出会い2
「お母様、この子を一緒に馬車に乗せてもいいでしょう?」
銀髪の美しい人は、少女の母親らしかった。肌の雪のような白さに加え、瞳の色はブルーで冷たい印象だったが、声はひどく優しかった。
「構いません、さあ二人とも早くお乗りなさい。ばあや、毛布を」
馬車にはもう一人、柔和な雰囲気のふっくらとした女性が乗っていた。手早く毛布を準備して、馬車に乗せられた私を包む。ばあやと呼ばれた女性は、少女の乳母か何かだろうか。馬車の中は、嗅いだことのない良い香りがしていた。
「では、出発いたします。その子の母と姉のことは、こちらで請け負います。まずは急ぎ医者に診せた方がいいでしょう、衰弱しているようですから」
アビナがそう声をかけて、馬車の扉を閉める。すぐに、馬車は動き出した。これからどこへ向かうのだろう、わからなかったが、訊ねる気力は残っていなかった。
「ひどい目に遭ったわね、本当に…ばあや、紅茶があったわね、温かい飲み物をこの子に飲ませてあげて」
少女が私の背中を毛布の上からさすりながらそう言うと、はいはい、と待ってましたというようにばあやは湯気の立つ紅茶を大きめのカップに注ぐ。それに少しのミルクとたっぷりの砂糖を足した。
「ひどくお疲れのようですからね、甘い方がいいでしょう」
ばあや特製のミルクティーを少女が一旦受け取り、毛布の中を覗き込むようにして私に差し出す。少女の眉は、ずっとひどく悲しいことがあったように下がっていた。おずおずとカップに手を伸ばす。紅茶の良い香りが、胸の奥まで届いた。
「熱いから気をつけて…ゆっくり少しずつでいいから飲んでね」
馬車の中の三人の視線を集めていたので、少し緊張しながらカップに口をつけた。水分が、甘さが全身に染み渡るようだった。温かさで、固まっていた体がほぐれていく。それまで忘れていた足の痛みが、ズキズキと響き始めた。手の中の温もりと背中に感じる温もりで、死んでいたのに生き返らされているようだった。
少しずつ味わいながらミルクティーを飲む私を、三人はほっとした様子で見ていた。もうカップも空になろうかという頃、馬車はどこかの町に入ったのか、外から頻繁に人の声がするようになっていた。飲み物を飲み干したのを見計らって、少女が話しかける。
「私はエメラというの、あなたのお名前は?」
「サラ…」
何か二の句を継ごうと思ったのに、うまく言葉が出てこなかった。ひどく失礼な返答をしてしまったが、少女はにこっと微笑んだ。
「王女様、姫様、無事城に戻りました。お気を付けて降りられますよう」
アビナが扉を開けて声をかける。王女様とお姫様。そういえば少女は兵士に姫様と呼ばれていた。やはり高貴な人だったのだ。心は焦るが何をどうしていいか迷っている間に、またアビナに軽く抱えられた。
「私の部屋に運んでちょうだい。あと、すぐお医者様を呼んでね。サラ、怖くないから、私もついているからね」
アビナの横をやはり小走りにエメラが付いてきながら、従者に指示を出したり私を励ましたりする。私は申し訳ないやら、辿り着いた場所が初めてみる大きなお城だったことに驚くやらで、息をするのも忘れていた。
サラは近くて遠い距離にある城を見ながら、ぼんやりと姫様との出会いを思い出していた。もうおよそ十年も前のことだ。あの日を境に、人生はがらりと変化した。そして今日また、人生を左右する大きな勝負をしようとしている。