選抜試験
サラは大きな控室の窓際に、ぼんやりと腰かけていた。周りを見渡しても、屈強な男ばかりで、話す相手はいない。先ほどからチラチラと、視線を感じるが、すべて嘲笑を含んだものだった。仮に気が合いそうな人がいたとしても、全員がライバルのこの場所で、馴れ合う気はサラにはなかった。
「お待たせしました、試験を開始します。受験者は一人ずつ、この箱の中から番号札をとり、隣の筆記試験の会場に移動して下さい。番号はランダムです。番号は最後までなくさないように持っていてください」
ぞろぞろと、出入り口に近い場所にいる者から移動を始めた。サラは一番遠い位置にいたので、最後に番号を引いた。36番。そして試験会場の一番後ろの席に着く。
「では筆記試験を開始します。答案用紙には、今お持ちの番号を書いてください。名前は必要ありません。時間は一時間、では始め」
ざっと同時に用紙をめくる音が会場に響く。問題を見たが、どれもそう難しいものではなかった。これなら大丈夫そうだ。
もともと筆記試験は最低限の教養をみるためのもので、一通り勉強していれば答えられないものではない。この王国護衛隊選抜試験において、難関なのは次の実技試験だった。
この国には王国護衛隊という、王家の者を専門に守る兵士がおり、一般の兵士とは一線を画す、いわば兵士のエリートだった。王家の人間を直接警護するため、身分はこの国の大臣らと同等の扱いだったし、すべての兵士たちの上の立場だった。だからこそ、圧倒的な強さを求められた。一人一人が一個小隊以上の強さを持つ。その線をクリアできる者となると限られてきて、今の王国護衛隊の所属兵士は7名だった。
選抜試験は年に一回程度行われているが、実施されない年もあり、貴重なチャンスということでたくさんの将来有望な若者が集っていた。
サラは回答欄を全て埋め終えると、答案用紙を裏返してそっと会場を出た。まだ誰も席を立った者はいない。筆記試験をクリアしていれば、午後から実技試験が始まる。少しでも集中力を高めていたかったので、控室に戻り目を閉じる。
今日この日のために、王国護衛隊に入るために、もう何年も血のにじむ努力をしてきた。実際に死ぬような思いをしたこともあった。今まで学んだことを一つずつ思い返す。試験を終えた他の受験生が、まばらに戻ってき始めたが、サラは目を閉じたまま動かなかった。
「女が、筆記試験はともかく実技試験なんか通ると思ってんのかよ」
どこからともなく、サラという存在を否定する言葉が聞こえる。こっそり言ってるつもりだろうが、聞こえてるんだよ。サラは内心イライラしながら毒づいた。実技試験がこういう奴らを倒すって内容だったら良かったのに。ここで騒ぎを起こしたら特別に落とされるだろうことは分かっていたので、ぐっと堪える。
筆記試験が終了したであろう時刻から、およそ一時間ほどが経って係りの者が控室に入ってきた。実技試験に進む資格のある者の番号を読み上げていく。36番も問題なく呼ばれたので、いよいよ実技試験に向けて集中を高めなくてはいけなくなった。
「実技試験に臨む方は、こちらで予め用意した鎧一式を着けて頂きます。これは身体を守るためもありますが、素性がわかって不正を行われないようにするためでもありますので、兜まできっちりと被り、髪の毛などがはみ出さないようにして下さい。時間になりましたら、鎧を身に着けて指定の闘技場の控室までお越し下さい」
係員が説明をして部屋から出ていく。簡単なものとはいえ筆記試験に落ちた者も何名かはいて、居たたまれないのかそそくさと出て行った。指定の時間まで昼食の時間をまたいで数時間あったが、とても何かを食べる気になれなかったので、サラは気持ちを落ち着かせるために持参した飲み物をゆっくり飲んだ。温かいミルクティー。あの日から、サラの大好物だ。だが自分で何度淹れても、あの日のように美味しくは淹れられない。
先程までガヤガヤとうるさかった控室も、実技試験が目前に迫っているためか緊張感が張り詰め、誰も下らない話をする者はいなかった。各々、体を動かしたり、昼食をとったり、書物を読んだりしていた。
普通ではない緊張感も仕方がないことだった。王国護衛隊の実技試験は、いわば殺し合いだ。この平和な国で、殺すか殺されるかの経験が豊富な者はほとんどいないだろう。そのような状況で果たして自分はどうなってしまうのだろうか。サラは体の奥から湧き上がってくる震えを押し殺した。