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解放

 その夜。

 リートは静かに竪琴を奏でていた。


「何かご用ですか、アド君?」


 一区切りついたところで、振り向きもせずに声をかける。


「なんだ。気付いてたのか」


 肩を竦めながらアドが岩陰から出てきた。

 そのままリートの隣に腰を下ろす。


「あのさ、本当に良かったわけ?あれで」


「『あれで』って?」


「新天地に行かなくて。せっかく、行っても良いって言ってくれたのに」


「ええ」


「会えなくなっちゃうんだぜ? お父さんと」


「言ったでしょう? 心で会えるって」


「そりゃそうだけど……」


「それに、アド君との約束もありますからね」


「へ? 俺、何か約束したっけ?」


「おや、もう忘れちゃったんですか?」


 クスクスクス、と楽しそうに笑うリートの横で、アドは真剣に考え込む。

 しかし


「だめだ。降参。思い出せねえ」


「しょうがないですねえ」


 笑いながらリートは答える。


「これが終わったら温泉」


「なッ!」


 言われてようやく思いだす

 確かに言った。

 船上で、クラーケンの体液を大量に浴びた後に。


「約束って、それッ!?」


(うた)を創ったら最初に聞かせろ、とも言ってましたよね」


 ガクリと、アドが脱力する。

 確かに言った。


 が、両方ともその場のノリ。

 そんなことはリートだって十分承知の上だろう。


「ったく。マジに考えちまったじゃんか……。けどリート。そう言うからには、絶対、守れよな!」


「ええ。勿論です」


 屈託のない笑み。

 リートのそんな笑顔を、アドは初めて見た。


「何かさ」

 ややあって、ポツリ、と呟くアド。


「吹っ切れたような顔してるな、お前」


「そうですか? いえ、そうでしょうね」


 自分で問うて自分で答える。


「ようやく使命から解放されましたから」


「使命、か」


 腕を頭の後ろで組み、そのままパタン、と寝転ぶ。


「いつって、言ってたっけ?」


「え?」


「『使命』を負わされたの。いつだったっけ?」


「ああ……。ええと」


 指折り数える。


「25年(地球歴40年)前、ですね」


「リート、幾つだっけ」


「今年の誕生日がくれば、丁度60才(地球歴96才)ですよ」


 見かけはアドと同じくらいにしか見えないが。


「人生の約半分、かよ」


「十二分の五です」


「細かいこと言ってんなよ。何にしても、その間ずっと、使命のために生きてきたわけだろう?」


「ずっと、と言われると、違うような気もしますけど」


 使命を果たすことだけを考えていた訳ではない。かなり寄り道も多い。


「まあ、忘れたことはありませんが」


「ようやく、だな」


「なにがですか?」


「リートの本当の人生。ようやく始まるんだ。そうだろう?」


「……そう、ですね。もっとも、今までの生が偽者、と言うつもりもありませんけど」


「本当の、自分の為の、自分の人生、だろ?」


「で、あればいいと思っています。いえ、そうしたいと」


「4月1日か。覚えやすいな」


「? なにがです?」


「今日だよ。4月1日だろう?」


「あ……。そう言えば」


 日付など、すっかり忘れていた。


「な、記念日にしようぜ。俺たちの」


 体を起こし、唐突に提案する。


「使命達成記念日! いいだろう?」


「……記念日、ですか?」


「俺はこの後、シグールトに戻る。でも、リートは旅を続けるんだろう?」


「ええ」


「だからさ、会うようにしようぜ。この日に。4月1日に」


「……毎年?」


「毎年、は、無理かもしれないけど」


「いいですよ」


「へ?」


「毎年、会いに行きます。4月1日に」


「……約束、な!」


「ええ。約束、です」


 二人は、にっこり笑いあうと、互いの小指を絡ませた。


 584年4月1日。


 白月神(ルフィーナ)の年、商売神(ミク)の月、芸術神(クレリア)の週、最高神(フリーム)の日に交わされたこの約束は、その後、破られることがなかった。


 アドの死後も、4月1日には必ず、墓前に花が手向けられていたという――







「見つかったのですね。天体が」


 二週間後。


 幻竜に呼ばれた一行は、そこに精霊王、妖精王、竜王が揃っているのを見た。

 となれば答は一つしかない。


「ええ」


 幻竜の答は簡潔だった。


「3日後の夜。この島から、次元トンネルをつなぎます」


「3日後……」


「この島から、ですか?」


「ええ」


「では、皆、ここから旅立つのですね」


「そうだ。故に」


 妖精王が口を挟む。


「その時、会えるだろう。森の民の(おさ)に。会いたければ、だが」


 リートは、ただ黙って頭を下げた。






『リート! やったわね!!』


 三日後。

 真っ先に声をかけてきたのはウンディーネの(おさ)、シャルーラだった。


 その後ろに。

 懐かしい人が立っていた。


 緑のフードに身を包んだエルフ。

 森の民の(おさ)、ジュリオン。


『リート』


 心なし瞳を潤ませ、ジュリオンは息子に近付いた。


『父上』


 が。

 リートの台詞(セリフ)に、足が止まる。


 父上。

 初めて、そう呼ばれた。


 昔は『父さま』。

 甘えるように。


 あの日以降は、『(おさ)

 あえて他人行儀に、冷たく。


 だが、今のは


(感情がない訳ではない。込められた思いは『懐かしさ』、『親しみ』、そして……『敬愛』?

 けれど、ただそれだけ。何の気負いもなく、自然に。これが本来の、リート?)


『ふふ。いい表情(かお)になったじゃない』


 困惑するジュリオンの横で、シャルーラが微笑む。


『父上』


 リートは、足を止めたジュリオンに近付くと、恭しく一礼した。


『どうか、お元気で』


 そういって微笑むリートを、ジュリオンはしばし眺めていたが、やがて、ふっと微笑んだ。


 吹っ切れたかのように。

 否、悟ったのかもしれない。


『リート。あなたこそ元気で。そしてこれからはあなたの生を、存分に生きて下さい。悔いのないように』


『はい。そのつもりです』


 静かな、しかし暖かく確かな交流が、そこにあった。






「もう、いいのか?」


 少し離れたところでその様子を見ていたアドは、あっさりと戻ってきたリートに尋ねる。


「ええ」


「なんだかな~~」


「拍子抜け?」


「うん。もっとこう、『感動の御対面』ってヤツかと思ってたから」


「すみません、期待外れで」


「ま、いいけどね」


 と、その時。

 熱気が空から迫ってきた。


『おい! 吟遊詩人!』


 降ってきたのは赤竜だった。


『……メラの父上』


 勢いに思わず後ずさる。


『貴様! メラに何を吹き込んだ!』


『は?』


 何のことか分からず目を白黒させるリート。


『メラが、何か?』


『ここに残ると言い出しおった!』


 ゴオオオオッ!


「な、何だよ、この赤竜!」


 台詞と一緒に吐き出された炎をかろうじて避けながら、アドが尋ねる。


「メラの父親です! どうやら、メラがここに残ると言い出したようで、怒っています!」


「なにぃ!? なんで残るなんて言い出したんだよ、あいつ!」


「知りませんよ!」


『ぱぱノ、バカッ!』


 ようやく追いついたメラが、二人と父親の間に立ちふさがる。


『りーと関係ナイ!メラ、自分デ残ル、決メタッ!』


『許さん!』


『ぱぱガ、許サナクテモ、残ル!』


『お前のような子供が一人でどうやって生きていける!』


 二人の会話をアドに通訳しながら、リートは、あの壮絶な親子喧嘩を思い出していた。背筋を冷や汗が流れ落ちる。


『大丈夫ダモン!』


『絶対に許さん!』


 騒ぎを聞きつけて、他の精霊や妖精、竜族(ドラゴン)が集まってきた。ジュリオンやシャルーラも。


『許可モラッタ! 竜王サマニ! 残ルタメノ術モ、教ワッタ!』


『何だと? 竜王さまの許可?』


 父親の勢いが、急に衰えた。


『術も教わった、だと?』


『ウン、教ワッタ! 変化(へんげ)ノ術!』


『見せてみろ』


『エ?』


『教わったという術だ。見せてみろ。それがちゃんと出来るようなら認めてやる』


 台詞の裏に、どうせ出来まい、という想いがあるのがよく解る。


『イイヨ』


変化(へんげ)の術って?」


 通訳を受けたアドが尋ねる。


「竜は人里に下りる際、人の姿を取ると聞いたことがあります。多分、その術のことだと思いますけど……」


 その間、メラは何やらブツブツと唱えている。そして


変化(チェンジ)!』


 叫んで、宙で一回転。


 次の瞬間


「ええっ!?」


 驚きの声を上げるリートとアド。


 そこには、3才(地球歴5才)くらいの、女の子が立っていた。


「メラって……」


「女の子、だったんだ……」


 高度な術を為し得たことよりも、そっちの方で驚く二人。


「こら!」


 女の子……メラが二人を睨み付ける。変化すると人の言語も喋れるものらしい。


「二人とも! メラのこと、男の子だと思ってたね!」


「いや、あの、その………」


「すみません。竜族(ドラゴン)の性別って、よくわからなくて」


「まあ、いいや。それよりもパパ!」


 父親に向き直る。


「ほら、変化したよ! 文句ある?」


『う………』


 赤竜は、ギリリッと唇を噛んだ(ようだった)。


『ええぃ! 好きにしろ!』


 赤竜はバサリ、と飛び去った。


「うん! 好きにする!」


 メラが、勝利の笑みを浮かべてリートの元へ走り寄る。


「一緒! リートと一緒!」


 いつぞやと同じ台詞でリートに抱きつく。


「あらあら、もてるわねえ」


 クスクス笑いながらシャルーラが、わざわざ人の言語で声をかける。


「あの、ですね、メラ」


 それにはかまわず、リートはメラを下ろした。


「なあに?」


「一緒って言われても、私はあなたよりも早く死んでしまうんですよ?」


「ウン、知ってる。『種トシテノ寿命』っていうのが違うんでしょ? 竜王さまに教わった」


「だったらわかるでしょう? 私が死んでしまった後、あなたは一人になってしまうんですよ?」


「それは、ないわね」


 ふいに上から声が聞こえた。


「エンジュルさま」


 シルフのおさが、ふわりと降り立った。


「残るのは、そいつだけじゃない」


 続いて横から聞こえた声は


「スコットさま」


 ノームのおさがうっすら笑っていた。


「お前さんが知ってる奴だと、まずはカラム」


「カラム!」


 聖なる森の中の泉に住まうエルフ。

 リートに様々な物語を語ってくれた最初の友。


「そしてマレアのエギル」


 人の技に興味があると言ったドワーフ。

 なるほど、彼なら残るだろう。

 人の中に紛れることもできるのだし。


「イサトも残るって言ってたわね」


 エンジュルが告げる。


「イサトも……」


 『山越え』の時に力を貸してくれた陽気な風の精霊。

 人を友と呼んだシルフ。


竜族(ドラゴン)も、残るものがいる」


 ゆうるりと現れたのは


「緑竜さま!」


 リートに使命を与えた森の賢者。


 人の言語を話している。

 いつの間に話せるようになったのか。


 あるいは前から話せるものを、面倒、と使わずにいただけなのか。


 おそらく後者だろうと、リートは思った。


「そなたの知る竜の中では、ガンレム海の無人島に住む黒竜。北の大地の白竜」


「白竜?」


 意外だった。


 黒竜は、解る。彼の寿命はもう長くない。

 ならば、妻の眠るこの惑星(ほし)で、というのだろう。


 しかし、白竜とは……


「彼女もお前と同じさ」


 いつの間に来ていたのか、カイラーサ山脈の青竜が解説する。


「魅了されたと言っていた。人の世に。あえて極寒の地に住む人間に」


「そして、我も残る」


 そう言ったのは緑竜だった。


「え?」


「トーマスが亡くなった。20年ほど前に」


「あ……」


 エルクドゥーンのトーマス・ラーモント。

 リートの竪琴の師。


 純然たる人でありながら、エルフの仲間に加わった者

 人でもエルフでもない者


 彼の寿命も、とうとう終わりを告げたのだ。

 リートが旅立った5年後に。


「我は奴の墓を守る」


 緑竜は静かに告げると、リートに頭を下げた。


「………え!?」


 流石に驚いた。


 竜族(ドラゴン)が、頭を下げるなんて、誰が信じられるだろう。


「リート、ありがとう。トーマスの技を継いでくれて」


「え……?」


 思わず目を丸くする。

 頭を下げられた理由が、まさかそんなことだとは。


「死の間際、奴は喜んでいた。自分の技がこの世に残ることを」


「……トーマスが」


 その心情は、リートにはわからない。

 今はまだ。


「それだけ、言いにきた」


 言い放つと、緑竜は大きな羽を広げ、周囲に森の香りをまき散らしながら、瞬く間に去っていった。


 アドが隣で茫然としている。

 その様子を見て、青竜が楽しそうな笑い声をあげた。


「その他にも結構いるぜ、ここに残る奴は。お前さんが知らない連中だがね」


「ですから」


 ジュリオンが控えめに口を挟む。


「メラが独りぼっちになることはありません」


「それに、出会いがあれば別れがある。お前、そう言ったそうじゃないか。

 別れがあれば、出会いもあるんだ。

 このちび助がお前と別れた後、誰にも出会わない、なんて決め付ける気か?」


 青竜の言葉に、リートは苦笑した。


「ああ……。そうでしたね」


 改めてメラを抱き上げる。


「じゃ、とりあえず、一緒に行きますか?」


「うん!」


 喜色満面で、メラがリートに抱きついた。






「行っちゃったな」


 次元トンネルが消えた中空を見上げ、アドがぽつりと呟いた。


「行ってしまいましたね」


 あとには、ただ赤い月が残るだけ。


『バイバイ、ぱぱ、まま……』


 変化の術を解き、仔竜の姿でメラが呟いた。


「さあ。もう休みましょう。明日は早いですよ」


 船は完璧に元の姿だ。

 エギルが改造する前の。


「ああ。そうだな」


 明日はマレアに向かう予定だ。

 エギルに残りの報酬を渡すために。


『メラ、先ニイクネ』


 パタパタと、停泊させてある船に向かう。

 その声が震えていたことには、二人とも気付かない振りをした。


「あ~あ。なんか今、無性にジルに会いたいや」


「ジル君に?」


 船へ向かって、ゆっくりと歩く二人。


「会って話したい。色んなこと、全部」


「そうですか……。良かった」


「良かった?」


「アド君も吹っ切れたようですね」


「吹っ切れたって、何が?」


「魔剣の呪縛から」


「呪縛、か……」


 ふと、遠い目になるアド。


「そうだな。多分、吹っ切れた、と思う。いや、吹っ切れたって言うより、受け入れることが出来たって言った方があってる。けして、忘れた訳じゃ、ないから」


「忘れるには強烈すぎる記憶ですからね」


「……全くだ」


「でも、そういうことを、体験したことや考えたこと、感じたこと、辛いこと、楽しいこと、どんなことでも、話せる相手がいるって、いいですよね……」


「ああ。そうだな」


 アドは深く肯いた。


「そう考えると、さ。俺って結構しあわせもん、だよな!」


「しあわせもんって……」


 驚いた。アドが本音で言っているのがわかるから、余計に。


(魔剣に振り回され、育ての親を殺され、生命がけの冒険につきあわされたのに)


 自分の台詞を思い出す。


 人の世はせわしなく、騒がしく、けれど活気に満ちています。

 人の世は哀しみに満ちてもなお、希望が消えません。

 人の世は憎しみに彩られてもなお、愛を忘れることがない。


 それに付け加えよう。

 人は、どんな時にでも、幸福を見つけられるものなのだと。


(これだから人の世は面白い)


 同時に思う。


 自分は? と。


 自分だって、人間だ。半分は。

 そう考えた自分に、自分で驚く。


 今までは『半分エルフ』と考えていた。

 でも、良く考えればそれは確かに『半分人間』ということなのだ。


 この違いは大きい。

 何故、今までそう考えなかったのだろう。


 否。

 何故今まで、そんなことに拘っていたのだろう。


 人であって人でなく、エルフであってエルフない。

 それは要するに、どっちでも良い、ということではないのか?


(私も、何かに呪縛されていた……?)


 ふと、額のサークレットに手が触れた。


(これはエルフの耳を隠す為のもの)


 隠す。


 何故?


 隠したところで無くなる訳ではないのに。

 隠したところで変わる訳ではないのに。


「どうしたのさ、リート。黙り込んじゃって」


 不審そうに覗き込むアド。


「あ、たいしたことじゃないです。ただ……」


「ただ?」


「これは、もう要らないかなって」


 言いながらサークレットを外す。


 押さえつけられていた耳があらわになる。


「あ、俺もそう思う」


 アドが賛成する。


「そんなの、ない方が良いよ。

 だってそれ、耳を押さえつけてるんだろう? 血行に悪いぜ。取っちまえよ。

 耳の形がどーだろーと、隠すことないじゃん。リートはリートなんだからさ」


(……ああ、もう。本当に、この人は)


 笑い出しそうに、なる。

 と、同時に、泣きそうに、なる。


(どうしてこう、私が欲しいと思う言葉を、気軽にくれるんですかね……)


 胸が、熱くなる――


「……そうですね」


 ようやく一言だけ答えると、リートは、思いっきり、サークレットを放り投げた。


 目前に広がる海に向かって。

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