんだよ、女性にそれはあんまりだよね」
隊長の話に続けて、フィリクが残念そうに付け加えると、サラは不意に懐に持っていた小刀を取り出し、非常事態には慣れっこのはずの王国護衛隊隊員二名にも何が起こったのかわからないくらいの速さで背中まであった髪を一束に握り、根元近くから切り落としてしまった。
「女であることも、長い髪も、入隊の邪魔になるならいつでも捨てられます。そんなことで判断しないで頂きたい」
ますます困った顔をして、カイオスが溜息をつく。フィリクはあまりのことに、口を開けっ放しで呆然としていた。
「まったく、そういう鉄火肌は変わらないね。君の美しい髪は姫様がお気に入りだったのに、悲しむよ」
最近はサラもエメラに気軽に会うことはなくなっていたが、会えばいつも美しい金髪と褒められていた。伸ばしたらいいと勧めてきたのもエメラだった。でも、だから伸ばしていただけで、サラには髪になんの未練もなかった。
「君ほど忠誠心の厚い人はいないよ、それは僕もよく知っている。入隊を認める、サラ隊員。この国のために、一緒に戦ってほしい」
そう言うとカイオスは立ち上がり、サラに握手を求めた。サラも立ち上がりそれに応じる。やっと、長かった入隊試験が終わりを迎え、サラは心の底から安堵した。