選抜試験3
「カイオス、ちょっといいかしら」
「なんでしょうかエメラ様」
王の側に控えていたカイオス、王国護衛隊隊長を、エメラは小さな手招きと共に呼びつけた。実技試験の剣戟の音が響く。
「あの、今戦っている受験者の方なんだけれど、どなたかわかるかしら?まさか、サラではないわよね?」
ああ、とカイオスはまさに今行われている実技試験を見やった。今は隊の六位と受験者の勝負中だが、どうも六位の方が分が悪そうだ。
「残念ながら姫様、受験者は不正を防ぐため誰がいつ戦うか、わからないようにしております。割り振られた番号で呼ばれますし、私にも今戦っている者が何者か、わかりかねますね。サラかどうかも」
「そうよね…」
エメラはサラが王国護衛隊に立候補しようと思っていることは聞いていた。もちろん、そんな危険なことは駄目だと止めはしたが、どうも意思は固そうだった。それだけに、不安だった。いつも側で守ってくれている隊員たちの強さはエメラもよくわかっていた。下手をしたら、この試験中にも大怪我をするかもしれない。
エメラの心配をよそに、六位との勝負は受験者の勝利に終わった。観客たちは大きく盛り上がる。試験合格者が出ただけでもすごいのに、二人抜きしたのだ。
そして僅かな間をおいて、今度は五位の隊員が登場した。さすがに連続での試合はサラにも疲れが出始めたが、実際に王国護衛隊に入って仕事をすると思ったらそんな泣き言は言ってられない。それに、少しワクワクもしていた。今までこんなに強い人たちと、戦ったことなどない。全力でぶつかっていける、そしてそれに応えてもらえる。それは単純に嬉しかった。自分の未知の力が引き出されるような感覚がある。
王国護衛隊の隊員たちは順位通り、闘技場の脇に椅子を並べ座って控えていた。六位の隊員が戻り、七位の隊員が声をかけた。
「お疲れさん。お前もやられるとはなぁ。今年の新人くんは骨があるじゃないか」
「手を抜いたりはしてないんだな。やりづらい相手だった」
「確かになぁ、常識が通じない感じはするな。ありゃ完全に我流だ」
正確には、サラは我流ではなく、一応人に教わって剣術も武術も鍛えていた。が、通常この試験を受けるのはいわゆる中流から上流の家庭の若者が多く、そういった家の子どもは幼い頃からエリート学校に通い、きっちりとした剣術を修めていく。その点サラは、金がなく良い学校に通ってというわけにはいかなかったので、近所の元王国護衛隊だという嘘か本当かわからないことを言う老爺から学んだことを、独自に磨いていた。
そのため、基本をきっちり身に着けて、またそういった者たちを相手にすると思って試験に臨んでいる隊員たちにとっては非常にやりづらい相手になったのだった。ここがどこか異国の戦場で、誰と戦うかわからないといった状況であれば、隊員たちは負けなかったかもしれない。
「やりづらいのは、ほら、どんどん速くなってる気がするんだよな、動きが」
ついに、サラは五位の隊員にも勝利した。実際に、サラは少しずつ動きが速くなっていた。エンジンがかかってきた。自分は、まだまだ動ける。息を整え剣を握り直しながら、サラは充足感を感じていた。もともと力では男性には勝てない、それはよくわかっていたので、サラは得意な速さを高めていた。
「次の試合を始めます」
四位の隊員が登場する。サラの動きは良くなっていたが、サラはどんどん相手が強くなる、とはあまり感じていなかった。皆、とても強いことは強いのだが、強すぎるゆえにあまり差がなかったのだ。ふっと大きく息を吐いて、剣を構える。
「カイオス、あの人はとても強いのね…サラじゃないといいのだけれど」
エメラはハラハラと手を前に組んで身を乗り出すようにして試合を見守る。隣では王子であるエレナの弟が、つまらなそうに足を広げて腕を組んでいた。
「血が全く流れないな、面白くない。殺し合いになるかと思ったのに、手を抜いてるんじゃないか、王国護衛隊」
「いえ、隊員たちはそのようなことは決して。純粋に強いですよ、あの受験者は。私の出番もあるかもしれませんね」
カイオスはとりなすように笑顔を王子に向ける。二位の副隊長までは闘技場に控えているが、さてどうなるか。
少しお喋りをしている間に、四位も破れ、ついに三位との戦いとなった。客席も盛り上がりとは裏腹に、緊張感も漂い、闘技場は妙に静かだった。受験者が勝つたびに、爆発するような歓声が上がる。
三位の隊員は今までの隊員とはさすがに勝手が違っていた。この国で三番目に強い人間なのだ、一筋縄ではいかなかった。サラも苦労していたが、三位の隊員もやりづらさに辟易していた。動きが非常に速く、ひどく軽い。突いても斬っても、避けられ受け流されてしまう。まるで自分がぶら下げたリボンでも必死で斬ろうとしているようだった。さてどう処理しようか、とのんびり考えたいところだが、怒涛の攻めにあまり考える暇もなかった。
最後には、鎧を着ているとは思えない軽い身のこなしで、斬られる寸前を前宙でひらりとかわされ、あっと思っている間に首を抑えられ、三位の隊員さえも負けてしまった。アクロバティックな動きに、一層観客も湧く。
「いや~出番がくるとは思わなかったよ。強いね、君」
サラが肩で息を整えながら待っていると、喋りながら二位の隊員がやってきた。今まで話をする隊員はいなかったので、声を聞いたのは彼が初めてだった。ひどく軽い口調だ。サラは少し苛ついた。
「お手柔らかにね。殺し合いは、嫌だからさ。君ももう入隊決まってるんだし、死にたくないでしょ?」
サラは返事をしなかった。声を出せば、女だとばれる。恐らく今のところは、ばれていないはずだ。無視されたので軽く肩をすくめて、二位の隊員も剣を構えた。
「では、始め!」